筥崎宮と境内の4件の重要文化財
筥崎宮は、福岡県福岡市東区箱崎にある八幡宮で、延長元年(923年)にこの地へ遷座したと伝わり、境内の本殿・拝殿・楼門・鳥居の4件が明治35年(1902年)から昭和30年(1955年)にかけて国の重要文化財に指定された。
読みは「はこざきぐう」。筥崎八幡宮とも呼ばれる。祭神は応神天皇を主祭神とし、神功皇后と玉依姫命をあわせてまつる。筥崎宮は宇佐・石清水とともに日本三大八幡宮に数えられると案内しており、福岡市も同じく三大八幡の一つとして紹介している。
社名の「筥」は、応神天皇の胞衣(えな)を筥に納めてこの地に埋め、しるしに松を植えたという伝えに由来する。この松が楼門のそばに残る神木「筥松」で、筥松のある岬だから「筥崎」と呼ばれるようになったという。神社は、天皇に由来する「筥」の字を畏れて、人々の暮らす土地には「箱」の字を当てたと説明する。地名が箱崎、神社が筥崎宮と書き分けられているのはこのためである。
筥崎宮の由緒と歩み
創建の年代には諸説がある。筥崎宮の社記によれば、延喜21年(921年)に醍醐天皇が神勅を受けて「敵国降伏」の宸筆を下し、延長元年(923年)に筑前の大分宮(穂波宮)から遷座した。福岡市も、穂波郡の大分八幡宮から移されたのを創建としている。
博多湾に面した立地は、筥崎宮の歴史をそのまま形づくってきた。福岡市によると、鴻臚館の交易が衰えた12世紀以降、この一帯は対外交易の拠点としてにぎわい、仁平元年(1151年)には大宰府の役人が箱崎の宋人の屋敷を襲う事件も起きている。文永11年(1274年)の蒙古襲来では社殿が炎上し、その再興にあたって亀山上皇が「敵国降伏」の宸筆を納めた。この四文字は、のちに楼門の扁額として掲げられることになる。
戦国時代から江戸時代初めにかけては、筑前を治めた武将が相次いで社殿を整えた。大内義隆が本殿と拝殿を、小早川隆景が楼門を、福岡藩初代藩主の黒田長政が石の一之鳥居を建てている。天正15年(1587年)には九州平定を終えた豊臣秀吉がここに陣を置き、千利休を伴って茶会を開いた。近代に入ると、明治18年(1885年)に官幣中社、大正3年(1914年)に官幣大社へと社格が進められた。
筥崎宮の4件の指定
筥崎宮の建造物4件は、それぞれ別々の重要文化財として指定を受けている。もっとも早いのは楼門で、明治35年(1902年)4月17日の指定。本殿と拝殿は明治40年(1907年)5月27日に同じ日に指定され、鳥居は昭和30年(1955年)6月22日に加わった。
建てられた順に並べると、本殿と拝殿が16世紀半ば、楼門が文禄3年(1594年)、一之鳥居が慶長14年(1609年)となる。半世紀あまりのあいだに、大内・小早川・黒田と筑前の支配者が代わるたびに、境内の主要な建物が一つずつ加えられたことになる。年代や建てた経緯の詳しいところは、それぞれのページで扱っている。
建物以外にも指定品がある。本殿に向かって右手に立つ石燈籠は、観応元年(1350年)の銘をもつ南北朝時代の作で、重要文化財(工芸品)である。千利休の奉納と伝わるが、福岡市は詳細は明らかでないとしている。神社の案内では、この石燈籠を見られるのは放生会と、5月27日・28日のさつき大祭の期間に限られる。境内の蒙古碇石や、箱崎八幡宮縁起などの収蔵品は福岡県の指定文化財になっている。
筥崎宮の境内の歩き方
筥崎宮の入口は楼門の西側、大学通りに面したところにある。ここに立つのが石の一之鳥居で、筥崎宮は本殿に近いほうから一之鳥居、二之鳥居と数える。一之鳥居をくぐって参道を進むと、正面に楼門がそびえ、その脇に朱の玉垣に囲まれた筥松がある。
楼門の奥には、妻を正面に向けた拝殿があり、その背後に横長の本殿が建つ。拝殿は本殿の正面中央にT字形に取り付いており、2棟は一続きに見える。本殿の外側は長い木塀で囲まれている。
ふだんの参拝は楼門の前で行う。神社によれば、楼門をくぐって内側で参拝できるのは正月の期間と、9月の放生会の期間である。それ以外の日に本殿と拝殿を見るなら、楼門越しに拝殿の妻を望むか、木塀の外から本殿の屋根を見上げることになる。神社は、一之鳥居から鳥居・楼門・本殿の3つを一枚の写真に収められると紹介している。
筥崎宮の参拝時間と行き方
筥崎宮の境内は午前6時に開門し、午後7時に閉門する。お守りや御朱印を受ける社務所(札所)は午前8時30分から午後5時まで、祈願の受付は午前9時から午後4時30分まで。境内の参拝に拝観料の案内はない。問い合わせ先は筥崎宮社務所(092-641-7431)。
電車なら福岡市地下鉄箱崎線の箱崎宮前駅が最寄りで、1番出口から楼門まで歩いて約3分。神社の案内では、JR博多駅からは地下鉄空港線で中洲川端駅まで行き、箱崎線に乗り換えて最短20分(徒歩を除く)、福岡空港からは同じ経路で最短25分、天神からは最短15分である。西鉄バスの箱崎停留所からも楼門まで歩いて約3分。
車の場合は、楼門にもっとも近い宮前駐車場(約100台)と、外苑駐車場(約230台)があり、どちらも有料で、出入りは国道3号から。周辺の道路は駐車禁止である。大みそかの午後11時から元日の午後8時までは、一之鳥居前の大学通りが歩行者用道路になる。
撮影について、筥崎宮は参拝者が自分や家族を撮る分には連絡は要らないとしている。一方で、祈願中の本殿内での撮影、ドローンの使用、ライブ配信、商用目的の撮影は断っており、カメラマンを伴う撮影や取材は事前に社務所へ連絡するよう求めている。
筥崎宮の大きな祭りは2つある。1月3日の玉取祭(玉せせり)では、締め込み姿の競り子が木の玉を奪い合いながら本宮へ向かい、最後に楼門で待つ神職に玉が渡される。9月12日から18日の放生会には参道に露店が並び、西暦の奇数年には9月12日と14日に御神幸の行列が出る。この期間は境内が混み合い、外苑駐車場も使えなくなるので、建物をじっくり見たいなら祭りの日を外して訪れたい。
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):筥崎宮本殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3460
- 国指定文化財等データベース(文化庁):筥崎宮拝殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3461
- 国指定文化財等データベース(文化庁):筥崎宮楼門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3459
- 国指定文化財等データベース(文化庁):筥崎宮鳥居
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3462
- 福岡市の文化財(福岡市):筥崎宮
- https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/cultural_properties/detail/498
- 福岡市の文化財(福岡市):石燈籠一基
- https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/cultural_properties/detail/251
- 福岡市の文化財(福岡市):筥崎宮の玉取祭
- https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/cultural_properties/detail/110
- 筥崎宮(公式):筥崎宮について
- https://hakozakigu.or.jp/about/
- 筥崎宮(公式):境内のご案内
- https://hakozakigu.or.jp/keidai/
- 筥崎宮(公式):アクセス
- https://hakozakigu.or.jp/access/
- 筥崎宮(公式):放生会
- https://hakozakigu.or.jp/omatsuri/hojoya/
- 筥崎宮(公式):さつき大祭
- https://hakozakigu.or.jp/omatsuri/satsukitaisai/
- 筥崎宮(公式):玉取祭
- https://hakozakigu.or.jp/omatsuri/tamatorisai/
最終更新日: 2026.10.04
基本情報
| 名称 | 筥崎宮 |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県福岡市東区箱崎一丁目 |
| 所有者 | 筥崎宮 |
| 指定 | 重要文化財 4件 |
| 座標 | 33.61470, 130.42313 |