藤生家住宅主屋 ― 広沢川右岸に構える上層農家の主屋

桐生市街の南、広沢川右岸の広沢町に敷地を構える藤生家は、近世以来この地に続いた上層農家である。敷地中央に南面して建つのが主屋で、平成19年(2007年)に一括登録された八棟のうち最も古く、屋敷構え全体の中心をなす。

建立は江戸後期、宝暦から文政(1751〜1829年)の頃と推定される。桁行11間規模の木造平屋建で、屋根は入母屋造、当初は茅葺であったが、現在は保存のため銅板仮葺とする。西半の床上は8畳の座敷を備えた整形四間取とし、南と西に瓦庇を付けて縁を回す。

登録の経緯と価値

登録有形文化財は、平成8年に発足した比較的新しい保護制度で、地域の歴史的景観を形づくる建造物を、使いながら残すことを主眼とする。重要文化財のような厳格な現状変更規制を伴わない緩やかな保護であり、農家や町家、公共建築などが広く対象となる。主屋は平成19年5月15日、第54回登録として、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録された。

この主屋を上層農家の住まいたらしめているのは、その平面である。西半の床上を整形四間取とし、接客用の8畳座敷を独立して構える点は、通常の自作農の住居を大きく上回る格式を示す。南・西の二面に瓦庇を掛けて縁とする構えも同様で、当地の農家建築が到達した一つの到達点として評価できる。江戸後期の主屋がほぼ旧規模のまま伝わる例は、桐生周辺では数少ない。

見どころ

まず目を引くのは屋根である。銅板仮葺となった今も、茅葺特有の深く重い勾配を保ち、平屋の軒が地に近く伸びる近世農家の姿をよくとどめている。南面の瓦庇の下には、かつて田畑に向かって開いていた縁が残る。

主屋は屋敷構え全体の一部として読むと理解が深まる。西には坪庭を介して二階建の隠居屋が接続し、北面西端には土蔵造の内蔵が続く。さらに茶室、水車小屋、表門、外塀、稲荷社覆屋が敷地に配され、生業と家族の暮らし、そして接客の場が一つの囲いの中に整えられている。八棟を通して見ることで、富裕な農家が屋敷をどう組み立てたかが立ち現れる。

藤生家住宅は現に人が暮らす私有地であり、内部は公開されていない。見学ルートや開放時間はなく、建物は公道からの外観のみとし、居住者の生活に配慮されたい。同種の歴史的住宅の内部を訪ねたい場合は、徒歩約10分の彦部家住宅(重要文化財)が公開されている。

Q&A

Q主屋の内部は見学できますか。
Aできません。藤生家住宅は個人の住宅で、内部・敷地とも非公開です。公道から外観を眺めることはできますが、見学ルートはありません。私有地への立ち入りはご遠慮ください。
Q主屋はいつ頃の建物ですか。
A江戸後期、1751〜1829年の間の建立と推定されます。登録された藤生家の八棟のうち最も古く、他の建物の多くは明治前期以降に建て加えられました。
Q屋根が茅ではなく銅板なのはなぜですか。
A当初は茅葺でした。現在の銅板葺は、本格的な葺き替えまで軸部を保護するための仮の措置で、登録原簿にも「銅板仮葺」と記されています。
Q近くに内部を見学できる同種の住宅はありますか。
A徒歩圏に彦部家住宅(重要文化財)があります。中世土豪の屋敷構えを伝える住宅で、広沢町6-877に所在します。土・日・祝日の10時〜16時に公開(平日は要予約)、入館料は大人500円、小人300円です。

基本情報

名称藤生家住宅主屋(ふじうけじゅうたくしゅおく)
所在地群馬県桐生市広沢町5-1179
種別登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成19年(2007年)5月15日 第54回登録/登録番号 10-0212
時代江戸後期(1751〜1829年)
構造及び形式木造平屋建、茅葺(銅板仮葺)、建築面積約163平方メートル、桁行11間規模
員数1棟
公開状況個人住宅につき非公開

References

国指定文化財等データベース(文化庁)― 藤生家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006087
文化遺産オンライン(文化庁)― 藤生家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/171392
桐生市 ― 国登録文化財一覧
https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/bunkazai/1010700/kunitouroku/1001989.html

最終更新日: 2026.07.02