小早川氏城跡 ― 瀬戸内に刻まれた400年の城郭史
広島県三原市に残る「小早川氏城跡」は、高山城跡・新高山城跡・三原城跡の3つの城跡から構成される国指定史跡です。鎌倉時代に山奥の要害に築かれた山城から、戦国時代を経て瀬戸内海に浮かぶ壮大な海城へ——小早川氏の歩みとともに移り変わる城郭の姿は、日本の城郭建築史における貴重な証言者です。
この3つの城跡は単独でも見応えがありますが、あわせて訪れることで、中世から近世にかけての城郭の変遷を肌で感じることができます。山城の険しい尾根道を歩き、海城の巨大な石垣を見上げる——そんな歴史探訪の旅に出かけてみませんか。
小早川氏とは ― 鎌倉武士から瀬戸内の覇者へ
小早川氏の祖は、源頼朝の挙兵に従った「頼朝七騎」の一人として名高い土肥実平です。実平の子・遠平は、承久の乱での戦功により安芸国沼田荘の地頭に任じられ、相模国小早川の地名にちなんで小早川姓を名乗りました。
その後、小早川氏は沼田小早川家(本家)と竹原小早川家に分かれますが、戦国時代に毛利元就の三男・隆景が両家を統合し、小早川家を一つにまとめました。隆景は兄の吉川元春とともに毛利家を支え、「毛利両川」と称される柱石として、中国地方から四国・九州にまで勢力を広げました。隆景が歩んだ高山城から新高山城、そして三原城への道のりは、小早川氏の発展と日本の戦国時代の変革を物語っています。
高山城跡 ― すべての始まりとなった山城
沼田川の東岸にそびえる標高約190メートルの山頂に築かれた高山城は、小早川氏最初の本拠地です。建永元年(1206年)頃、小早川氏4代当主・茂平によって築かれ、以後約350年にわたって沼田小早川家の居城として機能しました。
城の縄張りは、南北に延びる谷を挟んで東西に分かれ、北の尾根には北の丸・戸石丸・本丸・扇丸が空堀で隔てられつつ一列に並びます。南の尾根にも太鼓丸・千畳敷・南の丸・犬の丸などの郭が配置されています。中央の「御殿」と呼ばれる凹地には井戸が残り、かつての生活の痕跡をとどめています。
天文21年(1552年)、小早川隆景が対岸の新高山城に本拠を移したことで廃城となりました。現在は深い森に覆われていますが、郭の配置や石垣の痕跡は南北朝時代の山城の姿をよく伝えています。山頂からは沼田平野を一望でき、この城がなぜこの地に築かれたのかを体感できるでしょう。
新高山城跡 ― 智将・隆景が築いた巨大山城
沼田川を挟んで高山城の対岸、標高197.6メートルの山上に築かれた新高山城は、小早川隆景の本拠として約45年間機能した堅固な山城です。もともと5代当主・雅平が高山城の副城として築いたものを、天文21年(1552年)に隆景が大規模に改修し、東西約400メートル・南北約500メートルの山全体を要塞化しました。
内郭部は本丸・中の丸・釣井の段など7つの郭で構成され、外郭部の鐘の段・シンゾウス郭が防御を固める構造となっています。本丸は4段に削平された広大な郭で、東西125メートルにも及びます。地表には御殿の礎石が点在し、往時の姿を偲ばせます。
新高山城の見どころ
特に注目すべきは「釣井の段」(井戸郭)です。立派な石積みの井戸が6基も残り、そのうちいくつかは現在も水を湛えています。山上にこれほどの水源を確保していた技術力は驚嘆に値します。
山腹にある匡真寺跡には、永禄4年(1561年)に毛利元就・隆元父子が新高山城を訪れた際の饗応で詠まれた連歌を記念する碑が建てられています。東端の「詰の丸」からは沼田川と本郷の町を見渡す絶景が待っており、かつて山陽道や瀬戸内海からの舟の往来を監視した要衝であったことがよくわかります。
なお、新高山城の石垣の多くは、三原城の築城の際に運び出されました。現在、山上にゴロゴロと転がる大石は、運び残された石垣の名残と考えられています。
新高山城は「続日本100名城」(173番)にも選定されており、登城口には竹のステッキが用意されるなど、初心者でも散策しやすい環境が整っています。詰の丸には音声説明機も設置されています。
三原城跡 ― 瀬戸内に浮かぶ「浮城」
永禄10年(1567年)、小早川隆景によって築城が始められた三原城は、日本城郭史上でもきわめてユニークな存在です。沼田川河口の大島・小島を石垣でつなぎ、埋め立てた土地の上に築かれたこの城は、満潮時にあたかも海に浮かんでいるように見えたことから「浮城(うきしろ)」と呼ばれました。
最盛期の規模は東西約900メートル・南北約700メートルに及び、本丸・二之丸・三之丸を擁し、櫓32棟・城門14門を数えました。天主台は広島城の天守閣6つ分が入るほどの日本有数の広さを誇ります。石垣には「アブリ積み」と呼ばれる特殊な工法が用いられ、400年以上経った現在もその姿を保っています。
三原城は城郭であると同時に、小早川水軍の母港としての機能も兼ね備えていました。海に向かって舟入(船着場)を開き、城域全体が軍港としても設計されていたのです。豊臣秀吉や徳川家康もこの城に滞在し、その壮大さに感嘆したと伝わっています。
現在の三原城跡は、JR山陽新幹線の三原駅が城の真上を通るという独特の景観を呈しています。天主台跡へは駅のコンコースから直接アクセスでき、周囲の堀には鯉が泳ぐ公園として市民に親しまれています。天主台の南東には舟入櫓跡の石垣が残り、かつて瀬戸内海に面していた海城の面影を伝えています。
国指定史跡としての価値
小早川氏城跡は昭和32年(1957年)12月11日に国の史跡に指定されました。この指定は、3つの城跡が個々の遺跡としてだけでなく、一連の歴史的連続体として極めて高い価値を持つことを認めたものです。
山間の要害に頼った中世の山城から、海陸の要衝を押さえる近世の海城へ——小早川氏の居城の変遷は、日本の城郭建築の発展過程を一貫して示す稀有な事例です。高山城跡は中世山城の典型的な縄張りを保存し、新高山城跡は戦国時代中期の高度な築城技術を示し、三原城跡は日本でも先駆的な海城(うみじろ)の姿を伝えています。これほど近い距離で城郭の進化を通観できる場所は、日本でもほとんどありません。
周辺の見どころ
三原エリアには城跡以外にも魅力的なスポットが数多くあります。佛通寺は応永4年(1397年)に沼田高山城主・小早川春平が創建した臨済宗佛通寺派の大本山で、京都以西で唯一の臨済宗大本山として知られています。往時は南禅寺と同格に遇され、山内に88ヶ寺、全国に3,000余りの末寺を擁していました。紅葉の名所としても名高く、11月中旬には県内屈指の紅葉を楽しむことができます。
米山寺には小早川家の墓所があり、隆景の墓も残されています。市内の宗光寺の山門は、新高山城の大手門を移築したものと伝わっています。
三原はまた、瀬戸内海有数のマダコの産地としても有名です。「三原やっさタコ」のブランド名で知られる地元のタコは、身が締まりプリッとした歯ごたえが特徴。タコ刺し・タコ飯・タコ天など多彩なタコ料理を市内各所の飲食店で楽しめます。8月には三原城の築城を祝って始まったとされる「やっさ祭り」が盛大に開催され、街全体が活気に包まれます。
瀬戸内海と島々の絶景を望むなら、筆影山展望台がおすすめです。道の駅「みはら神明の里」では、地元の特産品と海の眺望を同時に楽しめます。
Q&A
- 3つの城跡を1日で回ることはできますか?
- 可能です。三原城跡はJR三原駅直結、新高山城跡はJR本郷駅から徒歩約25分です。高山城跡は本郷駅から車で約10分+徒歩約30分の登山が必要です。朝から出発すれば、5~6時間程度で3城を巡ることができます。
- 入場料はかかりますか?
- 3つの城跡はすべて無料で見学できます。三原城の天主台跡はJR三原駅構内(改札外)からアクセスでき、開放時間は6:30~22:00です。乗車券は不要です。
- 新高山城跡・高山城跡の登山にはどのような服装が必要ですか?
- 歩きやすい靴やトレッキングシューズをおすすめします。新高山城跡の登城口には竹のステッキが用意されています。夏場は水分と日除け対策を、雨天後は足元にご注意ください。新高山城の山頂までは麓から約20~30分です。
- 外国語の案内はありますか?
- 現地の案内板は主に日本語ですが、一部に英語併記のものもあります。新高山城の詰の丸には音声説明機が設置されています。JR三原駅内の三原観光案内所(うきしろロビー)で英語のパンフレットを入手できます。
- おすすめの季節はいつですか?
- 春(3月下旬~4月中旬)は桜と城跡の美しい共演が楽しめます。秋(11月中旬)は佛通寺の紅葉が見事です。8月のやっさ祭りも三原ならではの体験です。冬は澄んだ空気の中で遠望がきき、比較的空いています。
基本情報
| 正式名称 | 小早川氏城跡 高山城跡 新高山城跡 三原城跡(こばやかわししろあと たかやまじょうあと にいたかやまじょうあと みはらじょうあと) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定史跡(昭和32年〈1957年〉12月11日指定) |
| 所在地 | 広島県三原市高坂町・館町・本町・城町、豊田郡本郷町 |
| 高山城跡 | 建永元年(1206年)頃、小早川茂平が築城。標高約190m。天文21年(1552年)廃城。 |
| 新高山城跡 | 天文21年(1552年)、小早川隆景が改修・本拠化。標高197.6m。続日本100名城(173番)。 |
| 三原城跡 | 永禄10年(1567年)、小早川隆景が築城開始。慶長元年(1596年)頃完成。続日本100名城(172番)。 |
| アクセス(三原城跡) | JR三原駅直結(山陽新幹線・山陽本線・呉線)。天主台は駅コンコースから入場可(6:30~22:00)。 |
| アクセス(新高山城跡) | JR山陽本線 本郷駅から徒歩約25分 |
| アクセス(高山城跡) | JR山陽本線 本郷駅から車で約10分、下車後徒歩約30分 |
| 入場料 | 無料(3城跡すべて) |
参考文献
- 文化遺産オンライン — 小早川氏城跡 高山城跡 新高山城跡 三原城跡
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/172995
- 三原観光navi — 新高山城跡
- https://www.mihara-kankou.com/sightseeing/3208
- 三原観光navi — 高山城跡
- https://www.mihara-kankou.com/sightseeing/3203
- 三原観光navi — 三原城跡
- https://www.mihara-kankou.com/sightseeing/3205
- 三原市ホームページ — 新高山城跡
- https://www.city.mihara.hiroshima.jp/soshiki/50/139862.html
- 三原市教育委員会 — 郷土三原ゆかりの人たち 小早川隆景
- https://www.city.mihara.hiroshima.jp/site/kyouiku/yukari02.html
- Wikipedia — 三原城
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8E%9F%E5%9F%8E
- Wikipedia — 高山城 (安芸国)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B1%B1%E5%9F%8E_(%E5%AE%89%E8%8A%B8%E5%9B%BD)
- 城びと — 続日本100名城・新高山城
- https://shirobito.jp/article/840
- 三原観光navi — 佛通寺
- https://www.mihara-kankou.com/sightseeing/3068
最終更新日: 2026.03.19