紺の糸で威された一領の鎧
宮島の厳島神社、海上に建つ社殿の参拝順路を抜けてすぐの場所に、耐火造りの宝物館が建っている。そこに収められた紺絲威鎧は、黒漆を塗った鉄の小札を何百枚も連ね、それを濃い藍色の糸で綴じ上げた一領である。高さはおよそ72センチメートル。兜と、左右一対の大きな大袖を備えた完全な姿で残されている。
厳島神社が所蔵する国宝の鎧のうちの一つだが、この鎧は戦場に持ち出されたものではない。はじめから海の神への奉納品として作られ、だからこそ、実戦の甲冑ではまず望めない良好な状態で今日まで保たれてきた。
大鎧という形式
この鎧は大鎧と呼ばれる形式に属する。平安から鎌倉にかけて、騎射を行う上級武士が身につけた鎧である。大鎧は一枚の鋼で成形するのではなく、漆で湿気を防いだ小さな札を横に並べ、それを色糸の組紐で隣同士に綴じ合わせて組み上げる。威す糸の色がそのまま鎧の名となり、本作の場合は紺、すなわち濃い藍色がその色である。
文化庁の記録では時代を平安とする。札が大形で幅広く、威糸が太く、胸板が狭いという特徴は、いずれも古様を示すものとされ、製作はその後期、十二世紀ごろと考えられている。胴は前立挙二段、後ろは押付板と逆板、長側四段、そして草摺は三間五段に仕立てられ、馬上の武者の腿を守る構えになっている。
兜は鉄地を黒漆塗りとした二十枚張りで、前後に走る鍍銀の二方白を備え、鉢は十八間の星鉢に星鋲を列状に打つ。大袖は六段に威され、高さはおよそ42.8センチメートル。実用の場では体側に垂れ、弓を引く腕を前へ回って覆う盾の役を果たした。
国宝に指定された理由
本作は明治三十二年(1899年)に重要文化財に指定され、その後、昭和二十六年(1951年)六月九日に国宝となった。指定の理由は簡潔で、しかし珍しい。原形をほぼそのまま留めている点である。戦に用いられた鎧は修理と威し直しを重ね、部材を他へ転用されることも多く、初期の作で完全な姿を保つ例はきわめて少ない。この一領は神社に納められたまま大きく手を加えられず、平安の工芸を後世の復元ではなく当初の姿で示す稀有な遺品となった。
研究では、同社の小桜韋黄返威鎧、および東京の御嶽神社が所蔵する赤糸威鎧との比較が行われてきた。本作は両者とは趣を異にし、手法は総じて精緻だが、金具廻りの狭さ、染韋の文様、兜の形状、胴の仕立てといった点で相通じる特徴を持つ。こうした共通点から、三領はほぼ同じ世代の作と見られている。
見どころ
近くで見ると、この鎧は時間をかけて眺めるだけの細部を備えている。金具廻りを包む染韋には、牡丹の唐草のあいだに円文をなして獅子を配した文様が染め出されている。大陸の宮廷の織物に由来する意匠を鹿革に移したものである。縁には銅鍍金の覆輪がめぐり、小縁は紫・白・紺の糸で伏せ組みにされる。これらは武家貴族にとっての装いであり、身を守る道具であると同時に、身分を示すしるしでもあった。
威糸そのものにも目をとめたい。主たる糸は落ち着いた紺だが、最上段の耳糸は啄木と呼ばれる斑の組紐で、啄木鳥の入り混じった羽色にちなむ。畦目と菱縫には紅の猿鞣を用い、藍のなかに暖かな赤の点をちらす。現状の威糸や緒所の多くは後補で、これは古い品を守るうえで通常の処置だが、それゆえに当初の組紐が残る箇所こそ、研究者が最も注意して見る部分となる。
社伝は、この鎧を平重盛の奉納と伝える。重盛は、十二世紀に厳島神社を全国に名高い社へと押し上げた平清盛の長男である。重盛との結びつきは社に語り継がれた伝承であって記録に裏づけられた事実ではなく、そのように扱うのが適切だが、時代といい、これほど上質な鎧の格といい、伝承とよく釣り合っている。
宮島と神社を訪ねる
厳島神社は、広島湾に浮かぶ宮島にある。本州側の宮島口から、フェリーでおよそ十分で渡れる。社殿と、海中に立つ朱塗りの大鳥居が織りなす景観は日本でも指折りの眺めとして知られ、ユネスコの世界遺産に登録されている。鎧はそれ自体が登録有形文化財である宝物館に収められ、神社の出口を出てすぐ、桟橋から徒歩約十五分の場所に建つ。
宝物館は年中無休で、開館は八時から十七時、入館料は大人三百円である。国宝の鎧は傷みやすいため公開は一定の時期に限られ、ほかの期間は精巧な複製が展示されることもある。実物を見たい場合は、訪問前に神社の展示予定を確かめておくとよい。島そのものも一日を費やすに足る。五重塔、豊臣秀吉が建てさせた千畳閣の名で知られる堂、路地を歩く野生の鹿、そして弥山への登山やロープウェーなど、見るべきものは多い。
Q&A
- 訪ねれば実物の鎧を見られますか。
- いつでも見られるとは限りません。実物は傷みやすく、公開は決められた展示期間に限られ、それ以外は複製が並ぶこともあります。実物を見たい場合は、事前に神社の展示予定をご確認ください。
- なぜ「紺絲威」と呼ぶのですか。
- この種の鎧は、札を綴じ合わせる威糸の色で名づけられます。本作の糸は濃い藍色、すなわち紺であるため、紺絲威鎧と呼ばれます。
- この鎧は戦に使われたのですか。
- 使われた形跡はありません。神社への奉納品として作られたと見られ、それが完全で当初に近い状態で残る大きな理由になっています。
- どのくらい古いものですか。
- 平安時代の作で、様式から見ておよそ十二世紀と考えられています。騎馬の武士が用いた大鎧のうち、現存する最も古い部類に入ります。
- 宮島へはどう行けばよいですか。
- 本州側の宮島口まで鉄道や路面電車で向かい、そこからフェリーで約十分で島へ渡ります。神社と宝物館は桟橋から徒歩十五分ほどです。
基本情報
| 名称 | 紺絲威鎧〈兜、大袖付〉 |
|---|---|
| 所在地 | 広島県廿日市市宮島町 厳島神社 |
| 指定区分 | 国宝(工芸品) 明治32年(1899年)重要文化財指定、昭和26年(1951年)6月9日国宝指定 |
| 時代 | 平安時代(様式から十二世紀ごろ) |
| 員数 | 1領 |
| 寸法 | 高さ約72.0センチメートル 兜鉢高約14.0センチメートル 大袖高約42.8センチメートル |
| 所有者 | 厳島神社 |
| 拝観 | 厳島神社宝物館(8時〜17時、大人300円) 実物は展示期間を定めて公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/324
- 宝物館(一般社団法人宮島観光協会)
- https://www.miyajima.or.jp/sightseeing/ss_homotsukan.html
- 厳島神社(國學院大學博物館 神社データベース)
- https://www2.kokugakuin.ac.jp/museum/jinja/34/34_itsukushima.html
最終更新日: 2026.06.09