上山家住宅 ― 土岐川のほとり、タイルで財をなした一族の邸宅
上山家住宅は、多治見市の中心部、記念橋の北側にあたる土岐川右岸の敷地に建つ。煉瓦とタイルの製造で身を立てた人物が、大正末期から昭和初期にかけて自らの住まいとして整えたもので、敷地内の七棟が国の登録有形文化財となっている。内訳は、平屋建の主屋、二階建の洋館、東棟、北棟、土蔵造の倉庫、そして北と西に置かれた小ぶりな物置二棟である。
建てたのは、のちに上山と名を改めた佐藤貞治である。美濃の地で建築用タイルの量産が本格化しはじめた大正初期、佐藤は佐藤化粧煉瓦工場を興した。この工場が、現在の上山製陶株式会社の前身にあたる。佐藤は初代の多治見市長も務めた人物であった。タイル工場はかつて住宅の北隣の土地を占めており、その敷地は今では住宅展示場やスーパー、駐車場に変わっているが、当時はここでタイルが焼かれていた。
敷地全体は、施主の生業を映す小さな見本帳のようにも見える。和風と洋風の建物が並び立ち、屋根、壁、窓まわりのいたるところに、一族が手がけた陶製タイルが用いられている。
登録の意味と、多治見における特別さ
まず制度上の区分を正確に押さえておきたい。この七棟は登録有形文化財であり、国宝や重要文化財とは性格の異なる区分に属する。登録制度は平成八年(一九九六年)に設けられたもので、社会的な評価を受ける前に失われていく近代の建造物を、届出と指導を基本とする緩やかな保護のもとに置くために導入された。重要なものを厳選して許可制で守る指定制度とは別に、特徴ある建物を日常のなかで使い続けられるよう補完する仕組みである。
上山家住宅の七棟は、平成十二年(二〇〇〇年)四月二十八日に登録された。多治見市は、虎渓山にある永保寺の国宝建造物で知られる一方で、登録有形文化財の建造物はこの上山家住宅が市内で唯一である。七棟の多くは造形の規範となるものとして登録され、倉庫はこれとは別に、再現することが容易でないものという基準で登録されている。
この邸宅が書きとめているのは、地域史のある一場面である。西美濃は二十世紀に国内有数のタイル産地となったが、その産業の興りを、創業者の一人が自らの製品で建てた住まいを通して見ることができる。
見どころ
七棟のなかで核となるのが、二階建の洋館である。地域のランドマークとしても知られ、石張りの腰の上にスクラッチタイルを張り、二階はドイツ壁風の仕上げとする。屋根は銅板で縁取ったスレート葺の切妻で、玄関は西面に設けられているが、その部分だけがなぜか和風につくられている点が目を引く。当主の話として、この工場は東京の帝国ホテルにもタイルを納めたと伝えられるが、これは地元で語り継がれてきた逸話であり、確証のある事実というよりは口碑として受けとめておきたい。
主屋は南を向いて建つ。南東端には入母屋破風の玄関を構え、南面には縁側がのび、南西端には月見台が張り出す。手をかけた施主らしい細部もある。たとえば縁側の庇は、瓦ではなくスレートで葺かれている。
主屋の東に渡り廊下でつながる東棟は、入母屋屋根と縦板張の腰をもつ和風の建物だが、西南端だけはベイウィンドーを付けた洋室をタイル張りとし、庭ごしに洋館と呼応させている。その北に建つ倉庫は二階建の土蔵で、花崗石を三段に積んだ基礎の上に、階下を海鼠壁、階上を黒漆喰塗とし、妻面には重厚な観音扉と瓦葺の庇を備える。使うためだけでなく、見られることも意識してつくられた蔵である。
残る小規模な建物が、全体の像を補っている。北棟は東半を厨房に充て、屋根の上に切妻の換気窓を載せる。北物置は邸宅の維持や調理にあたった使用人の住居とされ、西側の小さな物置はもと書生部屋と伝わる。いずれも記録というより言い伝えであり、その玄関は縦板張として洋館に調子を合わせている。
実用面で一点だけ補っておく。ここは現に人が暮らす私邸であり、一般には公開されていない。見学のための内部公開はなく、敷地内に立ち入ることもできない。洋館は周囲の道路や川の堤防から望むことができ、その眺めこそがこの邸宅を味わう本来のかたちである。訪れる際は公道にとどまり、住人の生活への配慮を欠かさないようにしたい。
Q&A
- 上山家住宅の中に入って見学できますか。
- いいえ。現在も使われている私邸であり、内部の見学やツアーはありません。敷地内に入ることもできません。二階建の洋館は近隣の公道や土岐川の堤防から見ることができ、そこから眺めるのが唯一の適切な見方です。住人の生活への配慮をお願いします。
- 登録有形文化財は国宝とどう違うのですか。
- 区分が異なります。国宝や重要文化財は、特に価値の高いものを厳選して許可制で守る指定制度の対象です。これに対し登録制度は、平成八年に設けられた届出を基本とする緩やかな保護で、より広い範囲の近代建築を使いながら残すことを目的としています。上山家住宅は指定ではなく登録であり、この区分の違いそのものが、二十世紀初頭の町並みを代表する建物としての性格を表しています。
- 誰が建てたのですか。なぜタイルが話の中心になるのですか。
- 建てたのは佐藤貞治、のちの上山です。化粧煉瓦工場を興してこれを現在の上山製陶へと育て、初代多治見市長も務めました。美濃がタイル産地として立ち上がっていく時期に、彼は建築用タイルと煉瓦で生計を立てていました。自邸はその製品の見せ場となり、屋根や壁、窓枠に陶製タイルが繰り返し使われているのはそのためです。
- 保護されているのは何棟で、どの建物ですか。
- 敷地内の七棟が登録されています。主屋、洋館、東棟、北棟、倉庫、北物置、西物置です。登録番号は21-0018から21-0024まで連番で、いずれも平成十二年四月二十八日の登録です。建築面積は、142平方メートルの主屋から17平方メートルの西物置まで幅があります。
- タイルに興味があります。実際に見て学べる場所はありますか。
- 多治見市笠原町にある多治見市モザイクタイルミュージアムがおすすめです。建築家の藤森照信氏が設計し、二〇一六年に開館した施設で、土を掘る採土場をかたどった建物のなかに、二十世紀の国産タイルの大規模なコレクションが収められています。開館は9時から17時(最終入館16時30分)、月曜休館で、常設展の観覧料は大人310円、高校生以下は無料です。
基本情報
| 名称 | 上山家住宅(かみやまけじゅうたく) |
|---|---|
| 所在地 | 岐阜県多治見市上山町1-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)。重要文化財・国宝ではない |
| 登録年月日 | 平成12年(2000年)4月28日(第23回登録)。登録番号21-0018〜21-0024 |
| 登録建物(7棟) | 主屋/大正末期・木造平屋建・瓦葺・142㎡、洋館/大正末期・木造2階建・スレート葺・70㎡、北棟/昭和初期・木造平屋建・61㎡、東棟/大正末期・木造平屋建・58㎡、倉庫/大正末期・土蔵造2階建・40㎡、北物置/昭和初期・木造平屋建・29㎡、西物置/大正末期・木造平屋建・17㎡ |
| 建てた人物 | 佐藤貞治(のち上山)。佐藤化粧煉瓦工場(現・上山製陶株式会社)創業者で初代多治見市長 |
| 公開状況 | 私邸のため非公開。洋館は周囲の公道や川の堤防から外観を望むことができる |
| 交通 | JR中央本線・多治見駅から南へ徒歩約18分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):上山家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001604
- 文化遺産オンライン:上山家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/114484
- 文化遺産オンライン:上山家住宅洋館
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/148215
- 日本建築家協会 東海支部 保存情報:上山家住宅
- https://jia-tokai.org/archive/sibu/architect/2012/10/hozon.htm
- 多治見市モザイクタイルミュージアム(公式サイト)
- https://www.mosaictile-museum.jp/
最終更新日: 2026.06.25