水路の南に建つ ― 三棟を縁でつなぐ離れ

筑紫亭離れは、大分県中津市の料亭・筑紫亭の敷地内、主屋の後方に建つ大正末期(1912〜1925年)の木造建築で、平成15年(2003年)9月19日に国の登録有形文化財に登録された。国指定文化財等データベースは員数1棟、木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積125平方メートルと記録している。

立地がこの建物の性格をよく説明する。敷地を東西に流れる水路の南側にあり、その水は中津城の堀の系統から引かれている。主屋から離れへは廊下を渡って向かうのだが、途中で空気が変わる、と通う人は言う。詩的な感想ではなく、水面を伝う冷気の上を廊下が横切るためである。

構成は三棟。2階建1棟と平屋建2棟を、縁や廊下で結んでいる。継ぎ目が段差や折れとして意識されないため、歩いていると三棟が一棟に感じられる。文化庁の解説は「巧みに結んだ」と評しており、この種の記述としては強い言い方にあたる。

登録基準が主屋と異なる理由

主屋と離れは同じ日に、同じ第38回の登録として文化財となった。ただし挙げられた登録基準は違う。主屋が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」であるのに対し、離れは「造形の規範となっているもの」である。建物そのものの造りの質を評価した基準で、登録番号は44-0096、官報告示は同年10月17日。

その根拠は客室に現れている。各室に床を設けながら、そのつくりを一室ごとに変えている。床柱の樹種、床框の納まり、床脇の構成が室ごとに違い、続けて見ていくと同じ主題の変奏を並べたように読める。垂木や手摺には磨丸太を用いる。皮を剥いで表面を磨いた自然木で、角材に挽き割らないため元口と末口の太さの差がそのまま残る。茶室の手法だが、ここでは座敷の格式を上げすぎないための調整として働いている。

建設時期について、文化庁は主屋の増築に続いて建てられたと考えられる、という見方を採る。大工の名を伝える記録はなく、登録時の記載にも棟梁名は挙がっていない。

床柱に残る疵と、その扱い方

離れの一室の床柱には疵が残っている。宇佐海軍航空隊の将兵が特攻出撃の前夜をこの座敷で過ごし、その夜に軍刀が柱を打ったと店に伝わる。宇佐からは昭和20年(1945年)に102機が特攻出撃し、154名が戻らなかった。店側の紹介では、この建物は城山三郎『指揮官たちの特攻』の舞台のひとつとされている。

ただしこの逸話は店に伝わるもので、登録時の記録には現れない。伝承として受け取るのが妥当である。柱の疵そのものは実在し、遊興のために建てられた座敷が二十年後にどう使われたかを、言葉を介さずに示している。

訪問の実際について。筑紫亭離れに入れるのは食事の客に限られ、どの部屋に通されるかは店の采配による。特定の室を確約することはできないが、予約時に希望を伝えることはできる。予約は電話(0979-22-3441)、2名以上が原則。JR中津駅から約500メートル、徒歩8分から10分。昼と夜の二部制で定休日は固定されていないため、営業日は予約時に確認したい。中津城や福澤諭吉旧居はいずれも徒歩圏にあり、城下町を歩いてから離れの座敷に上がる組み立てが取りやすい。

Q&A

Q筑紫亭離れは見学できますか。部屋の指定はできますか。
A筑紫亭離れに入れるのは料亭の食事利用者に限られます。予約は電話(0979-22-3441)で、2名以上が原則です。部屋割りは店の判断によるため特定の室の確約はできませんが、予約時に希望を伝えることは可能です。
Q筑紫亭離れは主屋とどう違うのですか。
A規模も性格も異なります。主屋は建築面積413平方メートルの口ノ字型平面で、二階に52畳の大広間を持ちます。筑紫亭離れは125平方メートル、2階建1棟と平屋建2棟を縁と廊下で結んだ構成です。登録基準も異なり、主屋は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、離れは「造形の規範となっているもの」で登録されています。
Q筑紫亭離れと主屋のあいだに水路があるのはなぜですか。
A敷地を東西に流れる水路があり、筑紫亭離れはその南側に建てられました。水は中津城の堀の系統から引かれています。主屋との連絡廊下はこの水路をまたいでおり、渡る途中で空気が冷えるのはそのためです。
Q筑紫亭離れはいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A文化庁は大正末期、西暦では1912年から1925年の範囲としており、主屋の増築(大正11年)に続く建設と見ています。登録年月日は平成15年(2003年)9月19日、官報告示は同年10月17日、登録番号は44-0096です。
Q筑紫亭離れで使われている磨丸太とはどのような材ですか。
A皮を剥いだ丸太の表面を磨いて仕上げた材で、角材に挽き割らないため自然木の太さの変化がそのまま見えます。筑紫亭離れでは垂木や手摺に用いられており、茶室の手法を座敷に持ち込むことで、格式が硬くなりすぎないよう調整しています。
Q筑紫亭離れに伝わる戦時中の話は史料で確認できますか。
A店に伝わる話であり、各種の紹介記事にも引かれていますが、登録時の記録には記載がありません。床柱に疵が残ることは事実ですが、その由来については伝承として扱うのが適切です。

基本情報

名称筑紫亭離れ(ちくしていはなれ)
所在地大分県中津市大字島田835-15、835-91(国指定文化財等データベース記載)。主屋の所在地は中津市枝町1692であり、同データベースの解説は離れを主屋の後方に建つとしている
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 44-0096/第38回登録/登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成15年(2003年)9月19日登録、同年10月17日官報告示
員数1棟
寸法木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積125平方メートル。大正末期(1912〜1925年)
所有者国指定文化財等データベースに記載なし(民間所有、料亭として営業)
公開状況内部は食事利用者のみ。要事前予約。部屋割りは店の判断による

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 筑紫亭離れ
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003639
文化庁 国指定文化財等データベース — 筑紫亭主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003638
筑紫亭 公式サイト
https://chikushitei.com/
百年料亭ネットワーク — 日本料理 筑紫亭
https://100nen.info/chikushitei/
文化庁 日本遺産ポータルサイト — 筑紫亭
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/3594/

最終更新日: 2026.08.20