会津新宮城跡とは:会津盆地に残る中世の方形居館

会津新宮城跡(あいづしんぐうじょうあと)は、福島県喜多方市にある中世の有力国人新宮氏の城館跡で、平成21年(2009年)7月23日に国の史跡に指定された。

文化庁の解説によると、福島県西部、会津盆地の北西部に位置する。大規模な方形居館の主郭を中心に、それを囲む外郭からなる。

文化庁は、規模が大きく全体の保存状況も極めて良好な、貴重な遺跡と評価している。

新宮氏と新宮城

文化庁によると、新宮氏は鎌倉時代末期に新宮荘の地頭として土着した。14世紀末以降、のちに戦国大名に成長する蘆名氏とたびたび争いを起こした。

応永22年(1415年)以降、新宮氏と蘆名氏が合戦して城は落城し、新宮氏は蘆名氏に滅ぼされた。

発掘調査で出土した遺物は14世紀から15世紀前半のものが中心で、記録から知られる新宮城の盛衰と一致している。

会津新宮城跡の構造

文化庁によると、主郭の内側は東西100から120メートル、南北120から130メートルで、周りに幅15から20メートルの堀が巡り、堀の内側には幅7から8メートルほどの土塁が伴う。

外郭は、南北を東西に流れる小河川で、東西を河川のあいだをつなぐ人工の堀で区切られ、東西約480メートル、南北約440メートルの規模になる。

出土品には奢侈品があり、東北地方では少ない土師器の皿(かわらけ)がまとまって出ていることが、城の性格を示している。鎌倉時代から室町時代には平地の方形居館が領主の拠点となったことが知られており、会津新宮城跡は関連する文献史料も残る点で、その具体的な姿をうかがえる例である。

会津新宮城跡の見学方法

現地の見学条件について、公的な案内は確認できなかった。堀や土塁の遺構が残るため、遺構を傷つけたり、耕作地に無断で立ち入ったりしないよう注意したい。

問い合わせは喜多方市教育委員会へ。

Q&A

Q会津新宮城跡はいつ国の史跡に指定されましたか?
A平成21年(2009年)7月23日に指定されました。
Q会津新宮城跡は誰の城ですか?
A鎌倉時代末期に新宮荘の地頭として土着した国人、新宮氏の城館です。
Q会津新宮城跡の規模は?
A主郭の内側は東西100から120メートル、南北120から130メートル、外郭は東西約480メートル、南北約440メートルです。
Q新宮氏はどうなったのですか?
A応永22年(1415年)以降の合戦で城が落ち、蘆名氏に滅ぼされました。
Q会津新宮城跡の価値は?
A規模が大きく保存状態が極めて良好な平地の方形居館で、文献史料とあわせて中世の領主の拠点の姿がうかがえます。

基本情報

名称会津新宮城跡(あいづしんぐうじょうあと)
所在地福島県喜多方市
指定区分史跡
指定年平成21年(2009年)7月23日指定
員数文化庁データベースに記載なし
寸法外郭:東西約480メートル、南北約440メートル
所有者文化庁の記録に記載なし
公開状況公的な見学案内は確認できず

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「会津新宮城跡」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00003639
文化遺産オンライン「会津新宮城跡」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/163308

最終更新日: 2026.09.28