神社の参道に立つ仏塔
広峯神社宝篋印塔は、兵庫県姫路市広嶺山にある石造の宝篋印塔で、文化庁は室町前期(1333年から1392年)の造立とし、昭和28年(1953年)8月29日に国の重要文化財に指定された。
この山にある三件の国指定のうち、指定がもっとも早いのがこの塔である。上の本殿と拝殿より7年先に指定を受けた。三件のなかで建物でないのもこれだけだ。
宝篋印塔は、内部に納める『宝篋印陀羅尼経』にちなむ名を持つ石塔の一形式である。四角い笠の隅が上へ反り返る隅飾突起と、その上下に重なる段が目印になる。神社の境内に仏塔が立っていることは、置き場所の誤りではない。明治の神仏分離以前、広峯は神と仏がひとつの体系として祀られた場であり、この塔はその時代の姿を石で残した数少ない遺品にあたる。
刻まれたものを読む
姫路市の文化財解説は、この塔を部位ごとに記述している。反花式の基壇の上に基礎を据える。基礎は四面それぞれに輪郭を巻き、その内側に格狭間を入れるが、格狭間の内部は素面のまま、花文などは彫られていない。
読みどころは塔身にある。四面に線刻の月輪を彫り、その中に胎蔵界の種子(梵字)を刻む。一面にひと文字ずつ、四方に四文字。梵字を知らなくても構図は伝わる。四つの面、四つの円、四つの文字が、石の上に方位を敷いている。
装飾を抑えたこの造りが評価につながった。14世紀の関西の石塔は、笠の隅飾の形と基礎の格狭間の処理で類型が分けられる。この塔は関西形式の代表例のひとつとして国指定の一覧に挙げられており、素面の格狭間と、浮彫でなく線刻で表した月輪が、その地域的な流儀の中に位置づけられる。
確定していない点が二つある。文化庁データベースは年代を1333年から1392年とするが、神社の境内案内は鎌倉時代後期の造立と考えられていると記しており、こちらのほうがやや遡る。総高についても公表値に幅があり、約208センチとするものと約224センチとするものが流通している。文化庁の記録には寸法の記載がない。おおむね2メートル台、造立は14世紀前後、と押さえておくのが実際的だろう。
石段の途中で見つける
うっかりすると通り過ぎる。塔は表門に向かって右側の斜面に立っている。随神門の少し手前、石段の途中で、参道の正面ではなく木立の奥に引っ込んで据えられている。
近づいたら急がずに見たい。尾根の上で四百年以上雨を受けてきた石は、輪郭がすでに丸い。線刻の月輪は、朝夕の斜めの光でいちばんよく浮かぶ。浅い彫りが影を作るからである。真上からの光の下では、ほとんど消えてしまう。
山を下りて二十分ほどのところに、比べてみたい対象がある。姫路城の石垣には、築城の際に寺社から集められた石造物が転用石として組み込まれており、そのなかには石塔の部材も含まれる。同じ地域、ほぼ同じ世紀の石塔で、完全な形で立ち続けているものは、それだけ数が少ない。基礎・塔身・笠が順に積まれたままのこの塔を見ておくと、石垣に嵌め込まれた破片が何だったのかが具体的に見えてくる。
塔は参道脇の屋外にあるため、見学は社務所の時間に縛られない。ただし山道と石段を考えると、明るいうちに訪れるのが現実的である。社務所は9時から16時30分、ご祈願の受付は16時まで。境内の拝観料や撮影についての明記は公式サイトにないので、祭典中の撮影は社務所で確認したい。姫路駅から神姫バスで競馬場前まで約20分、そこからタクシーで約10分。車では播但連絡有料道路花田ICから駐車場まで約30分。鳥居前から境内までは徒歩約10分で、その途中にこの塔が現れる。社殿より先に目に入るのは、この石塔のほうである。
Q&A
- 広峯神社宝篋印塔は境内のどこにありますか。
- 姫路市の解説によれば、表門に向かって右側の斜面に立っています。実際には石段を登る途中、随神門の少し手前で、参道の右奥に見えます。屋外にあり、一年を通して外から見学できます。
- 広峯神社宝篋印塔は仏教の石塔ですが、なぜ神社の境内に立っているのですか。
- 明治元年(1868年)の神仏分離以前、日本の多くの霊場では神と仏がともに祀られており、広峯もそのひとつでした。神社の境内に宝篋印塔が立っているのは、その神仏習合の時代の名残です。この山でその姿を留める数少ない遺品にあたります。
- 広峯神社宝篋印塔はいつ造られたものですか。
- 文化庁は室町前期とし、1333年から1392年の範囲を示しています。一方、神社の境内案内は鎌倉時代後期の造立と考えられていると記しており、やや遡ります。いずれの資料も紀年銘には言及していないため、14世紀前後と押さえるのが確実です。
- 広峯神社宝篋印塔にはどんな彫刻がありますか。
- 姫路市の解説では、塔身の四面に線刻の月輪を彫り、その中に胎蔵界の種子(梵字)を刻んでいます。基礎は四面に輪郭を巻いて格狭間を入れますが、内部は素面です。基壇は反花式で、蓮弁を伏せた形をとります。
- 広峯神社宝篋印塔の高さはどれくらいですか。
- 文化庁データベースに寸法の記載はありません。公表されている数値には幅があり、約208センチとするものと約224センチとするものが見られます。おおよそ2メートル台、と考えてください。正確な数値が必要な場合は神社または姫路市文化財課へお問い合わせください。
基本データ
| 名称 | 広峯神社宝篋印塔 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県姫路市広嶺山52 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物・近世以前/その他) |
| 指定年 | 昭和28年(1953年)8月29日 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 文化庁データベースに記載なし。公表値は総高約208センチから約224センチまで幅がある |
| 所有者 | 広峯神社 |
| 公開状況 | 参道脇の屋外に立ち、常時見学可。社務所9:00〜16:30 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)広峯神社宝篋印塔
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/2346
- 文化遺産オンライン 広峯神社宝篋印塔
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/190183
- 姫路市 広峯神社宝篋印塔
- https://www.city.himeji.lg.jp/kanko/0000001788.html
- 廣峯神社公式サイト 境内案内
- https://hiromine.or.jp/precincts/
- 廣峯神社公式サイト アクセス
- https://hiromine.or.jp/access/
最終更新日: 2026.08.26