1950年代日本のタイムカプセル——新島学園短期大学研究棟(旧高崎市立女子高等学校円形校舎)
群馬県高崎市の閑静な住宅街の一角に、まるで巨大な白いドラム缶のような円筒形の建物が静かに佇んでいます。鉄筋コンクリート造3階建て、外壁は滑らかな曲面を描き、屋上には小さな円筒形の塔屋が載っています。これが、新島学園短期大学研究棟——かつての高崎市立女子高等学校円形校舎——です。2018年に国の登録有形文化財(建造物)に登録された、群馬県内で唯一現存する「円形校舎」として知られる、ユニークな近代建築です。
建築や戦後日本の歴史に関心のある旅行者、あるいは単に風変わりな建物が好きな方にとって、この1956年(昭和31年)築の建物は、日本の建築史の中でも忘れられかけた一章を覗き込む貴重な窓口となります。1950年代から1960年代にかけて、日本全国でおよそ100棟以上の円形校舎が建てられましたが、現存するのは約30棟ほどといわれており、現存例は年々貴重な存在となっています。
建物の概要
建物は鉄筋コンクリート造3階建てで、建築面積は約491平方メートル。外観はほぼ完全な円筒形で、屋上には換気・動線機能をもつ小さな円筒形の塔屋が載っています。
内部に入ると、その構成はさらに印象的です。建物の中央には螺旋階段を備えた広いホールが3階まで吹き抜けで貫いており、このホールを中心に、各階は6つの扇形の区画に分割されています。そのうち5区画が扇形の教室として使われ、残りの1区画には階段とトイレが配置されています。結果として、廊下らしい廊下がほとんど存在せず、生徒は中央ホールから直接、各教室へと入っていく構造になっています。設計者にとって、これは経済性と教育的効率の両方を兼ね備えた合理的な解答だったのです。
現在、この建物はもはや高校の校舎としては使われていません。1981年(昭和56年)に高崎市立高崎女子高等学校が移転した後、学校法人新島学園が敷地と校舎を引き継ぎ、1983年(昭和58年)4月に新島学園女子短期大学(現・新島学園短期大学)が開学しました。円形校舎は研究棟として再活用され、各扇形の部屋が個々の専任教員の研究室として使われています。
設計者とその大胆な構想
坂本鹿名夫——「純粋機能主義」の旗手
設計者の坂本鹿名夫(1911〜1987)は、20世紀日本建築史において非常にユニークな足跡を残した建築家です。東京工業大学建築学科を卒業し、卒業研究では円形の飛行場を設計したというから、若い頃から円形への関心は際立っていました。卒業後は大成建設の前身である大倉土木に入社し、戦後を経て1954年(昭和29年)に独立、建築綜合計画研究所を設立しました。
坂本は自らの設計理念を「純粋機能主義」と名付けました。その核心は、建物は目的を達成するために、可能な限り経済的に造られるべきだ——最小の空間、最小の材料、最小の維持費でまかなうべきだ——という強い信念です。彼にとって円形のプランは、装飾的な選択ではなく、この理念から論理的に導かれる必然の結果でした。なぜなら、円は同じ床面積を最も短い外壁で囲むことができる形だからです。
円形校舎ブーム
坂本による最初の円形校舎は1954年に竣工し、たちまち全国の注目を集めました。新聞や海外のメディアまでもがこの新しい校舎を取り上げ、報道機関がヘリコプターで上空から撮影に訪れた事例まであったといいます。1950年代後半を通じて、坂本本人と模倣者を含めて100棟以上の円形校舎が、北海道から鹿児島まで全国各地に建設されました。1956年に完成した本建物は、まさにこのブーム期の作品であり、坂本の円形校舎としては比較的初期に位置づけられます。
しかし、ブームは長くは続きませんでした。扇形の教室は長方形の机を効率良く並べるのが難しく、増改築もほぼ不可能で、ベビーブームによる急激な生徒数増加にも適応しにくいという課題が露呈しました。1960年代後半になると新築されることはほとんどなくなり、既存の円形校舎も少子化や老朽化を理由に次々と取り壊されていきました。それゆえ現存する一棟一棟が、建築的にも歴史的にも貴重な存在となっているのです。
なぜ文化財に指定されたのか
本建物は、2018年(平成30年)5月10日付で文化庁により国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。この指定にはいくつもの意義が重なっています。
第一に、本建物は坂本鹿名夫による初期の円形校舎として、保存状態の良い希少な実例です。1950年代の日本を一時的に席巻したこの独特な建築実験を、形成期の段階で示している点が高く評価されています。
第二に、群馬県内で唯一現存する円形校舎であるという希少性です。県内には伊勢崎市立伊勢崎女子高等学校(1958年)など、かつて他にも円形校舎が存在していましたが、いずれも現存していません。高校から短大研究棟へと、教育施設として継続的に使われ続けてきたこと自体が、特筆すべき価値といえます。
第三に、地域に親しまれてきたランドマークとしての役割です。市立女子高校時代から数えれば多くの生徒・学生がこの建物の中を行き交ってきました。今も新島学園短期大学のシンボルとして親しまれており、文化財登録は建築そのものに加え、共有された地域の記憶への敬意も意味しています。
魅力・見どころ
円筒形のシルエット
第一の見どころ、そして最も写真映えするのは、なんといっても建物全体のフォルムそのものです。日本の学校建築の多くは細長い長方形の校舎ですが、本建物は完全な円筒形。屋上の小さな塔屋が二段重ねの構成を生み出しており、まるでミッドセンチュリーのインダストリアルデザインを建築のスケールで再現したかのような造形美を楽しめます。
螺旋階段
内部のハイライトは、中央コアを貫いて昇る螺旋階段です。これは単なる動線ではなく、設計の空間的な核であり、すべての教室がその周りを軌道のように取り巻いています。内部を見る機会に恵まれた人々は、想像以上に遊び心のある彫刻的な空間に驚かされるといいます。
扇形の各室
各階の5つの扇形の部屋は、現在では個々の教員の研究室として使われていますが、その独特の幾何学はそのまま残されています。壁は建物の中心へ向かって収束し、外壁は緩やかなカーブを描いて外周をなぞります。本来の教室では、扇の狭い側(中心側)に黒板が設置され、生徒は中心を向いて座り、教員はクラス全体を一目で見渡せる配置となっていました。
ギリシャ語のモットー
円形校舎の周辺を散策する際は、キャンパス内の他の校舎の壁面に注目してください。新島学園の教育理念である「真理・正義・平和」の文字が、2階壁面に古典ギリシャ語で刻まれています。これは、京都の同志社大学を創立した新島襄(1843〜1890)の理念に源を発するキリスト教主義教育の伝統を象徴しています。
訪問について
本建物は新島学園短期大学のキャンパス内に位置し、現在も教員の研究棟として現役で使用されている施設です。博物館ではないため、内部は基本的に一般公開されておりません。ただし、外観についてはキャンパス内のアクセスできる場所から眺めることができ、円筒形のシルエットは遠くからでもよく目立ちます。
訪問される方は、ここが現役の教育機関であることを念頭に、節度をもって見学してください。受験生向けのオープンキャンパスなどのイベントは、キャンパスを近くから見る良い機会になることがあります。具体的な見学方法については、事前に短期大学の入試・広報課に問い合わせるのが確実です。
最寄駅はJR信越本線の北高崎駅で、徒歩約5〜8分。北陸新幹線・上越新幹線で東京から約1時間の高崎駅からは、上信バスで約10分、「新島短大前」で下車してすぐ。徒歩でも約15分程度の距離です。
周辺の見どころ
高崎は、丸みを帯びた赤いだるま——「高崎だるま」の生産地として全国的に知られています。日本国内のだるま生産量の約8割が高崎産といわれ、市内の工房ではだるまへの絵付け体験が楽しめます。
円形校舎から比較的近い距離には、だるま信仰の中心地である少林山達磨寺があり、毎年1月には盛大なだるま市が開かれます。また、1936年(昭和11年)に完成した高さ41.8メートルの白衣大観音は、観音山の中腹から街を見守るランドマーク。胎内に入って肩の高さまで登ることもできます。市街地には高崎城址公園があり、保存された乾櫓や東門が江戸時代の名残を伝え、春には桜の名所となります。近代建築や美術に関心のある方には、高崎市美術館と隣接する旧井上房一郎邸(1952年築、アントニン・レーモンド様式)もおすすめです。
Q&A
- 建物の中に入ることはできますか?
- 本建物は新島学園短期大学の教員研究棟として現役で使用されているため、内部は基本的に一般公開されておりません。外観についてはキャンパスのアクセス可能な場所から見学できます。受験生向けのオープンキャンパス時には、より近くから見られる機会がある場合があります。建築に強い関心をお持ちの方は、事前に短期大学にお問い合わせください。
- なぜ学校がこんな珍しい円い形に建てられたのですか?
- 設計者の坂本鹿名夫は、建築は可能な限り経済的に造られるべきだという信念を持っていました。円形プランは床面積に対する外壁の長さを最小化し、中央ホールに動線を集約することで廊下を不要にし、材料の効率的使用を可能にします。戦後の日本が学校を素早く安価に建てる必要に迫られていた1950年代、この主張は非常に説得力を持ちました——後年、実用上の課題が明らかになるまでは。
- 他に訪問できる円形校舎はありますか?
- かつて建てられた100棟以上の円形校舎のうち、現存するのは約30棟ほどといわれています。比較的アクセスしやすい例としては、鳥取県の円形劇場くらよしフィギュアミュージアム(旧・倉吉市立明倫小学校)や、北海道室蘭市で住民の力で保存された旧絵鞆小学校などがあり、いずれも一般公開を行っています。
- いつ文化財に登録されたのですか?
- 2018年(平成30年)5月10日付で、文化庁により国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。この登録は、本建物の建築的意義に加え、群馬県内で唯一現存する円形校舎であるという希少性を評価したものです。
- 見学にはどのくらい時間がかかりますか?周辺と組み合わせるなら?
- 基本的に外観のみの見学となるため、本建物だけなら15〜30分ほどで十分です。建築好きの方は、少林山達磨寺、白衣大観音、旧井上房一郎邸などと組み合わせることで、東京からの日帰り旅行にも十分な充実したコースになります。
基本情報
| 名称 | 新島学園短期大学研究棟(旧高崎市立女子高等学校円形校舎) |
|---|---|
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/2018年(平成30年)5月10日登録 |
| 所在地 | 群馬県高崎市昭和町84-1他 |
| 所有者 | 学校法人新島学園 |
| 設計 | 坂本鹿名夫(1911〜1987) |
| 竣工 | 1956年(昭和31年) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造3階建、塔屋付 |
| 建築面積 | 約491平方メートル |
| 現在の用途 | 新島学園短期大学 専任教員研究棟 |
| 最寄駅 | JR信越本線「北高崎」駅 徒歩約5〜8分 |
| 公開状況 | 外観のみ見学可(内部は現役の研究施設のため非公開) |
参考文献
- 新島学園短期大学研究棟(旧高崎市立女子高等学校円形校舎) — 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/606846
- 新島学園短期大学研究棟(旧高崎市立女子高等学校円形校舎) — 高崎市文化財情報
- https://www.city.takasaki.gunma.jp/site/cultural-assets/4608.html
- キャンパスマップ — 新島学園短期大学
- https://www.niitan.jp/life/campusmap
- 沿革 — 新島学園短期大学
- https://www.niitan.jp/about/history.php
- 円形校舎 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/円形校舎
- 坂本鹿名夫 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/坂本鹿名夫
- 国指定文化財等データベース — 文化庁
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012292
最終更新日: 2026.05.07