新庄のはやし田:中世の田植え風景が息づく広島県北部の農耕儀礼

広島県北広島町の山間に位置する新庄地区では、毎年初夏になると何百年も受け継がれてきた田植えの儀礼が華やかに繰り広げられます。「新庄のはやし田」は、飾り牛の代掻きに始まり、太鼓や鉦の囃子に合わせて早乙女たちが一列に並んで苗を植えてゆく、地域全体で行う伝統的な田植え行事です。中世の絵巻物に描かれた田植え風景がそのまま現代に生き続ける、国の重要無形民俗文化財に指定された貴重な伝承芸能をご紹介します。

はやし田とは

「はやし田」とは、田の神様である「サンバイ様」を田に迎え、歌を掛け合い、太鼓・笛・手打ち鉦などの楽器で囃し立てながら苗を植える伝統的な農耕芸能です。中国山地の各地で行われてきた集落全体の共同行事であり、「花田植(はなだうえ)」とも呼ばれています。

新庄のはやし田は、安芸高田市に伝わる「原田のはやし田」とともに、平成9年(1997年)12月15日に「安芸のはやし田」の名称で国の重要無形民俗文化財に指定されました。毎年5月第2日曜日に「大花田植(おおはなだうえ)」として盛大に執り行われ、この地方の花田植シーズンの幕開けを飾る行事として親しまれています。

なぜ文化財に指定されたのか

新庄のはやし田が国の重要無形民俗文化財に指定された理由は、その歴史的・学術的価値の高さにあります。

第一に、この行事の形式は、文政2年(1819年)に編纂された『芸藩通志』の基礎資料である「国郡志下調帳」に記載された内容とほぼ同様であり、さらに「法然上人絵伝」や「大山寺縁起絵巻」といった中世の絵画資料に描かれた田植えの姿をそのまま伝えています。田楽系芸能の変遷を知る上で極めて重要な生きた伝承です。

第二に、新庄に伝わる田植草子(たうえぞうし)の歌は、日本の歌謡研究において大変貴重な資料として高く評価されています。県北の寒冷地という環境から生まれた密植の技法に対応して、歌のテンポが速い「八調子」と呼ばれる独特のリズムが発達しました。これは南方の温暖な地域に多い緩やかな「六調子」とは異なり、地域の自然環境が芸能の形を決定づけた好例です。

第三に、備後地方のはやし田が牛馬の供養を主目的とするのに対し、安芸地方の新庄のはやし田は田の神を招いて豊作を祈願する神事に重きを置いており、地域的特色が顕著な伝承として学術的に重要とされています。

行事の流れ

新庄のはやし田は、厳かな神事から華やかな田植えまで、決まった順序に従って進められます。

代掻き(しろかき)

赤い首玉をまとい、背に豪華な飾り鞍をかけた牛が一列縦隊となって田圃の中を踏み歩き、泥をはねながら田を整えます。続いて「えぶり」と呼ばれる道具で田面を平らにならします。飾り牛の勇壮な姿は、行事の見どころのひとつです。

道行き(みちゆき)

早乙女や楽器の奏者たちが、神社または田主の家から行列を組んで田圃へと向かいます。色とりどりの衣装をまとった一行の行進は、祭りの高揚感を一層高めます。

田の神降しの神事

「さんばい棚」と呼ばれる祭壇の前で、田の神サンバイ様を田にお迎えする神事が執り行われます。農作業を神聖な儀礼へと昇華させる、はやし田の精神的な核心です。

苗取・田植

行事の中心となる田植えでは、早乙女たちが綱の前に横一列に並び、後ろ下がりで苗を植えてゆきます。早乙女に面して立つ「さんばい」(歌大工とも呼ばれます)が、竹の打楽器「摺りざさら」を手に歌を先導し、早乙女たちと掛け合いの歌を交わします。歌は、行事の進行時刻に応じて役歌・朝歌・昼歌・晩歌と種々のものがあります。早乙女の後方では、大太鼓(胴)・小太鼓(鼓)・鉦の奏者が賑やかに囃し立て、山あいの田圃に祝祭的な響きが満ちあふれます。

見どころ・魅力

新庄のはやし田の最大の魅力は、実際の田圃で行われる行事を間近で体感できることです。会場は鳴滝渓谷入口にある田圃で、観客は田の土手に座って、飾り牛の代掻きや早乙女たちの田植えを目の前で観覧できます。約400人規模の観客が集まる温かみのある雰囲気の中、地域の方々の心のこもったおもてなしを受けることもでき、神酒や朴葉むすびが振る舞われることもあります。

赤い首玉をまとった飾り牛が水田を練り歩く光景、華やかな衣装の早乙女たちが一斉に苗を植える姿、そして山間に響き渡る太鼓と歌声の調べは、まさに中世の絵巻物が目の前に現れたかのような感動を与えてくれます。

また、この行事は北広島町一帯で行われる花田植シーズンの先陣を切るもので、数週間後にはユネスコ無形文化遺産にも登録された「壬生の花田植」が同じ北広島町で開催されます。二つの行事を合わせて訪れれば、安芸の田植え文化をより深く理解することができるでしょう。

歴史的背景

新庄のはやし田の起源は遠い過去に遡ります。文政2年(1819年)に提出された『芸藩通志』の基礎資料「国郡志下調帳」には、現在とほぼ同じ形式の田植え行事が記載されています。さらに鎌倉時代から室町時代にかけての絵画資料には、楽器の囃子に合わせて集団で田植えを行う光景が描かれており、少なくとも700年以上にわたって受け継がれてきた伝統であると考えられています。

新庄地区は標高約400メートルの高原上に位置し、島根県との県境に近い山間の農村です。冷涼な気候に適応するため、苗を密に植える技法が発達し、それに伴って歌のテンポも速くなるという独自の進化を遂げました。農業のほとんどが機械化された現在では、代掻きに使う飾り牛の調達が難しくなるなどの課題もありますが、新庄郷土芸術保存会をはじめとする地域の方々の献身的な努力により、この貴重な伝統は脈々と守り続けられています。

周辺情報

新庄のはやし田の会場周辺には、自然と文化を楽しめるスポットが点在しています。

会場のすぐそばにある鳴滝渓谷は、落差30メートルの滝を中心に約500メートルにわたって清流と美しい渓谷が続く景勝地です。近くには「おおあさ鳴滝露天温泉」があり、森に囲まれた温泉で心身を癒すことができます。

車で15分ほどの場所にある「大朝のテングシデ群落」は必見です。平成12年(2000年)に国の天然記念物に指定されたこの群落には、世界でここにしか自生しないイヌシデの変種が約100本群生しています。突然変異によって幹や枝が独特にねじれ曲がった姿は、まるで天狗が住む異世界のような神秘的な景観を生み出しています。

歴史に関心のある方には、戦国時代の吉川氏城館跡(小倉山城跡・日野山城跡)もおすすめです。また、北広島町ではE-bikeを使った里山サイクリングツアーや、季節の花畑、伝統的な神楽公演なども楽しめます。

アクセス・観覧案内

新庄のはやし田は毎年5月第2日曜日に開催されます。開催時間はおおむね午前11時から午後3時頃まで。観覧は無料です。会場は北広島町大朝新庄、鳴滝渓谷入口付近の田圃です。

お車の場合は、浜田自動車道大朝インターチェンジから国道261号線を江津方面へ約10キロメートル。駐車場は約75台分あり、誘導員の指示に従ってください。公共交通機関をご利用の場合は、広島駅新幹線口から浜田行きの高速バスに乗車し、大朝IC停留所で下車(約70分)。そこからタクシーで会場へ向かいます(約10分)。大朝地域には鉄道の路線がないため、ご注意ください。

屋外の田圃で行われる行事のため、長靴など防水性のある靴をお勧めします。雨天時には近隣の新庄小学校体育館に会場が変更される場合があります。5月の県北は朝晩冷え込むことがあるため、上着のご用意もお忘れなく。

Q&A

Q新庄のはやし田はいつ開催されますか?
A毎年5月第2日曜日に開催されます。時間はおおむね午前11時から午後3時頃までです。この地方の花田植シーズンの先陣を切る行事として知られています。
Q入場料はかかりますか?
A観覧は無料です。会場ではお弁当や加工食品、ソフトドリンクの販売が行われるほか、神酒や朴葉むすびが振る舞われることもあります。
Q公共交通機関でのアクセスは可能ですか?
A広島駅新幹線口から浜田行きの高速バスに乗車し、大朝IC停留所で下車します(約70分、片道約1,670円)。そこからはタクシーの利用が必要です(約10分)。大朝地域には鉄道路線がないためご注意ください。
Q雨天の場合はどうなりますか?
A小雨の場合は田圃で予定通り行われることが多いですが、大雨の場合は近隣の新庄小学校体育館に会場が変更されることがあります。雨具と防水性のある靴をお持ちになることをお勧めします。
Q壬生の花田植との違いは何ですか?
Aどちらも北広島町に伝わる伝統的な田植え行事で、国の重要無形民俗文化財に指定されています。新庄のはやし田は5月開催で、独特の速いテンポの歌が特徴です。壬生の花田植は6月第1日曜日に開催される西日本最大規模の花田植で、さらにユネスコ無形文化遺産にも登録されています。

基本情報

名称 新庄のはやし田(大花田植)
文化財指定 国重要無形民俗文化財(平成9年12月15日指定、「安芸のはやし田」として)
所在地 広島県山県郡北広島町新庄(鳴滝渓谷入口付近)
開催日 毎年5月第2日曜日 午前11時~午後3時頃
入場料 無料
アクセス 浜田自動車道大朝IC → 国道261号線を江津方面へ約10km/広島駅新幹線口から高速バス浜田行き「大朝IC」下車(約70分)+タクシー
駐車場 約75台(誘導員の指示に従ってください)
保存団体 新庄郷土芸術保存会(安芸のはやし田連合保存会)
問い合わせ 一般社団法人北広島町観光協会 TEL: 0826-72-6908

参考文献

安芸のはやし田 – 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/215089
新庄のはやし田 – 北広島町観光ガイド
https://kitahiro.jp/traditional_culture/shinjo_hayashida.html
新庄のはやし田(大花田植)– ひろしま観光ナビ Dive! Hiroshima
https://dive-hiroshima.com/events/events-24532/
新庄のはやし田(大花田植)– 北広島町観光情報
https://tabi-mag.jp/shinjo-hayashida/
新庄大花田植(新庄のはやし田)– 家畜が係わる伝統行事
https://dento-kachiku.jp/shinjyonohayashida
国指定文化財等データベース – 文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/302/148

最終更新日: 2026.03.06