長滝白山神社の木造古楽面
長良川源流の郡上市白鳥町長滝、長滝白山神社の宝物のなかに、鎌倉時代後期から江戸時代後期にかけて作られた木彫の面が二十七面伝わっている。重要文化財「木造古楽面」がそれである。平成十二年(二〇〇〇)六月二十七日にまず指定が下り、平成二十六年(二〇一四)八月二十一日には追加指定が加わって、二十七面のひとまとまりとして国の保護を受ける形となった。これだけの規模と質を備えた古楽面群が一つの神社に伝来した例は、白山信仰の山域にあって他に類を見ない。
長滝白山神社は、明治の神仏分離以前は天台宗の白山中宮長瀧寺と称した。養老元年(七一七)に泰澄が開いたと伝わり、白山禅定道のうち「美濃馬場」の起点として、加賀馬場(白山比咩神社)・越前馬場(平泉寺白山神社)とともに、白山三馬場の一翼を担ってきた。鎌倉から室町にかけての隆盛期には「六谷六院満山衆徒三百六十坊」と称され、白山信仰を東海方面へと広げる宗教的拠点であった。古楽面はその信仰活動のなかで奉納され、修験者や僧、地元の演者の手を経ながら、長い年月を経てこの地に堆積したものである。
修験の山から、能の舞台へ
長瀧寺の修験者には、芸能を身につけることも修行の一部として課せられたという。山伏の網の目のような往来は、この地に猿楽・田楽・延年などの諸芸を運び込み、参詣の庶民が一流の芸能に触れる場ともなった。古楽面群の幅の広さは、こうした歴史を映している。観阿弥・世阿弥による能の確立以前にさかのぼる面、修験の鬼神面、近世の能舞台で用いられた面までもが、ひとつの神社の倉に同居しているのである。
面の裏には、白山神社への施入の旨を記した墨書を持つものが複数ある。施入の事情が明らかな面とあわせて、他の面も白山信仰にもとづく奉納面と推測されており、岐阜県文化伝承課はこの「一神社へのまとまった伝来」を、指定の根拠の一つに挙げている。
明治三十二年(一八九九)の大火で社殿の多くを失った際、神官と氏子たちは多くの宝物を運び出して災難を逃れさせた。古楽面群もそうして守られた文化財の一つである。現在の本殿・拝殿は大正期から昭和初期に再建されたものだが、面そのものは中世以来の連続性を保っている。
二十七面の内訳
面の種類は多岐にわたる。式三番に用いられる白式尉「翁」、五穀豊穣を寿ぐ黒式尉「三番叟」、若い女性の相を写した「若女」、目を見開いて飛び出すように造形された「飛出」「小飛出」、禅院の喝食を写した「喝食」、女面、鬼神面、そして能との関わりが明確ではない鼻高面まで。能面に分類できる作と、能成立以前あるいは別系統の宗教芸能で用いられた作とが混在しているところに、長滝の古楽面群の独特の厚みがある。
制作年代も鎌倉後期から江戸後期にわたる。鎌倉~南北朝期の若女面のように、わずかに俯いた面持ちの背後に古様な彫りを残すものもあれば、室町期の翁面のように、口の端を切り顎にして造作するなど、式三番の様式が確立したのちの定型を示す作もある。桃山時代の鬼神面・飛出面、そして江戸期の喝食面に至るまで、技法と意匠の変化が、ひと続きの収蔵として見えてくる。
面の使われた場——長滝の延年
古楽面が単なる収蔵品ではなく、現実の儀礼で用いられてきたことは、現在も毎年一月六日に拝殿で奉納される「長滝の延年」(国指定重要無形民俗文化財、昭和五十二年指定)を見れば実感できる。延年はもともと、正月元日からの修正会(しゅしょうえ)の結願日に、若輩僧や稚児が高僧・神官の修行を労うために催した遊宴歌舞である。京都の大寺院や奈良の南都諸寺で行われていた延年は、現在ほとんど絶え、平泉の毛越寺と長滝が、古い形を伝える数少ない事例とされる。
祭事は「菓子ほめの詞」に始まり、稚児の乱拍子、田歌、田踊、そして大衆舞へと進む。途中で、拝殿天井に高さ約六メートルの位置に吊された五つの花笠を、若衆が肩を組み合って奪い取る「花奪い」が行われる。この花を持ち帰ると、豊作・豊蚕・家内安全に通じるとされてきた。「花奪い祭り」「六日祭」の通称はここに由来する。指定面そのものは現在の祭礼では使われず、保存上は別の面に役を譲っているが、面に刻まれた表情は、この芸能の系譜を今に伝えている。
面を見る——白山文化博物館と白山瀧宝殿
二十七面は常時すべてが公開されているわけではない。保存環境に配慮し、白山文化博物館(郡上市白鳥町長滝四〇二)と、神社境内の白山瀧宝殿(同九十一)の二館で、入れ替えながら順次公開されている。両館は神社が直接運営しているのではなく、博物館は郡上市が管理し、瀧宝殿は神社・寺・市の三者が了承する形で運営される共同事業の性格をもつ。冬季(おおむね十一月下旬から四月下旬)は瀧宝殿が閉館するため、訪問時期には注意したい。両館共通券は別々に入館するより割安である。
二十七面が一斉に公開された機会としては、白山開山一三〇〇年を記念した平成二十八年(二〇一六)の特別展「白山信仰の芸能を伝える古楽面」が知られる。同様の機会は頻繁ではないため、まとまった鑑賞を望むなら、博物館の企画展情報を事前に確認するのがよい。
境内と周辺
古楽面だけを目当てに訪れるのはもったいない。境内中央には正安四年(一三〇二)の銘を持つ石灯籠が立ち、これも単独で重要文化財に指定されている。安山岩で造られ、高さ三メートルを超える堂々たる立姿である。神社は、明治期に分かれた長瀧寺と同一境内を共有しており、参道は一本、両者を分ける垣根はない。瀧宝殿の内部には、木造釈迦三尊像・四天王像といった同じく国指定の彫刻が安置されている。
徒歩四分のところに「道の駅 白山文化の里 長滝」があり、地元の野菜や手仕事の品が手に入る。白鳥町の中心部までは車で十分ほどで、江戸期の町並みや、夏の夜に踊られる白鳥踊り(国指定重要無形民俗文化財)の本拠地もある。七月九日には拝殿で「白鳥拝殿踊り発祥祭」が開かれ、長滝白山神社の祭礼は一月の六日祭、五月のでででん祭り、夏の拝殿踊りと、年を通じてリズムを刻んでいる。
Q&A
- 二十七面はすべて一度に見られますか
- 通常は不可です。保存の都合から、白山文化博物館と白山瀧宝殿で入れ替え展示されています。すべての面が一同に並ぶのは、特別展などごく限られた機会に限られます。来館前に博物館の展示情報を確認することをおすすめします。
- 古楽面は今の祭礼で使われていますか
- 指定面は保存のため使われず、現在の「長滝の延年」では代用の面が用いられています。ただし演じられる演目や所作の系譜そのものは、これらの古楽面が用いられた時代から続くものです。
- 瀧宝殿はいつでも開いていますか
- 十一月下旬から四月下旬は冬季閉館となります。火曜日も休館です。雪深い土地ですので、冬季の参拝は文化博物館の常設展で古楽面を含む白山信仰の文化財に触れるのがよいでしょう。
- 名古屋方面からのアクセスは
- 車であれば東海北陸自動車道の白鳥ICから約十分です。公共交通機関なら、長良川鉄道越美南線で白山長滝駅まで行き、徒歩五分。博物館も徒歩圏内です。
- 六日祭はいつ見られますか
- 毎年一月六日に長滝白山神社拝殿で行われます。延年の奉納と花奪いを含む一連の祭事は、午後から夕方にかけてが見頃です。一月の郡上は積雪・凍結があるため、防寒と滑りにくい靴の用意を。
基本情報
| 名称 | 木造古楽面(もくぞうこがくめん) |
|---|---|
| 指定区分 | 重要文化財(国指定) |
| 指定年月日 | 平成十二年(二〇〇〇)六月二十七日/追加指定 平成二十六年(二〇一四)八月二十一日 |
| 員数 | 二十七面 |
| 制作時期 | 鎌倉時代後期〜江戸時代後期 |
| 所有者 | (長滝)白山神社 |
| 所在地 | 岐阜県郡上市白鳥町長滝杉山 |
| 公開場所 | 白山文化博物館(郡上市白鳥町長滝四〇二) / 白山瀧宝殿(郡上市白鳥町長滝九十一・長滝白山神社境内) |
| 開館時間(博物館) | 九時〜十六時三十分(最終入館十六時) |
| 休館日 | 火曜日(祝日の場合は翌日)、十二月二十七日〜一月四日 |
| 瀧宝殿冬期休館 | 十一月下旬〜四月下旬 |
| アクセス | 長良川鉄道越美南線・白山長滝駅から徒歩約五分/東海北陸自動車道・白鳥ICから車で約十分 |
| 関連行事 | 長滝の延年(六日祭)・毎年一月六日 |
参考文献
- 木造古楽面 — 岐阜県公式ホームページ(文化伝承課)
- https://www.pref.gifu.lg.jp/page/362294.html
- 長滝白山神社 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/長滝白山神社
- 長滝の延年 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/214809
- 白山文化博物館・白山瀧宝殿 — 郡上市
- https://www.city.gujo.gifu.jp/admin/detail/8888.html
- 白山開山一三〇〇年関連特別展示「白山信仰の芸能を伝える古楽面」(白山文化博物館、平成二十八年)
- https://shirotori-gujo.com/hakusan1300/indexkogakumenc.pdf
最終更新日: 2026.05.16