鞍手の谷あいに立つ平安の十一面観音
福岡県鞍手郡鞍手町、長谷の集落にある長谷寺の本尊が、像高約187センチの木造十一面観音立像である。一本の樟(くす)から彫り出された一木造の立像で、平安時代にさかのぼる。地元では古くから「長谷の観音さん」と呼び親しまれてきた。
十一面観音は、慈悲をつかさどる観音菩薩の姿のひとつ。頭上にめぐらされた小さな面は、あらゆる方角に目を向け、人々の苦しみを見落とさないという働きを表している。長谷寺の像は立ち姿をとり、大和(現在の奈良県)の長谷寺に連なる観音信仰の系譜のなかに位置づけられる。
寺の縁起は、大和の長谷寺の僧・万賀がこの像を背負ってこの地に至り、堂を建てたことに始まると伝える。寺の創建を九世紀後半に置く伝承も残る。確かなのは、この像が九州に現存する仏像のなかでも最も古式な作のひとつだという点である。
重要文化財に指定された理由
本像が国の重要文化財に指定されたのは明治37年(1904)2月18日。国が現存する仏教美術の調査と登録を進めていた、ごく早い時期の指定にあたる。指定から一世紀を超えた今も、その評価は実物に向き合えば十分に納得がいく。
まず造りである。頭部と体部を一本の樟から彫り出した一木造で、複数の材を寄せて組み上げる寄木造が広まる以前の、古い技法による。平安時代前期に主流だったこの彫り方で、これほどの大きさの像が西日本に残る例は多くない。
次に顔立ち。のちの観音像が丸みのある穏やかな表情へと向かうのに対し、本像の顔は面長で厳しい。伏し目に彫られた眼は目尻で切れ上がり、両眉はくの字に連なり、鼻筋は高く小鼻が張る。柔和というより古拙な、独特の厳しさをたたえた表情が、この像を九州の平安前期彫刻のなかに位置づける根拠となっている。
三つめは、ほかに類を見ない点である。像の背後の挙身光背は、樟の一枚板から作られ、そこに八葉花文や雲気文が彩色で描かれている。彩色された木造の光背そのものが残る例は乏しく、長谷寺ではその板が、像とともに今日まで伝わってきた。
見どころ
本堂の奥のお堂で、遮光ガラス越しに本像と向き合うことになる。薄暗い光が、かえってこの像に似合う。しばらく立ち止まると、まず顔が浮かび上がってくる。慈悲の仏に多くの人が思い描く親しげな表情ではなく、どこか遠くを見据えるような、張りつめた面差しである。
続いて衣の表現に目を移したい。肩から流れる条帛が、細くしまった腰をつつみ、天衣はふくらみを持って垂れ下がる。研究者が注目するのは下半身をつつむ裳の細部で、折り返しの部分には巻葉渦文が刻まれ、衣文は漣(さざなみ)のような律動を描いて流れ落ちる。これらの文様は平安期の彫りの語彙に属し、ゆっくりと二度見るに値する。
光背も見逃せない。金箔でも素地でもなく彩色で仕上げられたため、もとの八葉花文や雲のかたちの痕跡が、樟の板の上にいまも読み取れる。こうした像が、本来どのように色と光に縁取られて拝まれていたのかをうかがわせる、小さな手がかりである。
長谷寺の周辺
鞍手町は筑豊地方に位置する。かつては石炭で知られ、いまは田と低い緑の丘がひろがる内陸の地である。山門をくぐって石段をのぼると本堂に出る。梅や菜の花が咲く早春には、のどかな田園のなかに寺がある。
周辺には、あわせて訪ねたい指定文化財がいくつもある。法華寺観音堂には、同じく重要文化財の木造十一面観音坐像が安置され、立像の長谷観音と比べてみるのも面白い。中山不動尊には木造の不動明王と二童子の像が伝わる。趣の異なるものとしては、近くで神職を務めた江戸時代の国学者・伊藤常足の遺品が、旧宅とともに県の文化財として残る。さらに時代をさかのぼれば、ほど近くに新延大塚古墳がある。
鞍手は車での移動がしやすい。公開の日が限られているため、奈良や鎌倉の長谷寺以上に、訪れる日取りが鍵になる。
Q&A
- いつ拝観できますか。
- 毎月17日と18日に御開帳があり、この日に拝観できます。それ以外の日は通常公開されていないため、別の日に拝観を希望する場合は、あらかじめ長谷寺に連絡してください。
- ほかの観音像と、どこが違うのですか。
- 古さと様式です。一本の樟から古式の一木造で彫られ、面長で厳しい顔立ちをもち、樟の一枚板に彩色した挙身光背を備えています。これらの点から、九州に残る仏像のなかでも最も古式な作のひとつとされています。
- なぜ顔がいくつもあるのですか。
- 十一面観音は頭上に小さな面をめぐらせています。あらゆる方角の苦しみを見て取り、それに応えるという、観音の働きを目に見えるかたちで表したものです。
- 鞍手の長谷寺へは、どう行けばよいですか。
- 福岡県内陸部、筑豊地方の鞍手町長谷地区にあります。車での来訪が現実的です。山門から石段を少しのぼった先に境内があります。
- 奈良や鎌倉の長谷寺と関係があるのですか。
- 縁起の上ではつながりがあります。創建の伝承はこの像を大和(奈良)の長谷寺と結びつけており、長谷寺という名そのものが、各地に広がる長谷式の観音信仰に連なる寺々のものです。
基本情報
| 名称 | 木造十一面観音立像(もくぞうじゅういちめんかんのんりゅうぞう) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定重要文化財(明治37年〈1904〉2月18日指定) |
| 種別 | 彫刻 |
| 時代 | 平安時代 |
| 品質・形状 | 樟、一木造、彩色の挙身光背を伴う |
| 像高 | 約187センチ |
| 員数 | 1躯 |
| 所在地 | 福岡県鞍手郡鞍手町大字長谷552 長谷寺 |
| 所有者 | 長谷寺 |
| 公開 | 毎月17日・18日に御開帳(その他の日は要連絡) |
参考文献
最終更新日: 2026.05.28