広島大学附属中・高等学校講堂(旧制広島高等学校講堂)── 被爆を乗り越え、今も現役で愛される登録有形文化財
広島市南区翠の閑静な文教地区に佇む広島大学附属中・高等学校講堂は、昭和2年(1927年)に旧制広島高等学校の講堂として竣工しました。ロマネスク復古様式を取り入れた鉄筋コンクリート造のこの建物は、昭和20年(1945年)8月6日の原爆投下を耐え抜き、被爆建物として、そして登録有形文化財として、約100年にわたり広島の歴史を見守り続けています。現在も学校行事の場として現役で使用され、卒業生や在校生から学校の象徴として深く愛されている貴重な建築遺産です。
歴史的背景:旧制高等学校の栄光と学都広島
旧制広島高等学校(通称「広高」)は、大正12年(1923年)に設置された官立の高等学校です。旧制高等学校は現在の大学教養課程に相当する教育機関で、男子のエリートのみが入学を許され、卒業後は帝国大学への進学が一般的でした。軍都として近代化を遂げた広島は、同時に師範学校が立地する「学都」としての顔も持っており、広高の設立はその学術的伝統をさらに強化するものでした。
講堂は昭和2年(1927年)1月に竣工し、文部省営繕課の設計による古典様式を取り入れた建物です。正門正面に位置していたことから、開校当初より学校のシンボルとして親しまれました。講堂入口の床面には、竣工年を皇紀で示した「2587」の文字が刻まれており、当時の時代背景と旧制広高の社会的地位を物語っています。
音響効果に優れた講堂は、学校行事や課外活動の場としてだけでなく、NHKが実況放送やリサイタルの中継に使用するほどの評価を受けていました。広高は多くの著名な卒業生を輩出しましたが、その中でも特に知られるのが建築家・丹下健三です。丹下は旧制今治中学を卒業後に広高へ進学し、図書室でル・コルビュジェの「ソビエトパレス」の設計図を目にして衝撃を受け、建築家を志したとされています。丹下もまた、この講堂で入学式などの儀式に参加していたものと考えられています。
原爆を耐え抜いた講堂:昭和20年8月6日
昭和20年(1945年)8月6日、広島に原子爆弾が投下されました。講堂は爆心地から2.69キロメートルの位置にありましたが、鉄筋コンクリート造であったため、窓ガラスの破損など比較的軽微な損傷にとどまりました。一方、木造の本館をはじめとする他の校舎は半壊し、校内にいた教職員・生徒からは多くの負傷者が出ました。
被爆直後、頑丈な講堂は避難してきた被爆者であふれ、しばらくの間、雨露をしのぐ避難所として機能しました。市内のほとんどの学校施設が焼失・破壊されるなか、講堂は数少ない貴重な文化施設として、戦後の学生たちの文化活動の拠点となりました。昭和22年(1947年)10月に広高が皆実校地に復帰した際にも、講堂は学校生活の中心的な存在であり続けました。
戦後の変遷と文化財登録
昭和24年(1949年)、学制改革により旧制広島高等学校は新制広島大学に包括され、皆実分校(教養部)となりました。講堂では教養部の講義も行われていました。その後、昭和36年(1961年)に教養部との校地交換が行われ、附属中・高等学校が現在地に移転。講堂は附属中・高等学校の講堂となり、現在に至っています。
平成6年(1994年)2月、広島市により被爆建物に指定・登録されました。さらに平成10年(1998年)9月2日、旧制広高OBの運動もあり、文化庁により登録有形文化財(登録番号第34-0016号)に登録されました。広島市内で数少なくなった、被爆時点での形態をほぼ維持する被爆建物の一つとして、その歴史的価値はますます高まっています。
建築の見どころ:ロマネスク復古様式と優れた職人技
講堂は鉄筋コンクリート造の平屋建て(一部2階建て)で、正面に車寄(しゃよせ・ポルテコシェール)が付いた堂々たる外観を持ちます。外壁は石造風に仕上げられ、1階から2階まで通したバットレス状(控え壁状)の柱型が特徴的です。軒先には装飾タイルが施され、全体として様式建築を簡素にまとめた意匠構成ながら、仕事は丁寧で技術的に見るべき点が多い建物です。
内部空間に入ると、古典様式の影響がより鮮明に表れます。列柱にはエンタシス(中央部が緩やかに膨らむ古代ギリシャ神殿の柱の特徴)が施され、柱頭には装飾が付いています。柱の表面は、左官職人が漆喰を用いて大理石のような質感に仕上げたもので、濃淡のある灰漆喰が石材のような重厚感を生み出しています。内装の一部は戦前以来のものがそのまま残されており、被爆の歴史を静かに伝えています。
特に注目すべきは、2階桟敷席がキャンチレバー(片持ち梁)で張り出している点です。これは鉄筋コンクリートならではの構造的手法で、古典様式の中に近代建築技術が融合した興味深い特徴となっています。また、電気照明が十分でなかった時代の建物らしく多くの窓が設けられ、自然光が降り注ぐ明るい空間は、音響の良さと相まって講堂としての高い機能性を実現しています。
かつて講堂正面には渡り廊下が横切っており、ファサード(正面外観)が見えにくい状態でしたが、その後ガラス屋根に改修されたことで、正門から講堂の美しい正面を見渡せるようになりました。
なぜ登録有形文化財に登録されたのか
この講堂が登録有形文化財に登録された理由は、複数の観点から説明できます。第一に、昭和初期の文教施設建築として、西洋古典様式と鉄筋コンクリート技術を融合させた優れた事例であること。簡素な意匠の中にも丁寧な職人技が随所に見られ、建築史的な価値が高く評価されています。
第二に、被爆建物として原爆投下時の形態をほぼ維持しており、広島の歴史を物理的に証言する存在であること。被爆建物が年々減少するなかで、その存在意義はますます重要になっています。
第三に、旧制高等学校という近代日本の教育制度を象徴する建物であり、約100年にわたり途切れることなく教育施設として使用され続けていること。こうした「生きた文化財」としての側面も、高い評価を受けている理由の一つです。
見学について
講堂は広島大学附属中・高等学校の敷地内にあり、現在も教育施設として使用されているため、一般公開は行われていません。ただし、正門付近から外観を鑑賞することは可能です。内部の見学を希望される場合は、事前に学校事務室(TEL 082-251-0192)にお問い合わせください。
外観鑑賞の際は、正面のアーチ状の入口、バットレス状の柱型、軒先の装飾タイルなどにご注目ください。ガラス屋根の渡り廊下越しに見える講堂のファサードは、昭和初期の風格ある姿を今に伝えています。
周辺情報・近隣の見どころ
講堂が位置する広島市南区翠は、閑静な住宅街と文教施設が共存する地域です。広島市中心部からのアクセスも良好で、周辺には多くの観光スポットがあります。
- 広島平和記念公園・平和記念資料館 ── 講堂から北西へ約3km、路面電車でアクセス可能。原爆ドーム(世界遺産)、平和記念資料館、各種慰霊碑が集まる平和の拠点です。
- 比治山公園 ── 北東方向にある丘陵公園。広島市現代美術館が立地し、市街地を一望できる展望スポットとしても人気です。
- その他の被爆建物 ── 旧日本銀行広島支店、本川小学校平和資料館、袋町小学校平和資料館など、市内各所に被爆建物が点在しています。被爆建物を巡るウォーキングツアーも人気です。
- 広島電鉄(路面電車) ── 広島の街を走るレトロな路面電車は、移動手段としてだけでなく、それ自体が広島の風物詩として親しまれています。
Q&A
- 講堂の内部は見学できますか?
- 講堂は現在も学校施設として使用されているため、通常は一般公開されていません。外観は正門付近から鑑賞可能です。内部見学を希望される場合は、事前に学校事務室(TEL 082-251-0192)にご相談ください。
- 最寄り駅からのアクセスは?
- JR広島駅南口から広島電鉄(路面電車)5号線「比治山下経由 広島港行き」に乗車し、「広大附属学校前」電停で下車してすぐです。電停から徒歩約2分で学校正門に到着します。
- 「被爆建物」とは何ですか?
- 被爆建物とは、昭和20年(1945年)8月6日の原爆投下を生き延びた建造物のことです。広島市が台帳で管理しており、原爆の被害を物理的に伝える貴重な存在です。この講堂は爆心地から2.69kmの位置にあり、鉄筋コンクリート造であったため比較的軽微な被害にとどまりました。
- 丹下健三とこの講堂の関係は?
- プリツカー賞受賞建築家の丹下健三(1913–2005)は、旧制広島高等学校の卒業生です。広高の図書室でル・コルビュジェの作品に出会い建築家を志したとされ、この講堂で入学式などの行事に参加していたと考えられています。丹下は後に広島平和記念公園・平和記念資料館を設計しました。
- 講堂は現在も使われていますか?
- はい。竣工から約100年を経た現在も、入学式・卒業式をはじめとする学校行事の会場として現役で使用されています。在校生や卒業生にとって、学校の象徴として大切にされ続けている建物です。
基本情報
| 名称 | 広島大学附属中・高等学校講堂(旧制広島高等学校講堂) |
|---|---|
| 竣工 | 昭和2年(1927年)1月 |
| 設計 | 文部省営繕課 |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造 平屋建て(一部2階建て) |
| 建築様式 | ロマネスク復古様式(簡素化した古典西洋様式) |
| 文化財登録 | 登録有形文化財(平成10年9月2日登録、登録番号 第34-0016号) |
| 被爆建物指定 | 平成6年(1994年)2月 広島市指定 |
| 爆心地からの距離 | 2.69 km |
| 所有者 | 国立大学法人広島大学 |
| 所在地 | 〒734-0005 広島県広島市南区翠1丁目1番1号 |
| アクセス | 広島電鉄5号線「広大附属学校前」電停下車 徒歩約2分 |
| お問い合わせ | TEL 082-251-0192(広島大学附属中・高等学校) |
参考文献
- 広島大学附属中・高等学校 講堂 | 広島大学
- https://www.hiroshima-u.ac.jp/fu_midori/about/auditorium
- 広島県の文化財 - 広島大学附属中・高等学校講堂(旧制広島高等学校講堂) | 広島県教育委員会
- https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/bunkazai/bunkazai-data-300010160.html
- 広島大学附属中・高等学校講堂(旧制広島高等学校講堂) | 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/113787
- 広島の建築 arch-hiroshima|広島大学附属中高等学校講堂/旧制広島高校講堂
- https://arch-hiroshima.info/arch/hiroshima/hu_highschool.html
- 広島大学附属中学校・高等学校 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/広島大学附属中学校・高等学校
- 広島大学附属中・高等学校講堂(被爆建物) | Dive! Hiroshima
- https://dive-hiroshima.com/explore/3780/
最終更新日: 2026.03.26