長楽寺宝塔とは

長楽寺宝塔は、群馬県太田市世良田町の長楽寺の境内にある建治2年(1276年)の石造宝塔で、昭和36年(1961年)3月23日に国の重要文化財に指定された。読みは「ちょうらくじほうとう」。台石の底面に建治2年12月25日の刻銘がある(文化庁)。

文化庁の記録では、石造宝塔、員数1基。太田市によれば、境内の文殊山と呼ばれる前方後円墳の後円部の頂上にある石塔群の一つで、この石塔群は長楽寺の開基で徳川氏の始祖とされる義季以下、徳川氏累代の墓所と伝えられる。

偶然見つかった銘文

太田市によれば、昭和6年(1931年)に墓地の周囲の石垣を造る際、傾いていた宝塔を整備していたところ、基礎の底面に鎌倉時代のものであることを示す銘文が偶然見つかった。それまで文献や伝承もなく、まったく知られていなかったという。

銘文には、建治2年に第3代住持の院豪が多宝石塔を造立したことが記されている。造立者の一翁院豪は寛元2年(1244年)に宋へ渡り、帰国後の正嘉2年(1258年)に長楽寺第3世住職となり、24年間務めて弘安4年(1281年)に長楽寺で没した高僧である(太田市)。

重要文化財としての価値

長楽寺宝塔は昭和36年(1961年)に重要文化財に指定された。太田市によれば、群馬県内には多数の宝塔があるが、鎌倉時代と推定されるものは13基と少なく、石塔に鎌倉期の銘のある宝塔は2基しかない。その一つが長楽寺の宝塔である。

見どころ

長楽寺宝塔は天神山凝灰岩(みどり市笠懸町産)で造られ、相輪は失われているが、屋蓋から下は残っている。屋蓋の上部から基礎の底面までの高さは187.1センチメートルで、地面に直接建てられている(太田市)。

徳川氏の墓所と伝わる16基の石塔のなかに建っており(太田市)、古墳の上に石塔が並ぶ景観のなかで、鎌倉時代の宝塔の形を見ることができる。

見学について

長楽寺宝塔は長楽寺の境内、文殊山古墳の上の石塔群のなかにある。所在地は太田市世良田町3119-4。拝観の条件については長楽寺に確かめたい。問い合わせは太田市教育部文化財課(電話0276-20-7090)(太田市)。

Q&A

Q長楽寺宝塔はいつ造られましたか?
A建治2年(1276年)で、台石の底面に刻銘があります(文化庁)。
Q長楽寺宝塔の銘文はいつ見つかりましたか?
A昭和6年(1931年)、墓地の石垣を造る際に偶然見つかりました(太田市)。
Q長楽寺宝塔を造ったのは誰ですか?
A長楽寺第3世住職の一翁院豪です(太田市)。
Q長楽寺宝塔の高さは?
A屋蓋上部から基礎底面まで187.1センチメートルで、相輪は失われています(太田市)。
Q長楽寺宝塔が重要文化財に指定されたのはいつですか?
A昭和36年(1961年)3月23日です。

基本情報

名称長楽寺宝塔(ちょうらくじほうとう)
所在地群馬県太田市世良田町3119-4
指定区分重要文化財(建造物)
指定年昭和36年(1961年)3月23日指定
員数1基
寸法石造宝塔(台石底面に建治二年十二月廿五日の刻銘)
所有者長楽寺
公開状況境内(拝観条件は寺に要確認)

参考文献

長楽寺宝塔(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/429
長楽寺宝塔(太田市)
https://www.city.ota.gunma.jp/page/4224.html

最終更新日: 2026.10.07