反りのない刀

日本刀といえば、棟から鋒へとゆるやかに弧を描く姿を思い浮かべる人が多い。だがこの一刀に、その弧はない。刃はほぼまっすぐで、わずかに刃方へ傾く内反りがつくだけである。片刃で、奈良時代(七一〇〜七九四年)に鍛えられたこの大刀は、反りをもつ日本刀が成立する以前の、いわゆる上古刀の一群に属している。

名称はそのまま「大刀〈切刃造〉」。平成元年(一九八九年)に国の重要文化財に指定された。所在は福島県、所有者は個人で、同じ日に一括して指定された数口の古刀のうちの一口にあたる。これほど古い刀剣で、正倉院御物以外に伝世したものは数が少なく、地刃の状態を保ったものとなればさらに限られる。

上古刀とは、古墳時代から奈良時代にかけて作られた直刀の総称で、平安期以降の彎刀がもつなだらかな反りや複雑な刃文が現れる前の段階の刀を指す。一口の前に立つことは、後の日本刀へと連なる伝統が、まだ形を定めきらぬ時期の姿に向き合うことでもある。

造込と地刃を読む

造込は切刃造。後世の鎬造のような菱形の断面ではなく、刃方の面が平らで、刃寄りに鎬筋が立ち、上の面とのあいだに角を成す。棟は峰立ちせず丸棟。鋒は鰤鋒(かますきっさき)と呼ばれる、棟側が直線的に切れ上がる角張った形である。重ねはやや厚く、刃方へわずかに反る内反りがつく。古い直刀に共通する姿勢である。

地鉄をのぞき込むと肌が現れる。鍛えは大板目に杢目が交じり、棟寄りと切刃の部分では板目が流れて柾がかる。総体に肌立ち、地斑が交じり、地景が入って、白気の映りが立つ。同じ群のなかで一括指定された別の一口と比べると、こちらは鍛えがやや肌立って、刃中の働きにも変化が多いと記録される。

刃文は中直刃を基調に、ほつれ、掃きかけがかかり、ところどころに喰違や二重刃が交じる。腰元から一五センチほどまでは匂口が潤みごころとなる。総体に小沸出来で、下半はやや荒目に沸づき、砂流し・金筋が随所にかかる。元を焼き落とすのも見どころの一つで、焼刃が茎の側へ走り込まず手前で止まるこの特徴は、ごく古い刀にしか見られない。帽子は表裏ともに直ぐで、先は小丸ごころに焼き詰める。

指定の理由と価値

この種の遺品の価値は、まず数の問題でもある。九世紀以前に作られた刀剣で現代まで残ったものは極めて少なく、その多くは古墳から錆身の断片として出土したか、奈良・東大寺の正倉院に収められたものである。地中からではなく地上に伝わり、しかも生ぶの茎を残し、地刃が判読できる状態の伝世品は、日本初期の鍛冶技術を確かめうる資料となる。

茎は生ぶで磨り上げがなく、先は栗尻に仕立てられ、手抜緒孔を一個穿つ。後世の拵に合わせて切り詰められなかったため、作刀当初の寸法と姿がそのまま保たれている。同時に指定された鋒両刃造の大刀は、正倉院御物のうちの同種の遺例と比較され、平安時代初期の作と考えられている。一群はちょうど、上古の直刀から反りをもつ刀剣へと移る境目に位置づけられる。

こうした点から、本刀は平成元年六月十二日、重要文化財に指定された。著名な作者の名や合戦の逸話があるわけではない。指定が認めたのは、残ったという稀少な事実と、その出来の確かさである。

同類の古刀を見られる場所

本刀は個人の所蔵で、常時公開はされていない。所在地を訪ねても実物を目にすることはできないため、その魅力は、見学が可能な同類の作例をたどることで味わうのがよい。

大阪の四天王寺には、国宝の古刀が二口ある。北斗七星などの星文を金で象嵌した七星剣と、短い金象嵌銘をもつ丙子椒林剣で、いずれも聖徳太子の佩刀と伝えられる。両者とも片刃・切刃造の直刀であり、福島の本刀と同じ系統の特徴をそなえる。公開の機会は限られ、大規模な特別展に出陳される程度なので、大阪・東京の展覧会日程を確かめてから予定を組みたい。

奈良では、奈良国立博物館で毎秋ひらかれる正倉院展に、八世紀の御物のうちの刀剣が出ることがある。本刀のような古刀を測る際の基準となる存在である。東京国立博物館は奈良時代の水龍剣をはじめとする上古刀を所蔵し、随時陳列替えをしている。刀の地元に近いところでは、会津若松の福島県立博物館や鶴ヶ城天守閣でも、地域の刀剣収集の歴史を背景に武器・武具の展示が組まれてきた。

Q&A

Q実物を見学できますか。
Aできません。福島県内の個人が所蔵し、常設公開はされていません。同種の上古の直刀を見るには、大阪の四天王寺、奈良国立博物館の正倉院展、東京国立博物館の古刀の陳列などが候補になります。
Qなぜ反りがないのですか。
A反りは後の時代に生まれました。本刀は反りのつく日本刀が成立する以前の上古刀で、初期の刀は大陸の刀剣に連なる片刃の直刀でした。なだらかな反りが定型となるのは、おおむね十世紀以降です。
Q「切刃造」とは何ですか。
A刀身の断面の造込を指します。刃方の面が平らで、刃寄りに鎬筋が立ち、上の面と角を成す形です。片刃の刀身を成形する古い手法の一つで、四天王寺の名高い古刀にも見られます。
Q正確にはいつ頃のものですか。
A国のデータベースは奈良時代(七一〇〜七九四年)と分類しています。同時に指定された大刀は平安時代初期にあたるとされ、一群としてはおおよそ八〜九世紀のものと考えられます。
Q作者は誰ですか。
A不明です。茎に銘はなく、作者の記録もありません。銘を切る習慣が定着する前の時代であり、この年代の刀が無銘であるのは通例です。

基本情報

名称大刀〈切刃造〉(たち きりはづくり)
種別工芸品(刀剣)
指定区分重要文化財
指定年月日平成元年(一九八九年)六月十二日
指定番号01908
時代奈良時代(七一〇〜七九四年)
員数一口
造込切刃造、丸棟、鰤鋒、内反りつく。茎は生ぶ、栗尻
作者無銘・不詳
所在地福島県
所有者個人
公開状況非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)「大刀〈切刃造/〉」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/6706
文化遺産オンライン(文化庁)「大刀〈鋒両刃造/〉」(同時指定の一口)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/198903
国指定文化財等データベース(文化庁)「七星剣」国宝・四天王寺
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/342

最終更新日: 2026.06.15