御影の坂道に建つ大正13年の洋風住宅

旧鍵野家住宅主屋は、兵庫県神戸市東灘区御影二丁目にある大正13年(1924年)建築の木造住宅で、平成28年(2016年)2月25日に登録有形文化財(建造物)に登録された。海側の旧市街から一段上がった傾斜地の住宅街に建ち、阪急神戸線の御影駅も同じ御影二丁目にあって、徒歩数分の距離にある。

木造2階建、一部に地階を伴う。屋根は瓦葺、建築面積は100平方メートル。外観は洋風で、下見板を横に張り、壁面の一部をドイツ壁で仕上げる。ドイツ壁は、モルタルを吹き付けるように打ちつけて粗い粒状の肌をつくる仕上げで、大正から昭和初期の洋風住宅に広く用いられた。屋根面にはドーマー窓が立ち上がる。

地階は趣味ではなく地形の産物だ。この一帯は海に向かって傾いており、斜面に据えた建物は、下手側に自然と一層分の空間を得る。通りを歩けば、隣接する敷地の擁壁を見るだけで勾配の強さがわかる。

内部の使い分けは、棟ではなく階で分かれている。1階に応接室や書斎といった洋室を置き、2階には和室を並べる。この上下の切り分けは設計上の判断として記憶しておきたい。同年代の大規模な邸宅では、洋間は独立した接客棟として和館に付属させるのが一般的だった。ここでは二つの様式が積み重ねられている。敷地が細く、予算に限りがあるときに選ばれる解である。

「ふつうの家」が登録された理由

登録番号は28-0642。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」があてられた。「造形の規範となっているもの」ではなくこちらが選ばれている点に、この住宅の性格が表れている。

大正期の神戸は現役の貿易港であり、港は専門職の層を生んだ。船会社の事務員、通関業者、商社員、銀行員。彼らは著名建築家に邸宅を依頼したりはしない。新設された私鉄沿線に開けていく郊外に手頃な住宅を構え、その住宅が近代的に見えることを望んだ。文化庁の解説も、この建物を貿易港神戸における戦前期中産階級の住宅のあり方を示す例として位置づけている。

年代が示唆的である。阪急神戸線が御影駅とともに開通したのは大正9年(1920年)7月。本件はその4年後に建った。御影に家が建て込んでいくのはちょうどこの時期にあたり、阪神間の住宅地の多くは、鉄道が通ったあとの十年ほどで現在の骨格を得ている。

そして、この家は周囲の多くが失ったものを保っている。東灘区は平成7年(1995年)1月の阪神・淡路大震災で被害の大きかった地域のひとつで、戦前の木造住宅は大きな打撃を受けた。大正13年の建物がこの斜面に今も立っていること自体が、ひとつの経歴である。

孤立して残っているわけでもない。数百メートルの範囲に複数の登録有形文化財があり、御影二丁目323-4の武藤家住宅は平成30年(2018年)に主屋・蔵・女中部屋・門がまとめて登録されている。群として読むと、戦間期の御影を埋めた住宅の幅が見えてくる。

見学にあたって守りたいこと

これは個人が所有する現役の住宅である。資料館ではなく、公開もされておらず、文化財に登録されたからといって見学の権利が生じるわけでもない。適切な接し方は一つしかない。公道から、短時間、敷地に立ち入らず、玄関に近づかずに眺めること。

撮影も同じ節度で扱っていただきたい。公道からの外観撮影は日本では通常許容されるが、居住者のプライバシーが優先する。窓越しに撮らない、長時間留まらない、ドローンを飛ばさない、歩道をふさがない。在宅の方が不快そうであれば、その場を離れるのが正しい対応である。

その範囲でも見るべきものはある。ドーマー窓が下階の窓に対してどう配されているか。下見板とドイツ壁が切り替わる境目はどこか。二つの仕上げは百年のあいだで異なる古び方をしており、その継ぎ目は、この家がどう建てられたかを最もよく語る部分のひとつになっている。

この地区の建築にもっと時間を使いたいなら、より適した行き先が近くにある。南へ1キロほどの御影石町に建つ昭和8年(1933年)の御影公会堂は、登録有形文化財でありながら今も集会施設として稼働し、竣工当時から続く地階の食堂も営業している。西の御影塚町には、昭和5年(1930年)の旧高嶋家住宅主屋を用いた甲南漬資料館があり、こちらも登録有形文化財。開館日は事前に確認しておくとよい。いずれも、他人の家の前に立ち続けることを求めない。

Q&A

Q旧鍵野家住宅主屋は見学できますか。内部に入れますか。
Aできません。個人所有の住宅で、一般公開は一切行われていません。拝観も見学ツアーも内部公開もなく、外から公道越しに眺める以外の方法はありません。
Q旧鍵野家住宅主屋の所在地と最寄り駅を教えてください。
A登録上の所在地は兵庫県神戸市東灘区御影二丁目325-7です。阪急神戸線の御影駅が同じ御影二丁目にあり、徒歩数分。阪神本線の御影駅は南へ約1.2キロ離れています。
Q旧鍵野家住宅主屋を撮影してもよいですか。
A公道からの外観撮影が法的に禁じられているわけではありませんが、現に人が住む家です。短時間の外観撮影にとどめ、窓越しや敷地内を撮らないでください。居住者がいらっしゃる場合は速やかに移動を。
Q旧鍵野家住宅主屋のドイツ壁とはどのような仕上げですか。
Aモルタルを荒く打ちつけて粒状の凹凸を残す外壁仕上げです。大正から昭和初期の洋風住宅で広く用いられました。本件では外壁の一部に使われ、下見板張と組み合わされています。
Q旧鍵野家住宅主屋はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準での登録です。1階を洋室、2階を和室とし、下見板とドイツ壁による近代的な外観をもつ点が、戦前の神戸における中産階級住宅のあり方をよく示すと評価されました。
Q旧鍵野家住宅主屋の近くに他の登録有形文化財はありますか。
Aあります。御影二丁目323-4の武藤家住宅(平成30年登録)がすぐ近くにあり、御影地区全体では登録物件が複数あります。うち実際に建物内へ入れるのは、御影石町の御影公会堂と御影塚町の甲南漬資料館です。

基本情報

名称旧鍵野家住宅主屋(きゅうかぎのけじゅうたくしゅおく)
所在地兵庫県神戸市東灘区御影二丁目325-7
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 28-0642
指定年平成28年(2016年)2月25日登録・告示
員数1棟
寸法木造2階建一部地階付、瓦葺、建築面積100平方メートル(大正13年建築)
所有者個人
公開状況非公開。個人住宅につき公道からの外観見学のみ

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)― 旧鍵野家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010985
文化遺産オンライン ― 旧鍵野家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/254575
兵庫県教育委員会 ― 国登録文化財(建造物)一覧 PDF
https://www.hyogo-c.ed.jp/~shabun-bo/gyouseisituhp/top/31kunitouroku.pdf
神戸市 ― 神戸の文化財
https://www.city.kobe.lg.jp/a21651/kanko/bunka/bunkazai/estate/index.html

最終更新日: 2026.08.26