日吉神社の石造狛犬 ― 戦国武将の祈りを伝える越前青石の守護獣
岐阜県安八郡神戸町、静かな田園の只中に鎮座する日吉神社。その境内、玉垣に守られた中央の社殿の前に、約四百五十年もの間、神々を見守り続けてきた一対の石獅子があります。天正五年(一五七七)、戦国武将・不破河内守光治の寄進によって造立された石造狛犬です。遥か越前国(現・福井県)から運ばれた笏谷石(しゃくだにいし)の青みを帯びた色合い、簡素ながらも凛とした佇まいは、安土桃山時代の石造美術の最高峰のひとつとして、国の重要文化財に指定されています。
像高はおよそ七十四センチメートル。縦長の引き締まった体躯、流れるように背に垂れる鬣(たてがみ)、控えめながらも力強い彫りには、まぎれもなく桃山という時代の気品が宿ります。さらに特筆すべきは、製作年と寄進者の名がそれぞれの足の指先に刻まれていることでしょう。匿名の作例が多い中世以前の石造彫刻にあって、これほど明確な銘を持つ作品は極めて稀であり、美術史的にも一級の資料となっています。
一対の獅子、静かな社、千二百年の歴史
日吉神社(ひよしじんじゃ)は、弘仁八年(八一七)、伝教大師最澄が東国に天台宗を広めるべく東山道を下られた際、近江国坂本の日吉大社の御分霊を勧請して創建したと伝えられています。この地は比叡山延暦寺の荘園であった平野庄の中心であり、神社はその守護社として千二百年の長きにわたって地域の信仰を集めてきました。
境内には主神・大己貴神(おおなむちのかみ)をお祀りする日吉大宮(ひよしおおみや)を中心に、合計七柱の神々を祀る「山王七社」が形成されています。石造狛犬が置かれていたのは、まさにこの日吉大宮の正面でした。
戦国の動乱を経た後も、寛永七年(一六三〇)には尾張藩初代藩主・徳川義直(家康の九男)の寄進によって本殿が再建されています。この本殿は今も岐阜県の重要文化財として現存し、檜皮葺・流れ造りの優美な姿を見せています。境内にはこのほか、国の重要文化財に指定された三重塔、二躯の木造十一面観音坐像、木造地蔵菩薩坐像など、数多くの文化財が伝来しており、石造狛犬はその豊かな伝来品群の一翼を成しています。
寄進者・不破光治という武将
この狛犬を奉納した不破河内守光治(ふわ かわちのかみ みつはる)は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した美濃の武将です。元は美濃守護土岐氏に仕え、後に斎藤氏、そして斎藤氏滅亡後は織田信長に仕えました。稲葉一鉄・安藤守就・氏家卜全と並ぶ「西美濃四人衆」のひとりに数えられ、後年には前田利家・佐々成政とともに、平定された越前国府中の支配を任された「府中三人衆」として柴田勝家の与力大名となりました。本拠は神戸町西保にあった西保城で、現在の日吉神社からは目と鼻の先です。
天正五年に狛犬を寄進した当時、光治は越前国に在って、笏谷石の産地である足羽山一帯を支配下に置く立場にありました。古来より珍重された越前の青石を材に、最も腕の立つ石工に注文し、故郷の鎮守社へ捧げた一対の獅子。それは単なる寄進ではなく、新たに与えられた領地の最上の名産を、生まれ育った地の神々へと差し出す行為でもあったのです。
光治の没年については天正八年(一五八〇)とする説、天正十一年(一五八三)以降とする説など諸説ありますが、いずれにせよこの狛犬寄進は彼の晩年の事績の一つでした。銘を持つこの一対は、戦国の世を生き抜いた武将の信仰心を、四百年以上の時を越えて伝える、いわば手紙のような文化財でもあります。
なぜ重要文化財に指定されたのか
江戸時代以前に遡る石造の参道狛犬は、日本全国を見渡しても残存数が極めて少なく、しかも現存する古いものの多くは小型の神殿狛犬(神殿内に安置するための小像)です。日吉神社の狛犬がとりわけ貴重とされる理由は、いくつかの観点から整理することができます。
第一に、銘文の精確さです。閉口の吽形像の前左趾外側には「天正五丁丑季五月吉日」、開口の阿形像の右趾外側には「不破河内守光治造立」と明確に彫られています。製作年と寄進者がこれほどはっきりと特定できる石造彫刻は中世末期から桃山期にかけてはきわめて稀で、編年資料としての価値は計り知れません。
第二に、彫刻の質の高さです。良質の笏谷石(緑色凝灰岩)を選び、たてがみの流れるような線、四肢の引き締まった量感、首をやや延ばして立つ堂々たる姿勢など、いずれも桃山期の石造彫刻として最高水準にあります。特に縦長で簡素な構成は、肥満し量感豊かな中世末期の石造狛犬と比べても垢抜けていて、洗練された武家好みを感じさせます。
第三に、近隣の関係作との比較研究上の意義です。岐阜県には、日吉神社の狛犬とすべてにおいてよく似ている作例として、神戸町下宮神社の狛犬が伝来しており、共通の石工集団あるいは同一の作者による可能性が指摘されています。日吉神社の狛犬は、桃山期の美濃・越前間の石造文化を考えるうえでの基準作として、学術上もきわめて重要な存在なのです。
明確な銘、確かな由緒、卓越した技量、研究上の基準性 ― これらすべてが、この狛犬を国指定の重要文化財へと導いたのです。
見どころ ― 一対が湛える静かな迫力
この狛犬は、神社の伝統に従い、阿吽(あうん)の一対として造られています。口を開いた阿形は梵字の最初の音「ア」を、口を閉じた吽形は最後の音「ウン」を表し、二つの像でこの世のすべてを象徴的に包み込みます。古来からの仏教的世界観が、二頭の獅子の口の形にそっと込められているのです。
注目したいのはたてがみの表現です。江戸期以降の狛犬に多く見られる装飾的な巻き毛ではなく、ここでは長い直線を背に流す古式の様式が選ばれています。これは奈良・東大寺南大門の伝・陳和卿作の石獅子に淵源を持つ意匠で、日本の石造狛犬の伝統的な祖型といえる表現です。日吉神社の狛犬は、この古典的な様式を縦長で簡潔な造形へと昇華させており、桃山期らしい洗練を感じさせます。
石材の笏谷石そのものにもぜひ目を向けてください。約一七〇〇万年前の火山活動で堆積した火山礫凝灰岩で、福井市の足羽山一帯で採掘される越前国の特産石材です。淡い青緑色の地肌は、水に濡れるとさらに深く澄んだ青を帯び、別名「越前青石」と呼ばれる所以となっています。戦国期には、朝倉氏の支配する越前から関係深い大名たちのもとへ、ブランド品として贈られた記録もあり、文字通り北陸の宝石でした。
なお、ご参拝の方にお伝えしておきたいことがあります。国指定の本物の狛犬は、保護のため境内の収蔵庫に納められており、通常は公開されていません。社殿前の元の場所には、忠実に造られたレプリカが据えられています。レプリカもまた精緻に再現されており、その堂々たる佇まいは十分に楽しんでいただけますが、本物を拝見されたい場合は、特別公開の機会についてあらかじめ神社にお問い合わせいただくのが確実です。
境内の他の見どころ
こぢんまりとした地方の神社という印象に反して、日吉神社の境内は文化財の宝庫です。狛犬の参拝の前後には、ぜひ次の場所もお訪ねください。
- 三重塔(国の重要文化財) ― 室町時代後期の建立。三間三層、檜皮葺、相輪頂上までの高さは約二十四・六メートル。神仏習合の名残を今に伝える、岐阜県でも有数の優美な塔で、写真映えする境内随一の景観でもあります。
- 本殿(県の重要文化財) ― 寛永七年(一六三〇)、尾張藩初代藩主徳川義直の寄進による建立。朱塗りの檜皮葺・流れ造りで、江戸時代初期の社殿建築の代表例として貴重です。
- 三猿 ― 境内の東側に高く築かれた石壇の上に、「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿が並びます。山王信仰では猿を神の使いと考えており、日光東照宮の有名な三猿も山王信仰の流れを汲むものです。
- 百八燈明台(県重要有形民俗文化財) ― 玉垣中央石段の左右にあり、合わせて百八の燈明が灯ります。本来は寺院の内陣に置かれるべきもので、神社の社前にあるのは珍しい例です。
四月下旬の週末に当たれば、岐阜県の重要無形民俗文化財に指定される神戸山王まつりを体験できるかもしれません。七基の神輿が「絶対に止まらず全力で疾走する」という勇壮な渡御で知られ、貞享四年(一六八七)製作の神輿そのものも県の重要有形民俗文化財に指定されている、岐阜県を代表する祭礼の一つです。
周辺のおすすめスポット
神戸町は、揖斐川と長良川に挟まれた濃尾平野の西部、養老山地を背景にしたのどかな田園地帯にあります。日吉神社から徒歩圏内には、神戸町出身の現代書道家・日比野五鳳の作品を集めた日比野五鳳記念美術館があり、文化財巡りの合間に近代日本の墨の世界を体感していただけます。また、近隣の「ひよしの里」は地域情報館として観光の起点に便利です。
少し足を伸ばせば、南方には城下町・宿場町として栄えた大垣市があり、松尾芭蕉「奥の細道」結びの地として知られる船町港跡や、水門川沿いの遊歩道など散策の見どころが揃います。さらに西へ車で約三十分、関ヶ原町には日本史を決した関ヶ原古戦場があり、戦国武将ゆかりの一日旅として、日吉神社の石造狛犬とともに巡るプランもおすすめです。
Q&A
- 本物の石造狛犬を見ることはできますか。
- 本物は保存のため境内の収蔵庫に納められており、通常は非公開です。社殿前にはレプリカが安置されていますので、通常の参拝では精巧なレプリカをご覧いただけます。特別公開の機会については、神社にお問い合わせいただくことをおすすめいたします。
- 日吉神社へのアクセスを教えてください。
- 養老鉄道養老線(揖斐線)の広神戸駅から徒歩約五分です。広神戸駅はJR大垣駅から養老鉄道で約二十分。名古屋からは大垣まで東海道本線でおよそ三十分ですので、日帰り旅行に向いています。お車の場合は、神社近辺に駐車場があります。
- 参拝料はかかりますか。
- 境内(レプリカの狛犬、本殿、三重塔、三猿などを含む)の参拝は無料です。明るい時間帯であれば自由に参拝することができます。お賽銭やお気持ちでのご支援は、神社の維持にとってありがたいものとなります。
- 「笏谷石」とはどのような石ですか。
- 福井県福井市の足羽山一帯(旧越前国)で採掘される、淡い青緑色の緑色凝灰岩です。柔らかく加工しやすい一方で耐久性があり、水に濡れると鮮やかな青色を呈することから「越前青石」とも呼ばれます。戦国期には、墓石、石灯籠、そして越前狛犬と呼ばれる神殿狛犬の素材として特に珍重され、日吉神社の狛犬はその伝統の頂点を示す作例の一つです。
- いつ訪れるのが良いですか。
- 四季を通じて魅力的ですが、特におすすめなのは神戸山王まつりが行われる四月の最終週末です。秋には三重塔と紅葉の取り合わせが趣深く、春には周辺で桜が楽しめます。混雑を避けて静かに参拝されたい方には、初夏や晩秋の平日が好ましいでしょう。
基本情報
| 名称 | 石造狛犬(いしぞうこまいぬ)一対 |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定重要文化財(彫刻) |
| 製作年 | 天正五年(一五七七年)、安土桃山時代 |
| 寄進者 | 西保城主・不破河内守光治 |
| 石材 | 笏谷石(越前青石・緑色凝灰岩) |
| 法量 | 像高約七十四センチメートル |
| 銘文 | 吽形(閉口)前左趾外側「天正五丁丑季五月吉日」/阿形(開口)右趾外側「不破河内守光治造立」 |
| 所有者 | 金幣社 日吉神社 |
| 所在地 | 岐阜県安八郡神戸町大字神戸一番地 |
| 交通 | 養老鉄道養老線(揖斐線)広神戸駅より徒歩約五分 |
| 公開状況 | 本物は境内収蔵庫に保管され通常非公開/日吉大宮社殿前には精巧なレプリカを安置 |
参考文献
- 金幣社 日吉神社「重要文化財」公式ページ
- http://hiyoshi-jinjya.jp/about/important.html
- 岐阜県公式ホームページ「狛犬(日吉神社)」文化伝承課
- https://www.pref.gifu.lg.jp/page/12524.html
- 金幣社 日吉神社 公式サイト
- https://www.hiyoshi-jinjya.jp/
- Wikipedia「日吉神社(神戸町)」
- https://ja.wikipedia.org/wiki/日吉神社_(神戸町)
- Wikipedia「不破光治」
- https://ja.wikipedia.org/wiki/不破光治
- 神戸町公式観光案内「日吉神社巡りコース」
- https://www.town.godo.gifu.jp/event/pdf/course_01.pdf
- 福井市公式観光サイト 福いろ「笏谷石とは」
- https://fuku-iro.jp/feature/1
最終更新日: 2026.05.15