石切場の跡に生まれた庭

園内でもっとも大きな庭石は、幅およそ五・八メートル、池の水面からの高さおよそ四メートルに達する。日本の庭園に据えられた石としては、最大級の部類に入る。表面に目を近づけると、四角い小さな窪みが規則正しく並んでいるのがわかる。矢穴と呼ばれるもので、かつてこの場所で石を割り出した職人たちが残した痕である。

旧益習館庭園は、淡路島最大の町である洲本(兵庫県洲本市)の市街に位置する。曲田山という標高約五十五メートルの小高い丘の北の裾に開かれ、面積はおよそ五千四百平方メートル。池を中心に園路をめぐらせた池泉回遊式の庭である。平成三十一年(二〇一九)二月二十六日、国の名勝に指定された。淡路島の庭園としては初めての指定であった。

同じ格をもつ庭の多くは、寺院や公家、あるいは大名の手によって造られた。この庭の出自は少し違う。武家の一族が、稼働していた石切場の跡地に開いた庭であり、その荒々しい成り立ちが今も景色のなかに残っている。

石切場から武家の別荘へ

はじまりは寛永八年(一六三一)にさかのぼる。洲本の城下町のうち、外町と呼ばれる一画の建設が始まり、その石材が曲田山の斜面から切り出された。町が整うと、用済みとなった石切場の跡が、稲田氏の別荘の庭として造り変えられた。

稲田氏は、江戸時代を通じて淡路島を治めた徳島藩の筆頭家老である。ここに構えた別荘は西荘と呼ばれた。嘉永七年(一八五四)、稲田家はこの西荘へ私塾の学問所を移し、それ以後この地は益習館と呼ばれるようになる。稲田家臣や地元の素封家の子弟がここに学び、儒学や漢学とともに兵学や武術を修めた。

その静かな日々は、明治三年(一八七〇)に断たれる。明治維新にともなう身分の改革をめぐる対立が庚午事変として噴き出し、徳島藩の藩士が洲本各所の稲田家関係の屋敷を襲った。益習館の建物も焼け落ちた。石と水でできた庭だけが残った。この事変は、淡路島がやがて徳島ではなく兵庫県に属することになる一つの契機ともなった。

その後、庭はいくつかの所有者の手を経た。明治末から昭和の初めにかけての所有者は書院を建て直し、地面の一部に盛り土をして飛び石を加え、四メートルを超える石灯籠などを据えた。土地と建物は平成二十五年(二〇一三)に洲本市へ寄贈された。

名勝に選ばれた理由

寄贈の後に行われた発掘調査によって、庭が長い年月のあいだに姿を変えてきたことが確かめられた。当初の池の一部は埋め立てられ、書院は後の時代に建てられたものだった。それでも、庭の性格を決める要素、すなわち背後にそびえる曲田山、並び立つ巨石、その裾を縁取る細長い池は、大きな改変を受けずに残っていた。

文化庁は、この庭を、江戸時代の淡路島に発達した武家の庭園を代表する一例と位置づけ、その意匠を独特で優れたものと評価している。兵庫県はすでに平成二十八年(二〇一六)三月、これを県の名勝としていた。国の指定は平成三十一年二月、その芸術上の価値と、日本庭園史を考えるうえでの学術的な意義が認められてのことである。

見どころ

やはり石が見どころである。池の山側の護岸に沿って、和泉砂岩の巨石が肩を並べるように据えられ、その規模は建築物を思わせる。石の面に刻まれた矢穴の列を、ぜひ探してみたい。一列ごとに、職人が鉄の楔を打ち込んで岩を割ろうとした位置がわかる。自らの素材をこれほど率直に見せる庭は、そう多くない。

水と植栽が石の硬さをやわらげている。池のまわりにはカエデ類が植えられ、晩秋には庭に暖かな色が差す。斜面の上方はクスノキやアラカシといった常緑樹に移り、下の彩りの背後で山肌の緑を保つ。池をめぐる園路を歩けば、一歩ごとに眺めが変わり、巨石の表情も角度によって異なって見える。

庭の一隅には書院が建つ。通常の公開日には園路の散策のみとなるが、洲本のまちのイベントに合わせて書院が開かれ、呈茶が用意されることもある。十一月下旬には夕刻のライトアップが催される。平成二十七年(二〇一五)から続く催しで、灯りが暗い丘を背に巨石を浮かび上がらせる。

庭のまわり

庭にいたる道のりも、訪問の一部である。古い店構えの残る「洲本レトロこみち」が庭の門まで一直線に通じており、この小径そのものが洲本の見どころの一つとなっている。

少し歩けば、稲田氏ゆかりの厳島神社がある。町の上には三熊山がそびえ、その頂に洲本城が建つ。城の石垣は、この庭の石とおなじ地質に連なる。城山のふもとの淡路文化史料館を訪ねれば、庭と庚午事変、そして島の歴史を広い文脈のなかで知ることができる。

庭へは、神戸淡路鳴門自動車道の洲本インターチェンジから車でおよそ十五分、洲本バスセンターからは徒歩でおよそ十五分である。専用の駐車場はないため、車の場合は近隣の駐車場を利用し、最後の十分ほどを歩くことになる。

よくある質問

Q開園日と開園時間を教えてください。
A公開は土曜・日曜・祝日のみで、時間は十時から十六時までです。年末年始(十二月二十九日から一月三日)は休園で、平日も開きません。入園は無料です。
Q見学にはどのくらい時間がかかりますか。
A池をめぐる園路を歩いて、おおむね三十分から四十五分ほどです。近くの洲本レトロこみちや洲本城とあわせて巡るなら、余裕をもって時間をとると安心です。
Q書院の中に入ることはできますか。
A通常の公開日は庭の散策のみとなります。書院はまちのイベントに合わせて開かれ、呈茶が用意される場合もあります。内部の見学を希望される方は、訪問前に洲本市の案内をご確認ください。
Q訪れるのに良い季節はいつですか。
A晩秋がおすすめです。池畔のカエデが色づき、十一月には夕刻のライトアップも行われます。巨石は通年の見どころですので、晴れた日であればどの季節でも見応えがあります。
Q駐車場はありますか。
A庭園に専用の駐車場はありません。車でお越しの場合は、洲本バスセンター周辺や近隣の商業施設の駐車場を利用し、徒歩十分ほどで門に着きます。

基本情報

名称旧益習館庭園(きゅうえきしゅうかんていえん)
所在地兵庫県洲本市山手三丁目
指定区分国指定名勝
指定年月日平成三十一年(二〇一九)二月二十六日 ※兵庫県指定名勝:平成二十八年(二〇一六)三月十五日
面積約五、三九六・〇八平方メートル
作庭形式池泉回遊式庭園
所有・管理洲本市
公開土・日・祝日 十時から十六時(十二月二十九日から一月三日は休園)
入園料無料
アクセス洲本インターチェンジから車で約十五分/洲本バスセンターから徒歩約十五分

参考資料

国指定文化財等データベース(旧益習館庭園)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00004064
文化遺産オンライン(旧益習館庭園)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/248845
旧益習館庭園 洲本市ホームページ
https://www.city.sumoto.lg.jp/soshiki/34/1735.html
『名勝旧益習館庭園保存活用計画』を策定しました 洲本市ホームページ
https://www.city.sumoto.lg.jp/soshiki/34/17606.html
国名勝旧益習館庭園 淡路文化史料館
https://awajishimamuseum.com/kyu_ekishukan/

最終更新日: 2026.05.23