弥勒寺官衙遺跡群――長良川河岸段丘に重なる六世紀分の古代美濃

長良川が小瀬峡谷を抜けて濃尾平野へ広がろうとするその直前、関市池尻の段丘上にひとまとまりの史跡がある。数百メートル四方の範囲に、七世紀後半の寺院基壇、八世紀から十世紀にかけて稼働した郡役所の建物跡、その瓦を焼いた三キロ離れた窯場、そしてそれらより古い七世紀前半の方墳が重なって眠っている。これらを一括して国史跡に指定したのが「弥勒寺官衙遺跡群」で、構成史跡は弥勒寺官衙遺跡、弥勒寺跡、丸山古窯跡、池尻大塚古墳の四件である。

遺構そのものは地中に保存されているが、中心部は弥勒寺史跡公園として整備され、建物の輪郭は砂利と擬木柱で地表に示されている。七世紀の塔基壇と八世紀の郡庁正殿の真上を、そのまま歩けるかたちになっている。

ムゲツ氏と層をなす歴史

この場所の歴史は、ある一族の歴史でもある。ムゲツ氏は「牟義都」「牟下津」「身毛」など複数の表記で記紀に現れる美濃の伝統的豪族で、軍事と祭祀の両面でヤマト王権に仕えた。決定的な転機は天武元年(六七二)の壬申の乱で、大海人皇子の舎人だった身毛君広が大友皇子方との戦いで戦功を上げたことだった。皇子が天武天皇として即位した後、ムゲツ氏は武義郡を治める郡領としての地位を公的に確立する。

段丘上の遺構は、すべてその後の話である。一族はまず七世紀前半に方形の墳墓(後の池尻大塚古墳)を西端に築き、それから数十年のうちに同じ段丘に氏寺として弥勒寺を建立した。律令体制が整うと、寺の東側にあった一族の本宅は、八世紀前半に新たな方位線で再編されて武義郡衙となる。発掘の所見では、ムゲツ氏の居宅と推定される大型の掘立柱建物群が解体され、官衙建物として整然と建て替えられた段階が明瞭に見える。地方豪族が国家の官人へと姿を変えていく数代の経過が、土の中の柱穴の並びとしてそのまま読み取れる。

国史跡指定の経緯と価値

最初の指定は昭和三十四年(一九五九)で、当時は「弥勒寺跡附丸山古窯跡」――白鳳期の寺院跡と、その瓦を供給した窯跡の組み合わせ――だった。決定的な発見はその後にやってくる。平成六年(一九九四)から平成十七年(二〇〇五)まで八次に及ぶ調査が、寺の東隣の畑地で官衙の全容を掘り当てた。東西約五十メートル・南北約六十メートルの掘立柱塀で囲まれた郡庁院には、正殿と東西の脇殿が「品」字形に配置されていた。この配列は、それまで国府の政庁でしか確認されていなかったもので、郡レベルの役所で発見されたことは郡衙研究の枠組みを大きく組み替えることになった。隣接して東西約百三十メートル・南北約四十メートルの正倉院があり、創建期には九棟前後の総柱建物が立ち並んでいたとみられる。倉の基礎から検出された炭化米は、武義郡が租として徴収した米そのものが残ったものである。

これらの成果を受けて、平成十九年(二〇〇七)に弥勒寺官衙遺跡が追加指定されて名称が改められ、平成二十八年(二〇一六)には池尻大塚古墳が加わって現在の指定名称になった。寺院・郡衙・祭祀遺構・古墳が同一地点で一体的に把握できる例は全国でもまれで、同種の例としては埼玉県の幡羅官衙遺跡群が挙げられる程度にとどまる。地方豪族の拠点が律令体制下の郡衙に発展し、付属する祭祀施設や工房まで合わせて運営されていた様相を、丸ごと考古資料として確認できる点が、この遺跡群の値打ちである。

見どころ――段丘の上を歩く

見学は大きく三つのパートに分かれ、半日で十分に回れる。

弥勒寺跡の伽藍配置は法起寺式で、塔と金堂が東西に並ぶ。塔基壇は約十一メートル四方の方形の土壇で、中心の心礎と四個の側柱礎石が残る。その西にある金堂基壇は東西約十五メートル、南北約十一メートルで、礎石の配置から五間四間の建物が想定される。講堂・経蔵・鐘楼・回廊・中門・南大門の位置も推定されており、出土した古瓦の文様は三キロ離れた丸山古窯跡のものと一致するため、両者は供給関係にあったと考えられている。寺の建立年代は瓦の様式から白鳳期、七世紀後半とみられる。

郡衙跡は史跡公園の中心である。「品」字形の郡庁院は、地面に敷かれた砂利と擬木の柱で平面表示されており、中庭に立つと役所の規模が体感できる。隣の正倉院も同様に表示されている。解説板では建物が二度の建て替えを経たこと、掘立柱から礎石建ちへの転換、倉の大型化といった変遷が触れられている。

西へ少し歩くと池尻大塚古墳に行き当たる。墳丘の盛土は流失しており、両袖式横穴式石室の巨石が地表に露出している。地元では「美濃の石舞台」と呼ばれることもある。羨道の長さは十・二九メートル、玄室は長さ四・三二メートル・幅二・六六メートル・高さ二・五メートルで、床には川原石が敷き詰められていた。平成二十年(二〇〇八)と平成二十三年(二〇一一)の発掘調査により、築造年代は七世紀前半、副葬品として土師器の小壺、須恵器の坏蓋、鉄地金銅張の飾金具が確認された。郡領格の人物の墓と考えられ、後に郡衙と弥勒寺を造営する一族の祖先のものと推定されている。

円空が結んだ最後の庵

この場所の物語は古代では終わらない。十七世紀の時点で弥勒寺はとうに廃絶しており、礎石が藪に埋もれた状態だった。元禄二年(一六八九)ごろ、行脚の僧で仏像彫刻家でもあった円空がこの地に住み着く。寛永九年(一六三二)に美濃国で生まれた円空は、生涯のうちに北海道から近畿まで諸国を巡り、各地の素木でおびただしい数の仏像を造像した。現存数は約五千体に及ぶ。彼は荒廃していた弥勒寺を中興してここを終の棲家とし、元禄八年(一六九五)に長良川河畔で入定するまで本拠地とした。入定塚と墓は寺跡から徒歩圏内にあり、関市円空館に円空仏約四十体が常設展示されている。

円空館では、寺跡や郡衙跡から出土した瓦類、円面硯、「大寺」と墨書された土器、正倉から出た炭化米などが展示されており、現地の遺構と合わせて見学すると遺跡群の全体像がつかみやすい。

周辺の見どころ

段丘の眼下を流れる長良川は、毎年五月十一日から十月十五日まで小瀬鵜飼が行われる場所である。「長良川の鵜飼漁の技術」として国の重要無形民俗文化財に指定されている技術で、観覧船は鮎之瀬橋付近から出発する。

構成史跡の一つである丸山古窯跡は、現地から北東三キロほどの美濃市大矢田の独立丘陵にある。昭和三十二年(一九五七)に名古屋大学の澄田正一・楢崎彰一らが四基を調査し、いずれも登窯形式であることが確認された。うち一基は焼成部の長さが九・三メートル、焚口部と煙出し部が良好に残り、天井の一部も遺存している。窯跡は公園として整備された状態ではないため、現地の様相は弥勒寺史跡公園と円空館の展示で確認するのが現実的である。

美濃市中心部までは車で約二十分。世界に知られる美濃和紙の産地であり、卯建をあげた商家が並ぶ「うだつの上がる町並み」は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。半日を足して立ち寄る価値がある。

Q&A

Q入場料はかかりますか。見学時間は決まっていますか。
A屋外の史跡公園部分は終日開放されており、入場無料です。同じ敷地内にある関市円空館は、円空仏と発掘出土品を展示しており、こちらは別途入館料と開館時間の設定があります。臨時休館もありますので、訪問前に円空館の公式情報を確認してください。
Qどのくらいの時間を見ておけばよいですか。
A寺跡、郡衙の平面表示、池尻大塚古墳を一巡し、円空館を見学する場合、二時間程度を見込んでください。美濃市のうだつの町並みまで足を延ばすなら半日を追加するのが目安です。
Q池尻大塚古墳の石室内には入れますか。
A石室内部は、平成二十三年の調査後に保存のため土嚢で封じられており、立ち入ることはできません。露出した石材の前まで近づき、外側から構造を観察することは可能で、それだけでも石室の規模は十分に体感できます。
Q訪れるのに適した季節はいつですか。
A晩春から秋にかけてが歩きやすく、五月十一日から十月十五日まで開催される長良川の小瀬鵜飼と合わせる楽しみ方もできます。冬季は閑散としていますが冷え込みが厳しく、降雪時は園内の通路が滑りやすくなる場合があります。
Q遺跡群全体を解説したパンフレットはありますか。
A関市が全八ページの観音折りパンフレットを作成しており、関市公式サイトからPDFで入手できます。現地の解説板と合わせて読むと、四つの構成史跡の位置関係や時代の重なりが把握しやすくなります。

基本情報

指定名称弥勒寺官衙遺跡群 弥勒寺官衙遺跡 弥勒寺跡 丸山古窯跡 池尻大塚古墳
種別史跡
指定基準二(政治に関する遺跡)、三(祭祀信仰に関する遺跡)、六(生産活動に関する遺跡)
初回指定昭和三十四年(一九五九)三月二日「弥勒寺跡附丸山古窯跡」として指定
追加指定平成六年(一九九四)十月十一日 範囲追加/平成十九年(二〇〇七)二月六日 弥勒寺官衙遺跡を追加、現在の構成名称に変更/平成二十八年(二〇一六)三月一日 池尻大塚古墳を追加、現指定名称に変更
時代古代(七世紀後半~十世紀前半が中心、構成史跡には七世紀前半の方墳および十七世紀の円空による再興期を含む)
所在地岐阜県関市池尻ほか、岐阜県美濃市大矢田(丸山古窯跡)
現地施設弥勒寺史跡公園(無料、終日開放)/関市円空館(有料、開館時間設定あり)
自動車でのアクセス東海環状自動車道 関広見ICから約五分/東海北陸自動車道 関ICから約十五分
公共交通機関でのアクセス長良川鉄道関駅前の関シティターミナルから、関シティバス「関板取線」(ほらどキウイプラザ行)に乗車、約十分の「鮎之瀬橋」バス停下車後、徒歩約十分。本数が少ないため事前に時刻表の確認を推奨。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 弥勒寺官衙遺跡群
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1279
文化遺産オンライン 弥勒寺官衙遺跡群
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/205433
関市 国指定史跡 弥勒寺官衙遺跡群/弥勒寺史跡公園
https://www.city.seki.lg.jp/kanko/0000015091.html
関市 弥勒寺官衙遺跡(弥勒寺東遺跡)
https://www.city.seki.lg.jp/kanko/0000015094.html
関市 池尻大塚古墳
https://www.city.seki.lg.jp/kanko/0000015095.html
関市 関市円空館
https://www.city.seki.lg.jp/0000001466.html

最終更新日: 2026.05.18