船来山という独立丘陵に刻まれた四百年
岐阜県本巣市、濃尾平野の北縁に細長く横たわる船来山は、東西およそ2キロメートル、南北約600メートル、最高点でも標高115メートル前後の小さな独立丘陵である。樹々に覆われた尾根と斜面の下に、約290基の墳丘墓と古墳が眠る。築造は弥生時代終末期の方形周溝墓に始まり、3世紀中頃から7世紀後半まで、400年以上にわたって続いた。2019年(平成31年)2月26日、このうち111基を含む155,420.74平方メートルが国の史跡に指定されている。
船来山の特異性は古墳の数だけにあるのではない。一つの独立丘陵が四百年にわたり墓域として使われ続け、世代ごとに築造場所を主尾根から支尾根へ、墳丘から横穴式石室へと移しながら、同じ山が選ばれ続けたという事実が、東海地方最大級の古墳群と評価される根拠となっている。
築造の四つの段階
最も古い時期は弥生時代終末期の方形周溝墓で、丘陵西部に造営された。古墳時代前期に入ると、主尾根上に前方後円墳や前方後方墳、小型の方墳が次々に築かれていく。前期後半に丘陵西部に築造された5号墳は、墳長約65メートルの前方後円墳で、現在確認されている船来山古墳群中で最大規模の古墳である。
古墳時代中期前半には築造が一時途絶える。再び動き出すのは中期後半で、終末期にかけて丘陵中央部と東部の支尾根上を中心に、多数の横穴式石室が築かれていった。7世紀後半に造営はほぼ終わり、丘陵全体としての墓域の役割を終える。
支群はAからSまでの記号で整理されており、内訳は方形周溝墓・土壙墓が3基、前期古墳が20基、中期古墳が3基、後期古墳が202基。墳形も前方後円墳・前方後方墳・円墳・方墳と幅広く、横穴式石室の形式にも複数の系譜が認められる。同じ支群の内部に前期古墳と後期群集墳が混在する例があり、複数の有力家族層がそれぞれの墓域意識をもって造営したと考えられている。
国史跡指定の理由
独立丘陵に築かれた古墳群としては東海地方最大級――これが、国が船来山古墳群に与えた評価である。2018年(平成30年)11月、国の文化審議会は本巣市側の111基を含む範囲について史跡指定相当との答申を行い、翌2019年2月の告示で正式に国史跡となった。
評価の根拠は規模だけにとどまらない。一つの丘陵で4世紀から7世紀末まで途切れることなく古墳が築造され続けた事例は全国的にも稀で、墳形・埋葬施設・築造位置の変遷を一つの遺跡で連続して観察できることが、当時の社会構造や墓制研究にとって重要であるとされた。
本巣市側では平成5年度から8年度にかけて162基が発掘調査され、銅鏡、装飾大刀、馬具、ガラス玉類、土師器・須恵器など多数の副葬品が出土している。これらのうち687点は2017年10月に岐阜県重要文化財に指定され、市指定有形文化財8,093点と併せて、船来山の被葬者層の性格を考える上での一次資料となっている。
注目すべき古墳と出土品
群中最大の5号墳は、丘陵西部の主尾根上に位置する前方後円墳で、墳長は約65メートル。古墳時代前期後半の築造とみられ、当時の本巣地域の首長層の墓と考えられている。文献によって全長を約60メートルと記すものもあり、計測値には資料間でわずかなずれが残る。
24号墳は円墳で、1967年(昭和42年)7月、豪雨による土砂崩れで副葬品が露出した。確認されたのは上方作銘獣形鏡を含む銅鏡5面のほか、鉄剣、銅鏃、管玉など多数の遺物で、現在は東京国立博物館の所蔵となっている。
98号墳は前期古墳のQ支群に分類される全長約40メートルの前方後円墳。出土した方形板革綴短甲は全国で17例目の発見例とされ、東海地方の古墳時代前期と畿内・朝鮮半島との交流関係を考える上で貴重な資料である。
272号墳と隣接する19号墳・274号墳は石室内壁にベンガラを塗布した「赤彩古墳」で、いずれも後期群集墳に属する。19号墳からは中国大陸製の可能性が指摘される雁木玉2個と、岐阜県内最多の23個に及ぶトンボ玉が出土し、被葬者層が広い交易ネットワークを持っていたことがうかがえる。272号墳は復元整備が施され、年に2回ほどの特別開館日に「赤彩古墳の館」で見学できる。
訪問の手引き
見学の拠点となるのは、丘陵南東麓の「富有柿の里」公園内にある古墳と柿の館。発掘調査で出土した銅鏡、98号墳の方形板革綴短甲、19号墳のガラス玉類などが常設展示されており、館の入口前には154号墳の横穴式石室を実寸で再現した復元石室が屋外展示されている。チャート製の石棺、側壁の積み石、玄門の構造を間近で観察できる。
古墳と柿の館の開館時間は9時から16時。月曜日(祝祭日の場合は翌日)と年末年始は休館で、入館料は大人300円、小中高生100円。船来山の尾根筋には散策路が整備されており、主だった古墳には解説板が立つ。ボランティアガイドが在館していれば、案内を依頼することもできる。
赤彩古墳の館(272号墳)に立ち入れるのは、市が指定する特別開館日に限られる。例年春と秋の数日ずつで、開催日は本巣市の公式サイトで告知される。事前に確認してから訪れたい。
周辺の見どころ
船来山一帯は富有柿発祥の地として知られる。古墳と柿の館に隣接する道の駅「富有柿の里いとぬき」では、晩秋の収穫期になると地元産の生柿や干し柿が並ぶ。
丘陵東麓の弥勒寺は、境内に船来山81号墳を抱える寺院で、帆立貝形古墳から円筒埴輪の破片が出土している。さらに足を伸ばせば、樽見鉄道の単線が根尾川沿いを北上し、春には沿線の桜並木が見頃を迎える。
Q&A
- 船来山古墳群へのアクセスは?
- 車の場合は、2025年4月に開通した東海環状自動車道本巣インターチェンジから約10分が最短ルートです。鉄道では樽見鉄道の糸貫駅が最寄りで、古墳と柿の館までは徒歩20〜25分ほどです。
- 実際の古墳の石室内部を見学できますか?
- 保護のため、現地の古墳石室への立ち入りは原則として制限されています。赤彩古墳の272号墳は年に数日の特別開館日のみ公開されます。一方、154号墳を実寸で再現した復元石室は古墳と柿の館前に屋外展示されており、開館時間中いつでも近くで見学できます。
- いつ訪れるのが良いですか?
- 10月中旬から11月中旬の晩秋は、周辺の富有柿の収穫期と赤彩古墳の館の秋季特別開館が重なり、合わせて楽しめる時期です。春は樽見鉄道沿線の桜と春季特別開館の組み合わせも魅力的。夏は下草が伸びて尾根上の小さな古墳が見えにくくなるので注意してください。
- 石室が赤く塗られているのはなぜですか?
- 使われている顔料はベンガラ(酸化鉄)で、後期古墳の石室内部を赤く塗ることには、辟邪あるいは清めの意味があったと考えられています。船来山では272号墳・19号墳・274号墳の3基にこの塗装の痕跡が明確に残り、各地に存在したと推定される赤彩の風習を示す数少ない事例となっています。
- 名古屋城の石垣に船来山の石が使われたというのは本当ですか?
- 事実です。江戸時代初頭、徳川幕府が名古屋城築城を命じた際、船来山は石材の供給地の一つとなり、後期古墳の石室の石材が運び出されました。このため丘陵東部の後期古墳には墳丘の形が判然としないものが多く、石材の散布だけが残る例も少なくありません。
基本情報
| 名称 | 船来山古墳群(ふなきやまこふんぐん) |
|---|---|
| 所在地 | 岐阜県本巣市(指定地は本巣市上保字船来山1213番6 他315筆) |
| 指定区分 | 国指定史跡(2019年〔平成31年〕2月26日指定) |
| 指定面積 | 155,420.74平方メートル |
| 時代 | 弥生時代終末期〜古墳時代終末期(3世紀中頃〜7世紀後半) |
| 古墳数 | 丘陵全体で約290基を確認、うち国史跡指定範囲内111基 |
| 最大古墳 | 5号墳(前方後円墳、墳長約65メートル) |
| ガイダンス施設 | 古墳と柿の館(〒501-0401 岐阜県本巣市上保1-1-1 富有柿の里内、電話058-323-9333) |
| 開館時間 | 9時〜16時(月曜休館、月曜が祝祭日の場合は翌日休館、12月29日〜1月3日休館) |
| 入館料 | 大人300円、小中高生100円、20人以上の団体は3割引 |
| アクセス | 東海環状自動車道本巣ICから車で約10分、樽見鉄道糸貫駅から徒歩約20〜25分 |
参考資料
- 国指定文化財等データベース「船来山古墳群」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00004060
- 「船来山古墳群整備基本計画を策定しました」(本巣市)
- https://www.city.motosu.lg.jp/0000001147.html
- 「船来山古墳群出土品」(岐阜県文化伝承課)
- https://www.pref.gifu.lg.jp/page/17023.html
- 船来山古墳群「古墳と柿の館」(岐阜県観光連盟)
- https://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_6302.html
最終更新日: 2026.05.18