ピリカ遺跡——氷河期のハンターが石器を磨いた、ピリカの丘へ
北海道南部、後志利別川とピリカベツ川が出会う静かな丘陵地に、約2万年前の人びとの暮らしを今に伝える広大な遺跡が眠っています。1994年(平成6年)に国の史跡に指定された「ピリカ遺跡」は、日本でも屈指の規模と内容を誇る後期旧石器時代の石器製作遺跡です。「ピリカ」とはアイヌ語で「美しい」を意味し、川沿いに広がるおだやかな景色と、土の中から姿をあらわす精巧な石器の双方を、その名は静かに表しています。
ラスコーの壁画やストーンヘンジに心を動かされた経験のある旅人にとって、ピリカ遺跡は氷河期の人類とより親密に向き合える特別な場所です。小さな狩猟集団が立ち止まり、石を打ち、季節のうつろいを見守ったその丘に、今も静かに立つことができます。
偶然から始まった発見
ピリカ遺跡が見つかったのは、1978年(昭和53年)のことでした。北海道開発局函館開発建設部が美利河ダムの建設に向けて、堤体材料となる粘土を確保できるかを調べていたところ、試掘坑から思いがけず大量の石器が出土したのです。
事態の重要性を察知した北海道埋蔵文化財センターは、1983・1984年(昭和58・59年)に約1,585平方メートルにわたる本格的な発掘調査を実施しました。結果は驚くべきもので、ダム計画は変更され、粘土は別の場所から採取することとなり、遺跡は現状のまま保存されることになりました。その後、1987年からは今金町教育委員会、1996年からは國學院大學による考古学実習として継続的な調査が行われ、遺跡の全容が少しずつ明らかになっていきました。
現在では、二筋の丘陵にまたがって広がる遺跡全体の範囲は約20万平方メートルにもおよびます。1994年(平成6年)4月26日、そのうち約99,090平方メートルが国の史跡に指定され、貴重な文化遺産として後世に守り継がれることとなりました。
なぜ国の史跡に指定されたのか
ピリカ遺跡が特別である理由は、出土した石器が20万点を超えるという量だけにあるのではありません。むしろ、その並び方こそが核心です。厚さ約1メートルの粘土層のなかで、石器は3つの異なる文化層となって層位的に重なって発見されました。これは、旧石器時代の道具づくりの歴史を、まるで一冊の本を頁順に読むように追える——という稀有な状況なのです。
三層に積み重なる「時のページ」
最下層には峠下型細石刃核と荒屋型彫刻刀形石器、中層には湧別技法に類似する細石刃核と蘭越型細石刃核、最上層には有舌尖頭器・大型両面加工尖頭器・局部磨製や打製の石斧などが含まれています。このように、複数の時期の石器群が同じ場所に重層的に残っている遺跡は、世界的にも貴重です。
重要文化財に指定された163点
膨大な出土遺物の中から、各時期を代表する石器や、剥片どうしを再接合できる「接合資料」など163点が、国の重要文化財に指定されています。なかには長さ33センチメートルにおよぶ大型の石槍、そして極小の装飾用「玉(たま)」も含まれており、後者は日本列島でも最古級の装身具のひとつです。これらの玉の素材は、日本では産出しないダナイト(ダンかんらん岩)であり、当時の人びとが大陸方面と何らかの交流を持っていたことを物語っています。
見どころ
ピリカ旧石器文化館
2003年(平成15年)6月に史跡に隣接して開館したピリカ旧石器文化館は、ピリカ遺跡を訪れる際の出発点です。施設はコンパクトながら、展示には随所に工夫が凝らされています。大型スクリーンによる解説映像から始まり、旧石器展示室では日本語・英語・中国語のタッチパネルや音声ガイダンスで、氷河期の暮らしを多角的に学べます。重要文化財展示室では指定品163点を実物で間近に鑑賞でき、これほど貴重な品々を一堂に見られる機会はそう多くありません。しかも入館は無料です。
発掘現場をそのまま——「石器製作跡」
文化館から少し坂を登ると、発掘されたままの石器が屋根の下にそのまま展示されている施設「石器製作跡」があります。古代の石器職人が手を止めた瞬間が、土の中で凍結したかのように残されており、その密度と臨場感は圧巻です。再現模型ではなく実物が語りかけてくる場所として、ここは遺跡訪問のハイライトと言えるでしょう。
石器づくり体験で、当時の手の感覚を知る
身体で歴史にふれてみたい方には、文化館の石器づくり体験がおすすめです(要事前予約)。当時のハンターが珍重した珪質頁岩を実際に打ち、剥片を取る感覚を味わうことで、この技術がいかに長い修練を要するものだったかを実感できます。革を使ったアクセサリー作り体験もあり、ご家族連れにも親しまれています。
丘の上から見渡す氷河期の景色
帰路につく前に、ぜひ丘の上に立ってみてください。眼下に広がる川と山の景色は、約2万年前のハンターたちが獲物を見はり、天候を読んだ時の景色と、おそらくそう大きくは変わりません。日本にあって、これほど直接的に深い人類史と向き合える場所は多くないでしょう。
周辺情報
ピリカ遺跡は、渡島半島の静かな一角にあり、南北海道をめぐる旅程に組み込みやすい立地です。
- 美利河ダムと、そのダム湖を望む遊歩道——遺跡からほんの数分の距離にあり、四季折々の山並みを楽しめます
- 今金温泉——遺跡見学のあとにゆったりと汗を流せる地元の温泉
- 日本海沿いのせたな町——三本杉岩越しに沈む夕日で知られる、すこし足を延ばしたい港町
- 駒ヶ岳と函館——車で無理なく移動できる範囲にあり、複数日の旅の組み立てに最適
- 国縫(くんぬい)駅周辺——道央自動車道沿いに移動する車での旅の拠点として便利
Q&A
- ピリカ遺跡はいつごろの遺跡ですか?
- 後期旧石器時代の遺跡で、最も古い層は約2万年前、新しい活動の痕跡はおよそ1万2千年前までさかのぼります。およそ8千年もの長い期間、人々がくり返しこの丘を訪れていたと考えられています。
- 札幌や函館からの行き方を教えてください。
- 電車の場合、JR長万部駅から函館バス「上三本杉行き」に乗り、「美利河ダム前」で降車後、徒歩約5分です。お車の場合は、道央自動車道の国縫インターチェンジから約11キロメートルです。
- 通年で見学できますか?
- ピリカ旧石器文化館は12月1日から3月31日まで冬期休館となります。また、通常開館期間中も毎週月曜日と祝日の翌日は休館日となります。冬季は積雪のため屋外の遺跡見学も難しくなりますので、4月から11月のご訪問をおすすめいたします。
- 「ピリカ」とはどういう意味ですか?
- 「ピリカ」はアイヌ語で「美しい」「良い」を意味する言葉です。遺跡の脇を流れるピリカベツ川にもこの名が冠されており、北海道の自然と先住民族の言葉が結び合わさった地名です。
- 出土した石器を実際に見ることはできますか?
- はい。重要文化財に指定された163点はピリカ旧石器文化館で実物を間近にご覧いただけます。また、史跡内の「石器製作跡」では、発掘時の出土状況をそのまま保存・展示していますので、当時の石器のたたずまいを臨場感とともに味わえます。
基本情報
| 名称 | ピリカ遺跡(ぴりかいせき) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定史跡(1994年〔平成6年〕4月26日指定) |
| 時代 | 後期旧石器時代(約20,000〜12,000年前) |
| 遺跡の規模 | 遺跡全体は約20万平方メートル(うち約99,090平方メートルが史跡指定範囲) |
| 所在地 | ピリカ旧石器文化館:〒049-4151 北海道瀬棚郡今金町字美利河228-1 |
| 開館時間 | 9:30〜16:30 |
| 休館日 | 月曜日、祝日の翌日、12月1日〜3月31日(冬期休館) |
| 入館料 | 無料 |
| アクセス | JR長万部駅から函館バス「上三本杉行き」で「美利河ダム前」下車徒歩約5分/道央自動車道 国縫ICから約11km |
| 電話番号 | 0137-83-2477(開館期間中)/0137-82-3488(休館期間中・今金町教育委員会) |
| 主な出土品 | 石器20万点以上が出土、うち163点が国の重要文化財に指定 |
参考文献
- 史跡 ピリカ遺跡 - 今金町公式サイト
- https://www.town.imakane.lg.jp/pirika/
- ピリカ旧石器文化館 - 今金町公式サイト
- https://www.town.imakane.lg.jp/pirika/cat629/post.html
- ピリカ遺跡 - 文化遺産オンライン (国指定文化財等データベース)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/137564
- ピリカ旧石器文化館 - 北海道デジタルミュージアム
- https://hokkaido-digital-museum.jp/facility/national-historic-site-pirika/
- ピリカ遺跡 - 北海道縄文のまち連絡会
- http://www.jomon-town.org/site/ピリカ遺跡/
- ピリカ遺跡 - コトバンク (国指定史跡ガイド)
- https://kotobank.jp/word/ぴりか遺跡-1444893
最終更新日: 2026.04.26