集落の通りの、いちばん奥に建つ
源泉亭湯口屋旅館本館(げんせんていゆぐちやりょかんほんかん)は、福島県岩瀬郡天栄村大字湯本にある明治4年(1871年)頃建築の旅館建築で、平成29年(2017年)6月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。中通りと会津の境に位置する岩瀬湯本温泉、その中央通りの最奥に建つ。
木造2階建、寄棟造の茅葺屋根。建築面積は405平方メートルで、茅葺としてはかなり大きな部類に入る。福島の気候は茅にやさしくない。冬のあいだ雪が屋根の上に何か月も座り続ける。この規模の茅を維持することは、一度で終わる修復ではなく、続いていく作業である。
敷地は傾いている。その傾斜を造成で消さずに建てたため、各階の床高に段差が設けられた。歩けば床が段になって上がっていく。文化庁の解説文もこの点に触れており、公式の要約から真っ先に削られそうな種類の情報が残っているのは珍しい。
現在の建物は戊辰戦争(1868年から1869年)の後に再建されたものと伝わる。文化庁が記録する年代とも矛盾しない。一方、温泉そのものの起こりはさらに古い。平安時代初期、嵯峨天皇の病気平癒を願った三兄弟がこの地で湯を見つけ、のちに湯守を命じられたと伝わる。湯口屋はその長兄の子孫にあたるとされる。史料で裏づけられる話ではなく、宿の側もそう説明している。
景観の核として登録された
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は07-0175で、第87回の登録にあたる。この基準の文言に、評価の性格が出ている。建築として単独で珍しいから登録されたのではない。この建物がなければ岩瀬湯本温泉が岩瀬湯本温泉に見えなくなるから登録された。
通りには今も茅葺の宿が二軒残る。湯口屋と、檜風呂で知られる分家である。かつてはもう一軒、角屋があったが、現在は営業していない。文化庁の解説は、湯治場として知られる岩瀬湯本温泉の景観の核、という言い方でこの建物を位置づけている。
湯治場という性格は建築のかたちを決める。湯治の客は一週間、三週間と滞在し、自炊することも多い。それを受ける建物は、明治後期に各地の温泉地で建てられた磨き上げられた旅館建築よりも、農家の造りに近い感触を持つ。湯口屋の内部は今もその手触りである。
平成8年(1996年)に登録有形文化財の制度が始まったとき、想定されていたのはこういう建物である。現に使われていて、収益を生んでいて、上位の指定に伴う凍結よりも、ゆるやかな規制のもとで使い続ける方が保存に資する。宿は客室12室で営業を続けている。
吹き抜けが引き受けているもの
1階の茶の間は屋根裏まで吹き抜けている。囲炉裏の上に構造の骨組みがそのまま現れ、直径30センチを超える梁が縦横に渡る。2018年に取材した記者は、ロビーの天井高を約5メートル、居間を約6メートルと記録している。ケヤキの大黒柱は一辺が30センチ以上ある。
囲炉裏の煙は長いあいだこの骨組みへ立ちのぼってきた。材が黒く焼けているのは手入れの不足ではない。木と、その上に載る茅の両方を保たせるための、昔ながらの手立てである。
宿の名前が、この建物のいちばん変わった特徴を告げている。源泉亭。囲炉裏の間の床下、大黒柱の真下から源泉が湧き、そこから浴室へ引かれていると宿は説明する。到着した客はまずこの話を聞かされる。測量された事実ではなく家の言い伝えではあるが、建物がなぜこの一点に建っているのかは、それでよく分かる。
客室は2階と、高く上がった1階部分に配される。造作は簡素で、部屋の四方には長押が回されている。通りに面した部屋の窓には、湯宿らしい高欄が設けられている。
湯はナトリウム・カルシウム塩化物泉で、循環も加温もせずそのまま浴槽へ落とす。硫黄がかすかに香り、鼻先に金気が触れる。浴室は男女別の小ぶりなもので、露天風呂はない。この建物の性格には、大きな近代的浴場よりもこの規模の方が合っている。
岩瀬湯本への道
近くに駅はない。会津鉄道の湯野上温泉駅からは車で約20分、予約すれば送迎がある。東北新幹線の新白河駅からは車でおよそ1時間。東北自動車道を使う場合、白河インターチェンジから約40分、須賀川インターチェンジから国道118号経由という経路もある。
冬は準備がいる。国道118号は鳳坂峠を越える。11月から4月にかけて路面が凍り、雪が吹きだまる。冬用タイヤは必須で、チェーンも携行しておきたい。宿は峠のライブカメラで道路状況を確認してから出発するよう案内している。駐車場は無料で約20台分。
内部を見るには泊まるのが確実で、実際それ以外にあてになる方法はない。日帰り入浴は時期によって受け付けたり止めたりし、受け付けている時期も日によって可否が変わる。訪ねる前に電話で確かめたい。食事は家族の手によるもので、谷が産するものが中心になる。囲炉裏で焼く岩魚、山菜、そば、そして分水嶺の向こう会津側の馬刺し。村が二つの食文化の境目にあることが、そのまま膳に出る。
通りからの撮影は自由である。館内では一声かけてほしい。同じ部屋で他の客が湯上がりの時間を過ごしていることを忘れずに。
Q&A
- 源泉亭湯口屋旅館本館は宿泊できますか。それとも見学施設ですか?
- 客室12室で営業を続けている現役の旅館です。登録有形文化財である本館を見るには宿泊するのが本来の方法で、見学だけを目的とした入館の制度はありません。
- 源泉亭湯口屋旅館は日帰り入浴を受け付けていますか?
- 時期によって受け付けている場合と休止している場合があり、受付中でも日によって可否が変わります。掲載情報に頼らず、事前に宿へ電話で確認してください。
- 源泉亭湯口屋旅館へのアクセスを教えてください。
- 会津鉄道の湯野上温泉駅から車で約20分、要予約で送迎があります。新白河駅からは車で約1時間、白河インターチェンジからは約40分です。駐車場は無料で約20台分あります。
- 源泉亭湯口屋旅館の泉質はどのようなものですか?
- ナトリウム・カルシウム塩化物泉で、循環や加温をしない源泉かけ流しです。浴室は男女別の小ぶりなもので、露天風呂はありません。源泉は本館の囲炉裏の間の床下から湧くと宿は説明しています。
- 源泉亭湯口屋旅館本館はいつ建てられ、いつ登録されたのですか?
- 国指定文化財等データベースは建築年代を明治4年(1871年)頃とし、登録は平成29年(2017年)6月28日、登録番号07-0175と記録しています。地元では戊辰戦争後の再建と伝わります。
基本情報
| 名称 | 源泉亭湯口屋旅館本館(げんせんていゆぐちやりょかんほんかん) |
|---|---|
| 所在地 | 福島県岩瀬郡天栄村大字湯本字居平14-1他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 07-0175 |
| 指定年 | 平成29年(2017年)6月28日登録(第87回) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、寄棟造茅葺、建築面積405平方メートル |
| 所有者 | 個人(データベース上は所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 営業中の旅館(客室12室)。内部の見学は宿泊による。日帰り入浴は要確認 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 源泉亭湯口屋旅館本館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011631
- 文化遺産オンライン 源泉亭湯口屋旅館本館
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/222737
- てんえいとりっぷ(天栄村観光ポータルサイト) 源泉亭湯口屋旅館
- https://www.tenei-trip.com/spot/208/
- 天栄村 村内の文化財
- https://www.vill.tenei.fukushima.jp/soshiki/8/bunnkazai.html
最終更新日: 2026.08.26