方位が名前になった蔵 ― 川西市郷土館(旧平安家住宅巽蔵)

巽は東南を指す。十二支を円周に配した方位の呼び名で、この蔵は旧平安家住宅の敷地の東南角にそのまま建っている。名前が住所を兼ねているような建物である。建てられたのは大正7年から8年(1918〜1919年)、屋敷の主要な建物がまとめて整えられた時期にあたる。

建築面積は27平方メートル。旧平安家住宅に4棟ある蔵のなかでは最も小さい。ただ小さいぶん、手のかけ方がかえって目につく。切妻造の屋根に本瓦葺、平瓦と丸瓦を交互に伏せる古式の葺き方をとり、外壁は漆喰塗りの土蔵造とする。火災から家財や帳簿を守るための構えである。

基礎は切石積み。石を切りそろえて積み、その上に漆喰の壁を載せる。地面からの湿気と跳ね返る雨を壁から遠ざける工夫で、大正期の質のよい蔵にはこの手法がよく見られる。内法から下は板張りとしており、荷の出し入れで壁を傷めない実際的な処理になっている。漆喰の補修は手間だが、板なら替えがきく。

そして妻壁の丸窓。この蔵を覚えて帰る人が最初に挙げるのは、たいていこの開口である。同じ敷地の北蔵にも妻壁の丸窓があり、屋敷全体で意匠の呼吸が揃えられていたことがうかがえる。

登録有形文化財という位置づけ

巽蔵の登録年月日は平成9年(1997年)5月7日、登録告示は同年5月29日、登録番号は28-0010。種別は登録有形文化財(建造物)で、登録基準は「造形の規範となっているもの」とされている。その類型の造りの標準を示す建物、という評価である。

国宝や重要文化財の「指定」と、この「登録」は制度の性格が違う。指定は限られた数の建造物を対象に、現状変更に厳しい規制をかける。これに対して登録は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられた比較的新しい仕組みで、明治から昭和初期にかけての建物が届出も評価もされないまま失われていく状況に対応するために作られた。所有者は大きな改変の前に届け出れば足り、建物を使い続けながら守ることができる。規制を軽くしたぶん、対象の裾野を広げたと考えるとわかりやすい。

旧平安家住宅では、主屋・離れ・長屋門・玄関・玄関門・浴室・巽蔵・大納屋・北納屋・南納屋・西納屋・北蔵・西蔵・乾蔵・屋根塀の15棟がまとめて登録されている。1棟だけを取り出せば27平方メートルの小さな蔵にすぎないが、東側に南北へ連なる蔵と納屋の列の南端を占める建物として見ると、屋敷の使われ方そのものが読み取れる位置にある。

銅を吹いた家の蔵

平安家の生業は銅の製錬だった。多田銀銅山の鉱脈は兵庫県の川西市・猪名川町・宝塚市から、大阪府の能勢町・豊能町・箕面市・池田市にかけて広がる。採掘は平安時代後期に能勢の地域で始まったとされ、川西市国崎地区の奇妙山神教間歩から奈良時代に東大寺大仏の銅を産出したという伝説も残るが、これは伝承として扱われている。最盛期は豊臣秀吉による経営から江戸時代前期にかけてで、郷土館の周辺、山下町の下財屋敷も製錬町として栄えた。

下財屋敷の北にあった平安家は明治以降も製錬を続け、大正時代には旧平安家住宅の北東側に近代化された製錬所を新設した。発掘調査と聞き取りにより、溶鉱炉・真吹炉・送風機小屋・煙突からなる構成であったことが確認されている。操業は昭和10年頃まで。ただし仕上げの工程には近世以来の真吹炉を用いており、すでに転炉を導入していた同時代の製錬所と比べれば、伝統的な小規模製錬所というのが実態に近い。

その視点で敷地に立つと、蔵の意味が変わる。裏山の斜面が製錬所の跡で、この屋敷の暮らしは山から出る銅で成り立っていた。

訪ねるときに

川西市郷土館は昭和63年(1988年)11月、旧平安家住宅を活用して開館した。敷地内には小戸から移築復元された洋館の旧平賀家住宅、美術館のミューゼレスポアール、アトリエ平通が点在する。旧平安家住宅は令和5年(2023年)10月から耐震補強改修のため見学を休止し、令和6年(2024年)10月12日に受け入れを再開した。

巽蔵を見るなら、庭側からではなく屋敷の内側から東の境界に向かって歩きたい。蔵と納屋が南北一列に並んで敷地を限っており、その南端に立つのがこの蔵である。屋根を見上げてから、丸窓を探すとよい。

蔵の内部は通常公開されていない。とはいえ、切石の基礎、内法下の板張り、漆喰、本瓦。大正期の蔵の腕前は、そのほとんどが外に出ている。

Q&A

Q「巽蔵」という名前の由来は何ですか。
A巽は東南の方位を指す古い呼び方です。この蔵が屋敷地の東南の角に建っていることから、そのまま名称になりました。
Q蔵の中に入ることはできますか。
A蔵の内部は通常の見学コースには含まれていません。外観をご覧いただく形になります。展示は主屋内の鉱山資料展示室や箸の展示室で公開されています。
Q登録有形文化財と重要文化財はどう違いますか。
A登録は平成8年の文化財保護法改正で始まった制度で、築およそ50年以上の建物を対象に、使いながら守ることを主眼としています。大きな改変の際は届出制です。重要文化財の指定はより限定的で、現状変更への規制も厳しくなります。
Q電車での行き方を教えてください。
A阪急電鉄川西能勢口駅またはJR川西池田駅で能勢電鉄に乗り換え、山下駅で下車して徒歩約15分です。車の場合は普通車13台分の駐車場があります。
Qほかの登録建造物も同じ日に見られますか。
A見られます。旧平安家住宅の15棟はすべて同じ敷地内にあり、旧平賀家住宅やミューゼレスポアールも隣接しています。ゆっくり回るなら1時間半から2時間ほどをみておくと安心です。

基本情報

名称川西市郷土館(旧平安家住宅巽蔵)
種別登録有形文化財(建造物)
登録番号28-0010
登録年月日平成9年(1997年)5月7日(告示 同年5月29日)
登録基準造形の規範となっているもの
年代大正7〜8年(1918〜1919年)
員数1棟
構造及び形式木造平屋建、瓦葺、建築面積27平方メートル
種別区分住宅/建築物
所在地兵庫県川西市下財町4-1
所有者川西市
開館時間午前10時〜午後4時30分(入館は午後4時まで)
休館日月曜・火曜・水曜(祝日は開館)、12月28日〜1月4日
入館料18歳を超える方300円、18歳以下150円(各種減免あり)
交通能勢電鉄山下駅から徒歩約15分
電話072-794-3354

参考ページ

国指定文化財等データベース(文化庁)川西市郷土館(旧平安家住宅巽蔵)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000146
川西市「郷土館」
https://www.city.kawanishi.hyogo.jp/shiseijoho/shokai/kankouannai/1003058/kankou_kyodo.html
川西市「郷土館の施設説明」
https://www.city.kawanishi.hyogo.jp/shiseijoho/shokai/kankouannai/1003058/kyodokan_syosai.html
文化遺産オンライン「川西市郷土館(旧平安家住宅主屋)」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/135848
川西市「【令和8年4月1日から】文化財資料館及び郷土館の開館日を変更します」
https://www.city.kawanishi.hyogo.jp/kurashi/shimin/sports/1009251/1023735.html

最終更新日: 2026.07.22