茎尻の小さな孔が指し示す、刀の過渡期
この大刀でまず目を留めたいのは、茎(なかご)の末端にあけられた六角形の小さな孔である。手抜緒(てぬきお)を通すためのこの孔は、奈良の宮廷でもちいられた古い直刀にとっては当たり前の装備であった。やがて反りの深い武士の刀が完成するころには姿を消す。本作はそれを残しており、この一点だけでも、刀剣史の転換点に立つ作であることがわかる。
文化庁の登録は簡潔である。鎬造(しのぎづくり)の大刀一口、福島県の個人が所有する重要文化財で、時代は平安(794〜1185年)。作者名は知られず、正確な製作年も記されていない。そのかわりに本作が備えているのは、古代の直刀の世界と、まもなく武士が手にすることになる反りのある刀の世界とを、半ばずつ宿した一振りの姿である。
名称の表記そのものにも、その移ろいがあらわれている。後世の反りのある「太刀」ではなく、古い「大刀」の字があてられている。語の書き方の変化が、武器そのものの変化と重なっている。
なぜ指定されたのか
本作が重要文化財に指定されたのは、1989年(平成元年)6月12日である。指定の理由は、美しさそのものよりも、刀剣の系譜のなかでの位置にある。奈良に流行した直刀は切刃造(きりはづくり)で、刃寄りに鎬を立てた平地の広い造込みをもち、ほぼ直線であった。これに対し、平安時代中期以降にあらわれるのが、鎬造で反りをもつ、いわゆる日本刀である。この大刀は、その二つの系統のあいだに位置し、一方の形がもう一方へ移り変わってゆく過程を、一個の作のうちに示している。
その系譜は、国内でもっとも古い刀剣群と照らし合わせて確かめられる。奈良の正倉院に納まる八世紀の御物のなかには、本作に近い形のものが一口あり、鋒(きっさき)の丸い切刃造のものが三口ある。これらの宮廷の品とならべてみると、福島のこの大刀は、いくつかの点でなお古式を残しながらも、すでに中世の武士の刀の輪郭へと近づいてゆく、後続の作として読み取れる。
刀身の見どころ
身幅は広い。刀身を縦に走る稜線である鎬は、棟寄りに高く立つのではなく、ほぼ中央にある。これは初期の鎬造に特徴的な位置取りである。棟は丸棟で、のちの日本刀が鋭い庵棟(いおりむね)に落ち着くのに先立つ古い形をとどめる。鋒には横手(よこて)がなく、やわらかく丸みを帯びてフクラがつく。刀身全体の反りは浅く、後代の深い反りの萌芽がうかがえる程度にとどまる。
腰元の平地には小さな孔が穿たれ、銅象嵌(どうぞうがん)がほどこされている。鍛えは大板目が流れ、刃寄りで柾目になり、地斑(じふ)が交じる。区際(まちぎわ)からは白気ごころの乱映りが立ちのぼり、刀身を傾けると地に淡い影のように映る。
刃文は、刀剣を見慣れた者が長く目を止める部分である。基調は直刃(すぐは)だが、間をおいて意識的に小さな谷をつくり、匂(におい)の足を刃先へ向けて差し入れている。刃の縁には細かな沸(にえ)がよくつき、ところどころに砂流(すながし)が細く流れ、金筋(きんすじ)が明るく走る。素朴な直刃のなかにこうした変化をしこんだ点は、技巧の芽生えとして読まれている。この刀工はもはや実用の道具をつくるだけでなく、鋼の見えかたそのものを設計していた。
同種の刀剣に出会う
本作は個人の所有であり、常時の公開はされていない。実物を訪ねて見学することはできない。ただ、本作が体現する瞬間、すなわち直刀から反りのある日本刀へと移りゆく流れそのものは、いくつかの公開施設でたどることができる。
東京・上野の東京国立博物館は、古代の直刀から最初期の反りのある刀までを含む、国内有数の刀剣コレクションをもち、展示替えのなかでそれらを公開している。東京・両国の刀剣博物館は、日本刀の保存をになう団体が運営し、刀身の鑑賞そのものを中心に据えた施設で、鍛えや刃文の見かたを学ぶのに適している。本作の祖型にあたる刀剣については、奈良国立博物館が毎年秋に正倉院展を開催し、八世紀の宮廷の品が、刀剣を含めて、数週間だけ公開される。
Q&A
- この大刀を実際に見ることはできますか。
- できません。福島県の個人が所有し、常時の公開はされていません。これに近い初期の刀剣を見たい場合は、東京国立博物館や東京の刀剣博物館が出発点として適しています。
- この刀はなぜ歴史的に重要なのですか。
- 奈良時代の直刀から、平安時代中期にあらわれる反りのある日本刀へと移りゆく過程をとらえているためです。丸棟や茎尻の手抜緒孔といった古い特徴を残しながら、すでに後代の刀の鎬造を用いています。
- 直刀と日本刀はどう違うのですか。
- 古い直刀(ちょくとう)はほとんど反りがなく、中央の鎬を立てない造込みのものも多くありました。平安時代中期以降に形をととのえた日本刀は反りと鎬をもち、武士の台頭とともに、馬上での抜刀や斬撃に適した形へと変わっていきました。
- 作者や正確な製作年はわかっているのですか。
- 作者は不明で、年紀を記した銘もありません。形状と作風から平安時代の作とされ、完成された日本刀に先立つ初期の鎬造の刀に位置づけられています。
- 柄に近い銅の孔は何ですか。
- 腰元の平地に小さな孔を穿ち、銅象嵌をほどこしたものです。茎尻の六角形の手抜緒孔とともに、古い時代の刀の装備に属し、変遷期に作られた刀という性格を際立たせています。
基本情報
| 名称 | 大刀〈鎬造〉(たち しのぎづくり) |
|---|---|
| 種別 | 工芸品 / 刀剣 |
| 指定区分 | 重要文化財(1989年6月12日指定) |
| 員数 | 1口 |
| 時代 | 平安時代(794〜1185年) |
| 作者 | 不詳 |
| 所在地 | 福島県 |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/6709
- 文化遺産オンライン(国立文化財機構)
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/165605
- e国宝 / e-Museum(国立文化財機構・刀剣)
- https://emuseum.nich.go.jp/
最終更新日: 2026.06.16