上野楢原のシオジ林 ― 神流川源流に残る、270年伐られずに守られた原始の渓畔林

群馬県西端、関東山地の最奥部に位置する上野村。神流川の最上流部、北沢の渓谷沿いに、日本でほとんど姿を消してしまった「シオジの原始林」がひっそりと残されています。その名を「上野楢原のシオジ林」といい、わが国を代表する自然林のひとつとして、1969年(昭和44年)7月25日に国の天然記念物(天然保護区域)に指定された貴重な森です。

天然保護区域は、国指定天然記念物のなかでも「保護すべき天然記念物に富んだ代表的一定の区域」とされる最上位の区分で、全国でわずか23か所しか指定されていません。そのうち関東地方の本土側にあるのは、尾瀬と、ここ上野楢原のシオジ林のたった2か所のみです。

江戸時代から伐られていない森

この森が他に類を見ないのは、約270年にわたって人の手が入っていないという事実です。北沢のシオジ林は、宝暦年間(1751年〜1763年)以来、伐採されたことがないと伝えられています。上野村は古くから林業が盛んな地で、周囲の山々では植林や伐採が繰り返されてきましたが、北沢渓谷の細尾沢一帯だけは別格として残されてきました。

その結果、樹高が35メートルに達する大木が真っ直ぐに立ち並び、最大の胸高直径は115センチメートル、樹齢は200年を超えると推定されています。国の天然記念物として指定されている核心部は、細尾沢の右岸、標高約920メートルから1,060メートルにかけての55.55ヘクタール。さらにその集水域290.19ヘクタールは、1975年(昭和50年)に群馬県自然環境保全地域「北沢」の特別地域に指定され、1993年(平成5年)には林野庁の植物群落保護林にも組み入れられました。幾重もの保護網がかけられた、まさに森の聖域です。

なぜ天然記念物に指定されたのか

シオジ(モクセイ科トネリコ属、別名コバチ)は、太平洋側の湿った山地渓流沿いに分布する落葉広葉樹で、上野村はその自然分布のほぼ北限にあたります。シオジが優占する森林はかつて各地の渓流沿いに見られましたが、開発や伐採の波のなかで急速に姿を消し、現代ではほとんど壊滅状態にあります。

1960年代、高度経済成長による自然林の消失が深刻な問題となるなか、文化財当局はわが国を代表する自然林を天然記念物として守るべく動き出します。そのなかで、河辺林(渓畔林)の代表例として選ばれたのが、まさに上野楢原のシオジ林でした。指定理由には、原始性の高さと、ほぼ唯一残された大規模なシオジ群落であることが挙げられています。シオジのほかにも、イヌブナ、トチ、ホオ、オニクルミ、カツラといった広葉樹の巨木が混生し、豊かな極相林を形作っています。

魅力と見どころ

シオジ原生林へ至る道のりそのものが、ひとつの体験です。北沢渓谷の流れに沿って遡り、萩沢、細尾沢、栃平沢と支流を渡りながら、清流と苔むした岩、深い森のなかを歩きます。途中には、かつてこの山中で林業に従事した家族たちが暮らした住居跡や、北沢分校跡もあり、昭和初期の山間集落の面影をしのぶことができます。

原生林にたどり着くと、空気が一変します。すらりと天に伸びるシオジの幹は神殿の柱のようで、老木の樹皮は縦に深く裂けています。高い梢からこぼれる木漏れ日と、絶えず響く渓流の音。新緑のころは林床に山野草が彩りを添え、秋には広葉樹の梢が黄金色に染まります。見学に適した時期はおおむね6月から11月までで、冬季は積雪や凍結のため立ち入りは控えるのが安全です。

周辺の見どころ ― 上野村を旅する

上野村は群馬・埼玉・長野の三県境にほど近い、群馬県でもっとも人口の少ない山村です。その小ささからは想像できないほど、見どころが密集しています。なかでも有名なのが、洞内総延長2.2キロメートルを誇る関東最大級の鍾乳洞「不二洞」。群馬県の天然記念物に指定されており、約400年前に吉祥寺の安宗上人が発見したと伝わります。LEDに照らされた幻想的な洞内を、約40分かけてめぐることができます。

不二洞のすぐそばには、谷を一跨ぎする歩行者専用つり橋「上野スカイブリッジ」、そして山並みを一望できる「天狗岩」や「乙女の滝」、江戸期の名主屋敷である「旧黒澤家住宅」(国指定重要文化財)など、見どころが続きます。アウトドアパーク「まほーばの森」ではフォレストアドベンチャーやコテージ滞在も楽しめ、長く歩いた後には村営の日帰り温泉「しおじの湯」で汗を流すこともできます。

Q&A

Q「天然保護区域」とはどのような指定なのですか。
A国指定天然記念物のなかでも最上位にあたる区分で、「保護すべき天然記念物に富んだ代表的一定の区域」と定義されています。全国でわずか23か所しか指定されておらず、関東本土ではこの上野楢原のシオジ林と尾瀬の2か所のみです。
Q森の木々はどれくらい古いのですか。
A宝暦年間(1751年〜1763年)以来伐採されていないと伝えられており、優占するシオジの大木の多くは樹齢200年以上と推定されています。最大級の個体は樹高約35メートル、胸高直径約115センチメートルに達します。
Q訪れるのに最適な時期はいつですか。
Aおおむね6月から11月までが適期です。初夏は新緑と渓流沿いの山野草、秋は広葉樹の紅葉が美しい季節です。冬季は積雪や凍結があり、安全のため立ち入りは控えるのが望ましい時期です。
Qアクセス方法を教えてください。
A車の場合は上信越自動車道下仁田インターチェンジから群馬県道45号下仁田上野線、湯の沢トンネル経由で約30キロメートル、約35分で上野村に到着します。公共交通の場合は上信電鉄下仁田駅から上野村乗合タクシーで上野村ふれあい館へ約65分、そこから登山道を歩いて原生林へ向かいます。
Q核心部に自由に立ち入ることはできますか。
A北沢渓谷沿いには見学のための登山道が整備されており、森の雰囲気を体感することができますが、国指定天然記念物の保護区域であるため、登山道を外れず、ゴミは必ず持ち帰り、動植物や河床を傷つけないようご配慮ください。地元のガイドツアーへの参加もおすすめです。

基本情報

名称 上野楢原のシオジ林(うえのならはらのシオジりん)
指定区分 国指定天然記念物(天然保護区域)
指定年月日 1969年(昭和44年)7月25日
所在地 群馬県多野郡上野村楢原(北沢渓谷)
指定面積 55.55ヘクタール(核心部)/群馬県自然環境保全地域 290.19ヘクタール
標高 約920メートル〜1,060メートル
主な樹種 シオジ(モクセイ科トネリコ属)を主体に、イヌブナ、トチ、ホオ、オニクルミ、カツラなど
樹高 最大約35メートル
胸高直径 最大約115センチメートル
アクセス 上信越自動車道下仁田インターチェンジから車で約30キロメートル、約35分。見学適期は6月〜11月。

参考文献

文化遺産オンライン ― 上野楢原のシオジ林
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/209780
国指定文化財等データベース ― 文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00004092
上野村観光Navi ― 国指定天然記念物 シオジ原生林
https://uenomura-kankonavi.jp/spot/spot-1861/
上野村公式サイト ― 北沢渓谷とシオジ原生林ルート
http://www.uenomura.jp/tourism/play/shioji.html
公益社団法人 群馬県緑化推進委員会 ― 上野楢原のシオジ林
https://www.g-sinrin.jp/kyozyukoboku/上野楢原のシオジ林/
Wikipedia ― 上野楢原のシオジ林
https://ja.wikipedia.org/wiki/上野楢原のシオジ林

最終更新日: 2026.05.15