大刀〈切刃造〉― 日本刀以前の直刀を読み解く
奈良・東大寺の正倉院には、奈良時代から伝わる刀剣が五十五口残っている。そのうち二十六口までが、刃の断面を切刃造という形に仕立てた大刀である。切刃造とは、刀身の鎬を棟寄りの高い位置に置き、そこから刃先へ向けて広い平らな面を斜めに下ろす造込みをいう。福島県に所在するこの一口も、同じ切刃造の系譜に属する。ただし正倉院のような国家の宝物として伝わったのではなく、個人の手を経て今日まで保たれ、平成元年(1989年)に重要文化財へ指定された。
員数は一口。文化庁の国指定文化財等データベースは、その時代を奈良時代としている。
後世の武士が腰にした反りの強い太刀を見慣れた目には、この一口はずいぶん古風に映る。平安時代中期に湾刀が成立する以前、日本で作られた刀剣はまとめて上古刀と呼ばれ、ほぼ直線の片刃で、中国・唐や朝鮮半島の刀剣の影響を受けた姿をしている。本作の棟は角を持たない丸棟で、鋒は細く長く伸びる鰤鋒、すなわち魚のかますの口先になぞらえられる形に作られている。刃を真横から見ると、わずかに刃の側へ反った内反りが認められる。太刀の深い反りとは別物の、上古刀らしい控えめな反りである。
個人所蔵の一口が国の保護を受けた理由
これほど古い刀剣の多くは、古墳などから掘り出された出土品として残り、地中の錆に肌を失っている例が少なくない。地上で代々受け継がれ、研ぎを保ったまま土に埋もれることなく今に至った刀剣は伝世品と呼ばれ、その数は限られる。本作は地鉄が健全で、刃文も読み取れる状態を保ち、さらに刀身の根もとを締める鉄製のはばきを備える。このはばきは当初からのものと考えられている。
平成元年六月の指定にあたって評価されたのは、おおむね三つの点である。鍛えがよく約んでいること。中直刃の刃文が破綻なく整って入っていること。そして上古刀としては保存状態が良好であること。伝世する上古刀のなかでも上位に置かれる一口であり、その希少さが価値の中心にある。
なお、国の記録には法量や重量の記載がなく、寸法の数値は公表されていない。記録が伝えるのは寸法ではなく、作そのものを記述する刀剣特有の専門語のほうである。
地鉄と刃文に注目する
まず地鉄を見たい。鍛えは大板目に杢目が交じり、棟寄りと切刃の部分では柾目に流れている。肌は総体に約み、表面には細かく明るい地沸がつき、灰色がかった地斑が点々と交じり、墨を流したような地景が入る。古い直刀の地鉄ながら、その働きは豊かである。
刃文は中直刃を基調とし、ところどころに小乱が交じる。砂流がかかり、佩裏の腰元には飛焼が一つ離れて入る。小沸がよくつき、匂口は深い。刀身の元のところでは焼きが大きく落ちており、この焼落としは上古刀の古さを示す特徴の一つである。
鋒へ目を移すと、帽子は表が浅くのたれ、裏は直ぐに通り、いずれも返らずに先小丸ごころに焼き詰めている。
刀を返して茎を見れば、磨上げのない生ぶ茎で、先は栗尻に収まる。茎尻の近くには孔が一つ穿たれており、かつてここに緒を通し、腰から吊るして佩いた名残である。
上古刀を見られる場所
本作は個人の所蔵で、常時の公開はされていない。福島県を訪れてもこの一口を目にできるわけではない。ただし、本作が連なる上古刀の系譜は、ほかの場所でより良い条件のもとに見ることができる。
奈良国立博物館では毎年秋に正倉院展が開かれ、正倉院宝物のなかから刀剣やその外装が出陳される年もある。大阪の四天王寺は、聖徳太子に結びつけて伝えられる国宝の切刃造直刀、七星剣と丙子椒林剣を所蔵し、折にふれて公開している。東京国立博物館も上古刀を収蔵しており、その一部は同館のデジタル画像公開システムであるe国宝でいつでも観察できる。
Q&A
- 切刃造とは何ですか。
- 刀身の断面の造り方の一つです。鎬を棟寄りの高い位置に置き、そこから刃先へ向けて広い平らな面を斜めに下ろします。面が広く頑丈な刃になります。七〜八世紀の日本で好まれた形で、奈良の正倉院に残る上古刀五十五口のうち二十六口がこの造りです。
- この大刀はどのくらい古いものですか。
- 文化庁は奈良時代、八世紀のものとしています。平安時代中期に反りのある日本刀が成立する以前に作られた刀剣をまとめて上古刀と呼び、本作はその一群に属します。
- 実物を見ることはできますか。
- 容易ではありません。個人の所蔵で常設公開はされていないためです。近い作風のものを見るなら、奈良国立博物館の秋の正倉院展、大阪・四天王寺の二口の国宝刀、東京国立博物館が収蔵する上古刀が手がかりになります。
- いわゆる日本刀とはどう違うのですか。
- 日本刀は反りがあり鎬のある棟を持ち、平安時代後期以降に作られます。本作はほぼ直線で、棟は丸く、わずかな内反りしかありません。日本刀の成立よりおよそ二百年さかのぼる、大陸の刀剣にならった姿です。
- なぜ重要なのですか。
- 上古刀のうち、出土品ではなく伝世した刀剣は数が少なく、研ぎと当初の付属を保つ例はさらに少なくなります。本作は地鉄が健全で中直刃が整い、当初のものと思われる鉄はばきを備えます。この組み合わせの希少さが、国による保護の理由です。
基本情報
| 名称 | 大刀〈切刃造〉(たち きりはづくり) |
|---|---|
| 指定区分 | 重要文化財(工芸品) |
| 指定年月日 | 1989年(平成元年)6月12日/指定番号01907 |
| 時代 | 奈良時代(八世紀) |
| 員数 | 1口 |
| 造込み | 切刃造、丸棟、鰤鋒、わずかに内反り。生ぶ茎、栗尻。鉄はばき付き |
| 寸法 | 国の記録に記載なし |
| 所有者 | 個人 |
| 所在地 | 福島県 |
| 公開状況 | 常時公開はされていない |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 大刀〈切刃造/〉
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/6705
- 刀剣ワールド 上古刀
- https://www.touken-world.jp/tips/17629/
- 奈良文化財研究所 なぶんけんブログ 東大寺正倉院宝物と中央アジア
- https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2016/05/20160516.html
- 文化遺産オンライン 大刀〈鋒両刃造/〉(関連する上古刀)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/198903
最終更新日: 2026.06.15