蔵の中に座敷がある
古川家住宅座敷蔵は、福島県会津若松市柳原町一丁目370に建つ大正7年(1918年)建築の土蔵造二階建の座敷蔵で、令和7年(2025年)3月13日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
座敷蔵という建物は、初めて聞くと少し腑に落ちない。外から見ればどこまでも蔵である。厚い壁、軒まで塗り込めた漆喰、瓦を葺いた切妻の屋根。ところが中へ入ると、二階が畳敷きの座敷になっている。東北地方の富裕な家がこれを建てた理由は、言われてみれば単純だ。米や漆器を火から守る漆喰の殻は、客間とその調度を守るのにもそのまま使える。すでに蔵の壁を一組つくらせた家が、人を迎える部屋にも同じ技術を使わない理由はなかった。
この座敷蔵は、一年早く完成した同家の穀物蔵の南東に建つ。二棟は同じ日に登録されたが、評価の基準は別だった。二棟のあいだに立ってみると、その理由がよくわかる。
建築面積は66平方メートルで、穀蔵よりわずかに小さい。昭和62年(1987年)に改修の記録がある。
二棟が建つのは会津若松市街の南西寄り、静かな生活道路に面した一角である。JR只見線・会津鉄道の西若松駅からおよそ1キロメートル、徒歩15分ほど。何の変哲もない街並みを歩いていると、不意に漆喰の壁が現れる。
登録の理由―造形の規範として
登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に設けられた。築およそ50年を経た建造物のうち、重要文化財ほど強い規制をかけずに保存を図るべきものを対象とする。登録基準は三つあり、座敷蔵が該当したのは第二の「造形の規範となっているもの」である。隣の穀蔵は第一の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、二棟は違う理由で登録された。
これは優劣ではなく、それぞれの建物が何をよくしているかの記録である。穀蔵は街路に対する立ち方で評価され、座敷蔵は内部でおこなわれていることで評価された。登録番号は07-0288、第109回登録。隣の穀蔵と同日である。
令和6年(2024年)11月の文化審議会の答申では、二階の座敷が具体的に挙げられている。黒柿の床柱、付書院に建てられた繊細な組子のガラス障子、そして用いられた材の質。数多くの建物を見てきた人たちによる、造作についての判断である。
見どころ―黒柿の床柱と組子の障子
外観は多くを語らない。二階建、切妻造の桟瓦葺、軒まで漆喰で塗り込めた壁。穀蔵と同じ手法である。南側に窓が開いていることだけが、上階に貯蔵以外の用途があることをうかがわせる。
その窓は南庭に面し、床構えを備えた座敷を照らす。床の外側の角に立つ床柱は黒柿。黒柿は古い柿の木の心材にまれに現れる黒い縞模様の材で、外から見ても入っているかどうかわからない。木を挽いてみるまで判断できないため、日本の指物・造作材のなかでも高価なものとして扱われてきた。墨を流したような縞は二本として同じものがない。蔵の中の座敷に、この材を選んだ。それだけでこの部屋の位置づけが見えてくる。
床脇には付書院。書院造で庭側へ張り出す浅い机まわりの造作で、ここには組子のガラス障子が建てられている。細く挽いた木を釘や接着に頼らずに組み上げる技法で、一本が数ミリ長いだけで全体の格子が波打つ。庭からの光に透かすと、緑の上に格子の影が重なって見える。
見上げてほしい。屋根を支えているのはキングポスト・トラス、つまり西洋式の小屋組である。頂点から垂れる一本の束が下の梁を吊り、三角形で荷を受ける。明治期に御雇外国人や工学教育を通じて日本の大工が習得し、大正のころには地方の棟梁も普通に扱っていた。
大正6年の穀蔵は伝統的な束立の和小屋、大正7年の座敷蔵は洋式トラス。同じ家で、一年違いに建てられた二棟に、二つの構法が数メートルを隔てて並んでいる。地方における大正期の建築が実際にどういうものだったかを、これほど具体的に示す組み合わせは多くない。
Q&A
- 古川家住宅座敷蔵の「座敷蔵」とはどういう建物ですか。
- 内部を座敷として仕上げた蔵のことです。土蔵造の耐火的な外殻はそのままに、内部を貯蔵ではなく接客の場としています。古川家住宅座敷蔵の場合、二階南室が床構えと床柱、付書院を備え、南庭に向けて窓を開いた本格的な畳座敷になっており、この型に当てはまります。座敷蔵は東北地方に広く見られ、会津にもいくつかの現存例があります。
- 古川家住宅座敷蔵の内部は見学できますか。拝観料はかかりますか。
- 個人所有で、観光施設として運営されているわけではありません。公開時間や拝観料の設定はありません。令和6年(2024年)の答申時の報道では、座敷蔵と隣の穀蔵が展示や催事の会場として使われていると伝えられており、内部が開くのは不定期の機会と考えられます。内部の見学を目的に訪れる場合は、会津若松市の観光案内所または市の文化財担当課へ事前にご確認ください。外観は公道から見ることができます。
- 古川家住宅座敷蔵は、なぜ西洋式のキングポスト・トラスを使っているのですか。
- 大正7年の時点で、トラスは日本の大工にとって特別な技術ではなくなっていました。明治期以来、学校や工場、公共建築で広く用いられ、技術教育を通じて地方にも普及していたためです。同じ間隔を少ない材で飛ばせ、挙動も読みやすい。客を通す上階に柱の少ない座敷を確保したいという要求に対して、流行というより実用的な選択でした。おもしろいのは、それが漆喰塗の蔵の屋根の下にあり、同じ敷地に伝統的な和小屋も残っていることです。
- 古川家住宅座敷蔵の黒柿の床柱とは、どのような材ですか。
- 黒柿は、樹齢を重ねた柿の木の心材に黒い縞状の紋様が生じたものです。狙って育てることはできず、外観からも判別できないため、挽いて初めてわかります。そのため日本の造作材のなかでも高価なものとされてきました。座った客がまっすぐ向き合うことになる床柱にこれを用いたのは、この部屋を家の中でどう位置づけていたかを示す選択といえます。
- 古川家住宅座敷蔵と古川家住宅穀蔵は、どういう関係にありますか。
- 同じ家の同じ敷地に建つ二棟で、座敷蔵は穀蔵の南東に位置します。穀蔵の完成が大正6年、座敷蔵が大正7年。ともに令和7年3月13日の登録ですが、基準は異なり、穀蔵は銀山街道沿いの歴史的景観への寄与、座敷蔵は造形の規範として評価されました。二棟をあわせて見ると、大正期の米穀商の屋敷が、在庫のための建物と客のための建物という形で成り立っていたことがわかります。
基本情報
| 名称 | 古川家住宅座敷蔵(ふるかわけじゅうたくざしきぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 福島県会津若松市柳原町一丁目370 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 07-0288、第109回登録 |
| 指定年 | 令和7年(2025年)3月13日登録(令和6年11月 文化審議会答申) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積66平方メートル/土蔵2階建、瓦葺/大正7年(1918年)建築、昭和62年改修 |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 定期的な公開はない。外観は道路側から見ることができる。展示や催事に合わせた内部の活用が報じられているため、内部見学を希望する場合は会津若松市へ事前に問い合わせること。 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「古川家住宅座敷蔵」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015277
- 文化遺産オンライン(文化庁)「古川家住宅座敷蔵」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/568681
- 会津若松市「会津若松市内の文化財」指定・登録文化財一覧
- https://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/docs/2012100500043/
- 福島県教育委員会「ふくしまの文化財情報」
- https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/edu/bunkazai01.html
最終更新日: 2026.08.26