庭に向かって開く十六畳
旧大西家住宅(みとろ苑)大広間棟は、兵庫県加古川市上荘町見土呂字尾にある大正7年(1918年)頃の木造平屋建で、平成21年(2009年)4月28日に登録有形文化財(建造物)に登録された。加古川右岸の丘陵地に営まれた別邸「みとろ苑」の敷地西北に位置し、南北を庭園に囲まれている。
建築面積は169平方メートル。東西棟の入母屋造桟瓦葺を主屋根とし、背面にもう一つ入母屋屋根を出す。軒より低い位置には銅板庇が建物の周囲をめぐり、瓦とは異なる光を返す水平の帯となって、屋根の量感を受け止めている。
内部の構成は明快である。十六畳の大広間と次の間を東西に並べ、三方に畳縁をまわし、さらに角座敷を付設する。十六畳はおよそ26平方メートル。柱で分断されない床がこれだけ続けば、正装の客を三十人以上迎えても手狭にはならない。
用材の選び方には別格の配慮がある。文化庁の記録は厳選された良材が使われている点を挙げ、座敷構えと繊細な欄間を見どころとして名指ししている。
「造形の規範」という登録基準
登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に始まった。国宝や重要文化財の指定が厳格な現状変更の規制を伴うのに対し、登録は所有者の負担を軽くし、近代以降の建物を幅広く保護の網に入れる仕組みとして設けられている。登録の基準は三つあり、大広間棟が満たしたのはその第一、「造形の規範となっているもの」である。
この点はみとろ苑の中でも際立つ。平成21年に登録された同苑の建造物は3件あるが、造形の規範を理由とするのは大広間棟だけで、表門と渡廊下及び浴室は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」による登録である。調査にあたった側は、大広間棟を景観の一要素としてではなく、設計そのものが参照に値する事例として評価したことになる。
登録番号は28-0391、第63回の登録で、告示は同年5月14日付である。
大西家にはこれだけの普請を行う資力があった。文化庁のデータベースは、大西家が近世には木綿問屋などを営み、近代には大地主となって地域金融機関を創設したと記す。一方、加古川市の解説は、江戸時代後期に綿花栽培によって播州地域の豪農に成長したと説明しており、同じ綿の経済圏の中で力点の置き方が異なる。両者が一致するのは造営の時点で、大正7年、第9代大西甚一平が別邸内に大広間と庭園を新造し、以後この地を「みとろ苑」と呼ぶようになった。
庭園はそれに先立つ平成19年(2007年)、登録記念物(名勝地関係)として単独で登録されている。建築と庭園が別々の制度で二度評価された形だが、両者を切り離して理解することは難しい。庭は大広間棟のために引かれ、大広間棟は庭を見るために開いている。
北庭から座敷へ、水の道筋
見るべき順序は北側から始まる。敷地の北端から緩やかに下る傾斜の裾に大きな露岩を据えて築山とし、その上方に設けた二つの滝から水を落とす。景石と砂利で渓流を象った枯流と実際の水流が、斜面を下りながら分岐と合流を繰り返す。水が行き着く先は、大広間棟の北東隅にある座敷の北面である。この座敷には「滝の間」という名がついている。
大広間の北面には沓脱石が据えられ、そこから飛石が打たれて築山を周回する道につながる。この順序に気づくと、庭と建築の関係が通常とは逆であることがわかる。定位置から鑑賞するために庭を整えたのではない。この座敷から降り立って歩くために、庭が引かれている。
西妻には四畳半台目敷きの茶室「安閑庵」が連接し、その露地庭を経て南庭へ抜けられる。南庭は北庭と趣が異なり、池を中心に巨大な景石と石燈籠を配し、巨石を用いた石橋を架ける。北の流れが動、南の池が静という対比になっている。
そして頭上を見上げたい。文化庁の解説が名指しした繊細な欄間は、庭側からの光と背後からの光で見え方が変わる。透かしの深さを目で追うだけでも時間が要る。
実務的な注意を一つ。みとろ苑は財団法人農村文化協会の所有する私有地で、大広間棟の内部が定期的に公開されているわけではない。拝観受付も入場料の設定も、公表された開館時間もない。敷地の一部が料亭として使われてきた時期があり、立ち入りの可否は文化財の公開事業ではなく所有者側の運営状況に左右されてきた。内部を見たい場合は事前の連絡が必要で、現状は加古川市教育委員会文化財調査研究センター(079-423-4088)に問い合わせるのが確実である。内部での撮影も所有者の許可による。
交通は下調べを要する。最寄りはJR加古川線厄神駅で、直線で約2キロ、徒歩なら30分前後かかる。コミュニティバス「上荘くるりん号」を使えば大幅に短縮でき、駅からタクシーで10分ほどである。車の場合は山陽自動車道三木小野インターチェンジ、または加古川バイパス加古川インターチェンジからいずれも15分程度。周辺の市道は幅員が狭く生活道路を兼ねているため、加古川市は案内された順路での来訪を求めている。
Q&A
- 旧大西家住宅(みとろ苑)大広間棟は見学できますか。拝観料はかかりますか。
- 財団法人農村文化協会が所有する私有の建物で、定期的な一般公開は行われていません。開館時間や拝観料の設定もなく、立ち入りの可否は所有者側の運営状況によります。訪問前に所有者、または加古川市教育委員会文化財調査研究センター(079-423-4088)へ確認してください。
- 旧大西家住宅(みとろ苑)大広間棟はいつ、誰によって建てられたのですか。
- 大正7年(1918年)頃の建築です。第9代大西甚一平が、大西家の別邸内に大広間と庭園を新造しました。この造営を機に、一帯が「みとろ苑」と呼ばれるようになりました。
- 旧大西家住宅(みとろ苑)大広間棟の規模と間取りはどうなっていますか。
- 木造平屋建、瓦葺で建築面積は169平方メートル、員数は1棟です。十六畳の大広間と次の間を東西に並べ、三方に畳縁をまわし、角座敷を付設しています。
- 旧大西家住宅(みとろ苑)大広間棟とみとろ苑庭園はどのような関係にありますか。
- 庭園は大広間と同時期に新造され、建物の北・南・東を囲みます。二つの滝から落ちた水は北東隅の「滝の間」北面に達し、大広間北面の沓脱石からは飛石が築山の周回路へ延びています。庭園は平成19年(2007年)に登録記念物として別途登録されました。
- 旧大西家住宅(みとろ苑)大広間棟のほかに、同じ敷地で登録された建物はありますか。
- 表門と、渡廊下及び浴室の2件があります。表門は通りに南面し、渡廊下は大広間棟から東南方へ矩折れに延びています。3件はいずれも平成21年4月28日に同時登録されました。
基本情報
| 名称 | 旧大西家住宅(みとろ苑)大広間棟 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県加古川市上荘町見土呂字尾375-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号28-0391/登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 平成21年(2009年)4月28日登録、同年5月14日告示(第63回) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積169平方メートル |
| 所有者 | 財団法人農村文化協会 |
| 公開状況 | 定期的な一般公開なし。見学の可否は事前確認が必要 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 旧大西家住宅(みとろ苑)大広間棟
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007655
- 文化遺産オンライン 旧大西家住宅(みとろ苑)大広間棟
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/120727
- 加古川市 旧大西家住宅(みとろ苑)(表門、大広間棟、渡廊下及び浴室)3件/国登録文化財
- https://www.city.kakogawa.lg.jp/soshikikarasagasu/kyouiku/kakuka/kyoikushidobu/bunkazai_cyosa/bunkazai/kunitourokukaisetu/kunitourokukyuuoonisikejuutakumitoroenkaisetu.html
- 加古川市 みとろ苑庭園/国登録文化財
- https://www.city.kakogawa.lg.jp/soshikikarasagasu/kyouiku/kakuka/kyoikushidobu/bunkazai_cyosa/bunkazai/kunitourokukaisetu/kunitourokumitoroenteienkaisetu.html
最終更新日: 2026.08.05