岩代米山寺経塚出土品──平安末期の祈りを今に伝える重要文化財

福島県須賀川市にある須賀川市立博物館には、ひっそりと、しかし日本宗教史上きわめて重要な意味を持つ一群の遺物が収蔵されています。「岩代米山寺経塚出土品」(いわしろべいさんじきょうづかしゅつどひん)と呼ばれるこの一括資料は、青銅製の経筒、銘文を刻んだ陶製外筒、刀子、銅鏡、銅製の鍔、鉄鏃などからなり、平安時代末期の人々がいだいた来世への切実な祈りを今日に伝えてくれる、国指定の重要文化財です。

経塚とは何か──末法思想と弥勒下生信仰

岩代米山寺経塚出土品の意味を理解するためには、まず平安時代末期の人々の心の世界に思いを寄せる必要があります。十一世紀以降の日本社会では、釈迦入滅後ある一定期間が経過すると仏法が衰え、ついには滅び去ってしまうという「末法思想」が広く受け入れられていました。人々が望みを託したのは、遠い未来に下生するとされた弥勒菩薩の存在でした。弥勒が再びこの世に現れるそのときまで、せめて経典だけでも守り伝えたい──そう願う僧侶や貴族、在地の有力者たちが、各地で行ったのが「経塚」の造営でした。

経塚とは、書写した経典を経筒などの容器に納め、土中に埋納した塚のことです。塚を築くという行為そのものが、単なる供養を超えて、宇宙的な時間スケールにわたる「宝物のタイムカプセル」を残すという壮大な信仰の表れであったといえます。米山寺経塚群は、東北地方における経塚信仰の重要な事例の一つに数えられています。

日枝神社境内での発見──明治十七年の出来事

この出土品の物語は、明治十七年(一八八四)にさかのぼります。当時の岩瀬郡西川村(現在の須賀川市西川)にあった日枝神社で、本殿の改修にともない、社殿の裏手の塚を整地する作業が進められていました。その際、土中から青銅製の経筒や経文を納めた陶製の筒が次々と姿を現しました。その後の調査により、日枝神社の裏手に五基、さらに西方の丘陵上に五基、合わせて十基の経塚があることが確認され、これらをまとめて「米山寺経塚群」と呼ぶようになりました。

遺跡そのものは、昭和十二年(一九三七)に国の史跡に指定され、昭和五十二年(一九七七)に追加指定が行われています。出土品については、特に三号経塚から出た埋納品が一括で重要文化財に指定されました。当初は昭和十一年(一九三六)に「銅経筒 陶製外筒付」として指定を受け、昭和五十三年(一九七八)に他の出土品が追加指定されたうえで、現在の「岩代米山寺経塚出土品」という名称に改められています。

なぜ重要文化財に指定されたのか

この出土品が高く評価される理由は、いくつもの側面に渡ります。

銘文がもたらす確実な年代と背景

陶製外筒は、高さ約二十五センチメートル、径約十七センチメートルの蓋付き容器で、外面にはヘラ状の道具で書かれた銘文が残っています。そこには寺院の名称である「米山寺」、経筒を埋納した施入者(せにゅうしゃ)の名前、そして年号として「承安元年(一一七一年)」が刻まれていました。文献にほとんど登場しない米山寺という寺の存在を裏づけ、平安時代末期という時代を具体的な年に特定できる点で、考古学的にきわめて貴重な資料となっています。

三つの経塚をつなぐ施入者ネットワーク

さらに注目すべきは、この銘文に記された施入者の名前と承安元年という年号が、福島県内の他の二つの経塚出土品にも記されていることです。一つは現在の福島市飯坂町にあった天王寺経塚から出た陶製の筒、もう一つは桑折町の平沢寺経塚から江戸時代に出土した品(現在は東京の静嘉堂文庫が所蔵)です。同じ施主たちが、旧岩代国の三つの離れた場所で同時期に経塚造営を行ったという事実は、平安末期の東北地方における信仰のネットワークを浮かび上がらせる、貴重な手がかりとなっています。

埋納品の総体としての価値

銘文を持つ陶製外筒だけでなく、その内部に納められていた青銅製経筒、副葬された刀子、銅鏡、銅製の鍔、鉄鏃まで含めて一括で残っていることも、この出土品の大きな魅力です。これらは経典を守護する役割を担うとされる埋納品であり、当時の経塚信仰の様相を具体的に知ることのできる、日本でも屈指の事例といえます。

魅力と見どころ

銘文を刻んだ陶製外筒

展示の中心となるのが、銘文を刻んだ陶製外筒です。素朴な土の質感の表面に、八百五十年以上の歳月を超えて文字がかすかに、しかし確かに残っているさまは、見る者に静かな感動を与えます。粘土がまだ柔らかいうちに名前と年号を刻んだ無名の工人の手の動きを想像しながら鑑賞すると、平安末期の人々の祈りが一気に身近に感じられるはずです。

青銅製経筒

陶製外筒の中に納められていたのが青銅製の経筒です。経典を末法の長い闇の時代を越えて伝えるためには、腐食に強い金属が選ばれました。光沢を失った表面の風合いそのものが、千年近い時間の重みを静かに物語っています。

刀子・銅鏡・鍔・鉄鏃

経筒とともに発見された刀子、銅鏡、銅製の鍔、鉄鏃は、いずれも経典を守るために添えられた埋納品です。仏典の埋納が単なる経典埋蔵にとどまらず、護符としての武具や鏡を伴う、入念な祈りの作法であったことがうかがえます。

原形を保つ三号経塚

出土品本体は博物館で守られていますが、その故地である日枝神社の裏山には、十基の経塚が今も残されています。とりわけ三号経塚は、ほぼ原形のまま保存されていることで知られ、平安時代末期の経塚構造を具体的に伝える稀有な事例として高く評価されています。出土品と原位置の双方を訪ねることで、信仰の場の臨場感を体感できる点もこの文化財の大きな魅力です。

須賀川市立博物館を訪ねる

これらの貴重な出土品を所蔵・展示しているのが、須賀川市立博物館です。昭和四十五年(一九七〇)に開館した須賀川市立博物館は、福島県内でもっとも早く開館した公立博物館として知られています。緑豊かな翠ケ丘公園の一画に位置し、米山寺経塚出土品のほか、江戸後期の洋風銅版画家・亜欧堂田善(あおうどうでんぜん)の銅版画コレクションや、首藤保之助(しゅどうやすのすけ)が収集した阿武隈考古館コレクションなど、地域の歴史と文化を語る作品群を擁しています。

なお、岩代米山寺経塚出土品は常設展示ではなく、企画展や展示替えのタイミングで公開されることがあります。実物の鑑賞をお目当てに訪れる方は、事前に博物館へ展示予定をお問い合わせいただくことをおすすめします。

周辺の見どころ

須賀川市は、文化財や名所が点在する歴史豊かな町です。博物館とあわせて訪れたい場所として、まず米山寺経塚群そのものがある日枝神社(西川)が挙げられます。国の名勝に指定された須賀川の牡丹園は、二百三十年以上の歴史を持つ約十ヘクタールの庭園で、二百九十種・約七千株の牡丹が咲き誇ります。奈良〜平安時代の地方官衙的施設と考えられている上人壇廃寺跡や、南北朝時代の城跡として知られる宇津峰なども、いずれも国の史跡です。さらに須賀川は『ウルトラマン』を生んだ円谷英二監督の故郷でもあり、市内の各所に特撮へのオマージュが配されているのも、須賀川ならではの楽しみ方の一つです。

Q&A

Qそもそも「経塚」とは何ですか?
A経塚とは、書写した経典を経筒などの容器に納めて土中に埋めた塚のことです。末法思想に基づき、はるか未来に弥勒菩薩が下生する時まで仏典を伝え残そうという目的で造営されました。平安時代後期から各地で盛んに行われた信仰の形です。
Q陶製外筒の銘文がそれほど重要なのはなぜですか?
A銘文には寺の名称(米山寺)、経筒を埋納した施主たちの名前、そして承安元年(一一七一年)という年号が記されており、出土品の制作年代を確定できる稀有な資料となっています。さらに、文献にほとんど現れない米山寺という寺の存在を裏づける手がかりにもなっています。
Q出土品はどこで見られますか?
A福島県須賀川市池上町にある須賀川市立博物館に収蔵されています。常設展示ではない場合がありますので、企画展や特別展のタイミングを事前にご確認のうえお出かけください。
Q経塚の現地(日枝神社)にも行けますか?
Aはい、可能です。米山寺経塚群は須賀川市西川の日枝神社境内および隣接する丘陵にあり、国の史跡に指定されています。とくに今回の出土品が出た三号経塚はほぼ原形のまま保存されており、平安末期の経塚構造を体感できる貴重な場所です。
Q名称に「岩代」と付いているのはなぜですか?
A「岩代」とは、現在の福島県西部にあたる旧国名「岩代国」のことです。同名の寺院や類似の遺跡と区別するため、文化財指定上の地理的な接頭語として用いられています。

基本情報

名称 岩代米山寺経塚出土品(いわしろべいさんじきょうづかしゅつどひん)
指定区分 国指定重要文化財(考古資料)
指定年月日 昭和十一年(一九三六)当初指定/昭和五十三年(一九七八)追加指定・名称改称
時代 平安時代末期(銘文に「承安元年」=一一七一年の年号)
原所在地 福島県須賀川市西川 日枝神社境内 米山寺経塚群(国指定史跡)
現所在地 須賀川市立博物館(福島県須賀川市池上町6)
構成 青銅製経筒、陶製外筒(銘文あり)、刀子、銅鏡、銅製鍔、鉄鏃 ほか
開館時間 午前9時〜午後5時(最終入館 午後4時30分)
休館日 月曜日、国民の祝日の翌日(土日を除く)、年末年始(12月29日〜1月3日)ほか
入館料 大人 200円/中学生以下・65歳以上・障がい者手帳をお持ちの方は無料
アクセス 東北自動車道 須賀川ICから車で約10分/JR東北本線 須賀川駅から福島交通バスで「宮先町」下車、徒歩約5分

参考文献

国指定文化財等|須賀川市公式ホームページ
https://www.city.sukagawa.fukushima.jp/bunka_sports/bunka_geijyutsu/1013435/1016066/1002516.html
米山寺経塚群 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/米山寺経塚群
須賀川市立博物館 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/須賀川市立博物館
米山寺経塚群 - ふくしまの旅
https://www.tif.ne.jp/jp/entry/article.html?spot=1929
施設案内 須賀川市立博物館|須賀川市公式ホームページ
https://www.city.sukagawa.fukushima.jp/shisetsu/1004370/1004372/1001224.html
福島県 国・県指定等文化財一覧|福島県ホームページ
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/686209.pdf

最終更新日: 2026.04.27