本徳寺中宗堂:姫路に残る明治期の希少な複合仏堂

兵庫県姫路市亀山に広がる亀山本徳寺の境内に、明治31年(1898年)に建立された中宗堂(ちゅうそうどう)が静かにたたずんでいます。帝室技芸員として知られる名棟梁・九世伊藤平左衛門の手によるこの堂宇は、入母屋造の前室と重層宝形造の後室を組み合わせた独特の複合形式を持ち、内陣と外陣を備えた本格的な仏堂です。平成15年(2003年)に国登録有形文化財に登録された中宗堂は、全国でも現存例が極めて少ない建築遺構であり、浄土真宗の寺院建築を知るうえで貴重な存在となっています。

亀山本徳寺の歴史

本徳寺の歴史は、永正12年(1515年)にまで遡ります。蓮如上人の門弟である法専坊空善が、飾磨郡英賀の英賀城下に本堂(英賀御堂)を開創したのが始まりです。播磨三木氏の庇護のもとで発展し、一向宗の西日本における重要な拠点として栄えました。

天正8年(1580年)、羽柴秀吉による英賀城攻めに先立ち、寺は戦火を避けるため、秀吉から寄進された亀山の地に移転されました。これが現在の亀山本徳寺の始まりです。慶長7年(1602年)に本願寺教団が東西に分裂すると、本徳寺は池田輝政の政策のもとで西本願寺に属し、以後、播磨における本願寺派の根本道場として380余の寺院を束ねる存在となりました。

しかし安政の大地震(1855年)で本堂が損傷し、再建を進めていた矢先の明治元年(1868年)に大工小屋から出火し、本堂が焼失してしまいます。この窮状を憂慮した西本願寺は、明治6年(1873年)に京都の北集会所を本徳寺に移築し、新たな本堂としました。中宗堂もまた、江戸末期の火災で失われた前身堂に代わるものとして、明治31年(1898年)に再建されたものです。

文化財指定の理由と建築的価値

本徳寺中宗堂は、平成15年(2003年)1月31日に国登録有形文化財(建造物)として登録されました。その登録理由には、いくつかの重要な観点があります。

第一に、中宗堂という建築類型の希少性です。浄土真宗の寺院において中宗堂は、宗祖や中興の祖を祀るための特別な堂宇であり、本堂とは異なる固有の役割を担っています。全国的に見ても現存する中宗堂は極めて少なく、本徳寺のものはその中でも保存状態が良好な貴重な一例です。

第二に、二つの異なる屋根形式を一棟に複合させた高度な建築構成が挙げられます。前室は入母屋造平入で向拝一間を備え、後室は重層宝形造という荘厳な形式を取っています。全体を本瓦葺とした重厚な外観は、浄土真宗の伝統的な堂宇建築の格式をよく伝えています。

第三に、内陣と外陣を備えた本格的な複合仏堂の構成をもつことです。これは浄土真宗における正統的な堂宇設計の基準を満たすものであり、宗教建築としての完成度の高さを示しています。設計者である九世伊藤平左衛門の卓越した技量が遺憾なく発揮された作品といえます。

名棟梁・九世伊藤平左衛門

中宗堂の設計を手がけた九世伊藤平左衛門(1829〜1913年)は、明治時代を代表する建築家の一人です。尾張藩の作事方を代々務めた工匠の棟梁の家に生まれ、父のもとで伝統建築の技術を修得した後、東京・横浜で西洋建築を学び、さらに中国に渡って仏教建築の調査を行うなど、和洋中の建築技法に精通した稀有な存在でした。

主な作品には、京都の東本願寺御影堂、北海道函館の真宗大谷派函館別院(日本初の鉄筋コンクリート造寺院建築)、旧愛知県庁舎、旧三重県庁舎などがあります。明治29年(1896年)には帝室技芸員に任命され、1900年のパリ万国博覧会では金牌を受賞するなど、国内外で高く評価されました。

本徳寺中宗堂は、伊藤が長年培った真宗寺院建築の設計理念と卓越した構造技術が結実した作品であり、その円熟した作風をよく表しています。

見どころ・建築の魅力

中宗堂の最大の見どころは、二つの異なる屋根形式が織りなす独特のシルエットです。前室の入母屋造の屋根は、優美な曲線を描きながら左右に広がり、その奥にそびえる後室の重層宝形造の屋根は、天に向かって力強く立ち上がります。この前後の対比が、参拝者に視覚的なリズムと荘厳さを感じさせます。

前面の向拝は一間の規模で、参拝者を迎える品格ある空間を形成しています。建築面積155平方メートルの堂内には、内陣と外陣が明確に区画されており、浄土真宗の伝統的な礼拝空間が忠実に再現されています。

中宗堂を訪れた際には、約2万平方メートルの広大な境内に点在する他の歴史的建造物もぜひご覧ください。新撰組の刀傷が残る本堂、石川ヨシ子画伯による85枚の極彩色天井画が飾られた大広間、精緻な透かし彫りが施された大門、城郭を思わせる太鼓楼など、30棟を超える文化財建造物が境内に現存しています。

周辺情報

亀山本徳寺は姫路市南部に位置し、周辺には多くの観光名所があります。

  • 姫路城(世界遺産):白鷺城の愛称で知られる日本屈指の名城。寺院から車で約15分。白漆喰の優美な外観と精巧な防御構造が見どころです。
  • 書写山圓教寺:ロープウェイで登る山上の天台宗寺院。映画「ラストサムライ」のロケ地としても知られ、深い森に抱かれた堂宇群は圧巻です。
  • 姫路市立美術館:旧陸軍第十師団兵器庫を活用した赤レンガの建物自体が国登録有形文化財。姫路城の東側に位置しています。
  • 灘のけんか祭り:毎年10月に松原八幡神社で行われる姫路を代表する祭礼。華やかな屋台同士が激しくぶつかり合う勇壮な光景は必見です。
  • 亀山御坊楽市楽座:毎月第4日曜日に本徳寺境内で開催される市。新鮮な農産物や海産物、手作り品が並びます。

Q&A

Q中宗堂とはどのような建物ですか?
A中宗堂(ちゅうそうどう)は、浄土真宗の寺院において宗祖や中興の祖を祀るための特別な堂宇です。本堂(阿弥陀堂)とは別に設けられ、固有の礼拝空間として機能します。全国でも現存例が極めて少なく、本徳寺の中宗堂はその希少な遺構のひとつです。
Q中宗堂は見学できますか?
A中宗堂は亀山本徳寺境内にある現役の宗教施設です。境内の散策や外観の見学は開門時間中(9:00〜16:00)であれば自由にできます。内部の拝観については、特別公開や法要時に可能となる場合がありますので、事前に寺務所(TEL: 079-235-0242)にご確認ください。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR姫路駅から山陽電鉄(普通列車)に乗車し、亀山駅で下車。東へ徒歩約3分です。JR姫路駅南口からタクシーを利用すれば約10分で到着します。乗用車の場合は姫路バイパス姫路南ランプから約3分で、境内に無料駐車場(乗用車50台分)があります。
Q拝観料はかかりますか?
A亀山本徳寺の境内拝観は無料です。浄土真宗のため御朱印の授与はありませんが、500円以上の懇志を納めると参拝記念証をいただくことができます。「倶会一處」「泥洹殿」「摂取不捨」の3種類からお選びいただけます。
Q本堂の新撰組の刀傷とはどのようなものですか?
A本徳寺の本堂は、もともと京都・西本願寺の北集会所でした。幕末の慶応元年(1865年)から慶応3年(1867年)まで新撰組の屯所として使用された建物で、明治6年(1873年)に本徳寺に移築されました。本堂北側の柱には、隊士たちがつけた刀傷が今も残されています。なお、これは本堂に関する歴史であり、中宗堂とは異なる建物です。

基本情報

名称 本徳寺中宗堂(ほんとくじちゅうそうどう)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成15年(2003年)1月31日
建築年 明治31年(1898年)
設計 九世伊藤平左衛門(帝室技芸員)
構造 木造平屋建、瓦葺、建築面積155㎡
建築形式 入母屋造平入の前室と重層宝形造の後室を複合させた堂宇、向拝一間付、本瓦葺
所有者 宗教法人本徳寺
宗派 浄土真宗本願寺派(西本願寺)
所在地 〒670-0973 兵庫県姫路市亀山324
アクセス 山陽電鉄亀山駅から東へ徒歩約3分/JR姫路駅南口からタクシー約10分
開門時間 9:00〜16:00(年中無休)
拝観料 無料
駐車場 無料(乗用車50台、大型バス10台)
電話番号 079-235-0242

参考文献

本徳寺中宗堂 – 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/187860
亀山本徳寺 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E5%BE%B3%E5%AF%BA
亀山本徳寺 – 姫路市公式サイト
https://www.city.himeji.lg.jp/kanko/0000002129.html
伊藤平左衛門 (9世) – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E5%B9%B3%E5%B7%A6%E8%A1%9B%E9%96%80_(9%E4%B8%96)
亀山御坊本徳寺 公式サイト
https://k-hontokuji.com/
国登録有形文化財(建造物) – 姫路市
https://www.city.himeji.lg.jp/kanko/category/1-2-6-1-2-1-0-0-0-0.html

最終更新日: 2026.03.29