平安貴族の盛装と武具がそろう一群

寿永2年(1183年)三月二十日、厳島神社の神主であった佐伯景弘は、太刀を納める朱漆塗の箱に自らの名と日付を記した。この銘のある太刀箱は今も残り、同じ景弘の銘を持つもう一合の太刀箱と、二合の小唐櫃がこれに伴う。いずれも広島県の宮島、瀬戸内海に浮かぶ島に鎮座する厳島神社に伝わった一群の調度・装束・武具で、まとめて「厳島神社古神宝類」と呼ばれる。

収められているのは、平安後期の貴族の装いと、その武の備えである。男性の盛装一式として、袖のない上着である半臂、内衣、石を飾った石帯、太刀を吊るための平緒、木製の笏、三握の檜扇がそろう。武具としては、飾太刀二口、双鳳文螺鈿平塵飾太刀鞘一口、平胡籙一口、そして箭十一隻が含まれる。

安徳天皇の遺愛品から国宝へ

これらは長らく安徳天皇の遺愛の品と語られてきた。しかし神主家である野坂家に残る文書からは、別の経緯が浮かぶ。承安・安元・治承のおよそ十年の間、後白河法皇と高倉上皇がたびたび厳島へ参詣し、その都度神宝が奉進された。承安四年(1174年)には公家装束一式が奉納された旨の記録もある。現存品がその一式そのものであるかは確かめようがないが、これらが当社の大宮・中御前・若宮・客人宮へ奉献された神宝であることは、文書の上から動かない。

国宝に指定されたのは昭和29年(1954年)三月二十日、戦後の文化財保護法のもとでのことである。その価値は、希少さと一式としての完存にある。十二世紀の染織や漆工がまとまって残ること自体まれであり、装束と武具と容器がそろって今日に至った例はさらに少ない。漆箱に刻まれた紀年銘は、この時代の工房の仕事ぶりを考える上での確かな基準点となる。

銘の日付には立ち止まりたい。景弘が箱を仕上げたのは寿永二年の三月。同じ年の七月には、平家は安徳天皇を奉じて都を落ちる。社を世に押し上げた一門が滅びへ向かう、その直前に作られた品である。

漆と裂に目を凝らす

見どころは二口の飾太刀と太刀鞘である。表面には、切った貝を嵌める螺鈿と、漆の地に細かな金粉を蒔き散らす平塵とが併用され、見る角度によって光が移ろう。一方の太刀には宝相華とよばれる空想上の花文が、鞘には相対する二羽の鳳凰があらわされている。

太刀箱と唐櫃は、より静かな仕事を見せる。二合の太刀箱は深い朱の漆で仕上げられ、二合の小唐櫃には、松をついばむ鶴の意匠が描かれる。鶴と松は長寿への願いを込めた取り合わせである。

装束にも目をとめたい。檜扇は涼をとる道具ではなく身分を示す具で、薄い木の板に彩色を施し、紐で綴じたものであった。石帯や平緒は、帯金物の素材にいたるまで、貴族の装いが細かな決まりに律せられていたことを示している。

実物を見るには

訪れる前に知っておきたいことがある。古神宝類が公開される機会は多くない。厳島神社には拝観順路の終わり近くに宝物館があり、年中無休で午前八時から午後五時まで開いている。拝観料は大人で三百円ほど。ここでは平家納経の複製をはじめ、社蔵品の一部が入れ替えで並ぶが、国宝そのものは原則として展示されない。

実物が姿を見せるのは、別棟の収蔵庫で秋に開かれる名品展や、各地の博物館への出陳のときである。近年も、東京・京都・九州の国立博物館などにこの一群の品が出されている。原品を目当てにするなら、訪問前に展示の予定を確かめておくとよい。

もっとも、その場所に立つだけでも足を運ぶ価値はある。干潟の上に建てられ、満潮時には朱塗の社殿が海に浮かんで見える厳島神社は、平成8年(1996年)に世界文化遺産に登録された。宮島口からフェリーで渡り、海沖の大鳥居を横目に渚を歩けば、社にたどり着く。

Q&A

Q参拝のとき、古神宝類を見ることはできますか。
A通常は見られません。宝物館では他の社蔵品や複製が並びますが、国宝の古神宝類は特別展や博物館への貸出の際にのみ公開されます。原品を見たい場合は展示の予定を確認してください。
Qこれらは本当に安徳天皇の持ち物だったのですか。
Aそう伝えられてきましたが、神主家の文書からは、後白河法皇や高倉上皇が一一七〇年代に参詣した際の奉納品であることがわかっています。安徳天皇の遺愛品という話は、今では伝承として扱われています。
Q漆の箱は誰がいつ作ったのですか。
A神主の佐伯景弘が二合の太刀箱と二合の小唐櫃を調進させ、寿永2年(1183年)三月の紀年銘が記されています。ほかの品々は、より広く平安後期のものと考えられています。
Q宝物館と古神宝そのものは何が違うのですか。
A宝物館は社蔵の約四千五百点の一部を並べる通年の施設で、傷みやすい名品は複製で展示されることが多いです。古神宝を含む国宝は別に保管され、限られた機会にしか公開されません。
Q厳島神社へはどう行けばよいですか。
A宮島口からフェリーで宮島へ渡ります。所要は約十分。宮島の桟橋からは渚沿いに徒歩約十五分で社に着きます。

基本情報

名称厳島神社古神宝類(いつくしまじんじゃこしんぽうるい)
所在地広島県廿日市市宮島町 厳島神社
指定区分国宝(工芸品)
指定年月日昭和29年(1954年)3月20日
時代平安時代後期(太刀箱・小唐櫃は寿永2年〔1183年〕の紀年銘)
作者(漆箱)佐伯景弘
所有者厳島神社
構成盛装一式、飾太刀、太刀鞘、平胡籙、箭、太刀箱、唐櫃、檜扇ほか
公開状況常設展示はなく、特別展などで随時公開

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/448
嚴島神社宝物館(Dive! Hiroshima)
https://dive-hiroshima.com/explore/1925/
奈良国立博物館「厳島神社国宝展」
https://www.narahaku.go.jp/exhibition/special/200501_itsukushima/

最終更新日: 2026.06.07