華道の師範のために建てられた家

中山家住宅主屋は、兵庫県芦屋市三条町にある昭和5年(1930年)竣工の木造2階建住宅で、平成19年(2007年)に国の登録有形文化財となった。文化庁は設計を武田五一とし、施主が華道の師範であったこと、その好みに応えた住宅であることを記録している。

この一点で建物の読み方が変わる。華道の師範は、部屋を抽象的には注文しない。花を生けるには特定の床の間があり、特定の光があり、見る距離があり、器を据える床がある。結果として建ったのは、暖炉付の居間と、座敷飾りのある和室と、茶室とを、一枚のスペイン瓦の屋根の下に収めた家だった。

建築面積は139平方メートル、地下室が付く。外壁はクリーム色のモルタルを粗面に仕上げている。六甲山の南麓、大正から昭和初期にかけて大阪の実業家や専門職の住まいが並んでいった斜面地の一角にある。

外はスペイン瓦とモルタル、中には茶室。同時代の住宅では、この組み合わせが妥協として表に出てしまうことも多い。文化庁の評価はこの家について違う書き方をしている。和洋の意匠を破綻なく融合させた作品、と。

武田五一と、卒業論文に選んだ茶室

武田五一(1872年~1938年)は「関西建築界の父」と呼ばれる建築家である。明治30年(1897年)に東京帝国大学工科大学造家学科を首席で卒業し、卒業論文の題材に選んだのが茶室だった。明治34年(1901年)から欧州に留学し、アール・ヌーヴォーやセセッションを現地で直接見て帰国する。当時の日本でこの経験を持つ建築家は多くない。帰国後は京都高等工芸学校教授、大正7年(1918年)に名古屋高等工業学校長を務め、京都帝国大学工学部への建築学科設置に尽力して、大正9年(1920年)の開設とともに同学科の教授となった。フランク・ロイド・ライトを日本に紹介した人物としても知られる。

この経歴を中山家住宅主屋の横に置くと、この仕事が小さな住宅設計に見えなくなる。学生時代の論文に茶室を選び、欧州で西欧の新しい造形を直接吸収し、その後長く京都で教えた人物である。茶室と暖炉を同じ建物に入れて、どちらも客分に見せずに済ませられる書き手は、当時そう多くはなかった。

登録年月日は平成19年(2007年)5月15日、登録番号は28-0264、第54回の登録で、基準は「造形の規範となっているもの」。同じ日に、同家の表門及び塀も別件として登録されている。なお文化庁データベースでは本件の登録告示年月日が空欄になっており、記録を厳密に引用する場合は注意が必要である。

芦屋という土地、そして実際に見られるもの

この住宅は非公開である。私有物件で、いかなる形でも公開されていない。芦屋市が公表している指定・登録文化財一覧では、所在地の欄そのものが非公開として扱われている。所在を特定したり近づいたりすることは避けてほしい。この建物を知る理由は、訪ねる先を得ることではなく、土地の性格を知ることにある。

その土地は、それ自体で理解する価値がある。芦屋は神戸と大阪の間、六甲山地と海に挟まれた細い帯状の土地に位置する。明治末から鉄道会社がこの帯を「工業都市の外で暮らす場所」として売り出し、以後ここで育った文化は阪神間モダニズムと呼ばれてきた。学校、クラブ、教会、そして西洋式の平面と和室とを誰かが折り合わせなければならない住宅が、数多く建てられている。

その折り合いのひとつが、すぐ近くで公開されている。山手町の旧山邑家住宅、現在のヨドコウ迎賓館である。設計はフランク・ロイド・ライト、竣工は大正13年(1924年)。昭和49年(1974年)に重要文化財となり、日本でライトの建築を実際に歩ける数少ない場所として残る。中山家住宅主屋の記録と並べて見れば、同じ斜面で同じ問いに対し、六年の間にどれだけ幅のある答えが出されていたかがわかる。

三条町にはもうひとつ、弥生時代の高地性集落である会下山遺跡がある。平成23年(2011年)に国の史跡に指定された。芦屋市は近代建築の散策マップや個別物件の冊子を公開しており、この町を一日歩く計画を立てるならそこから始めるのがよい。

芦屋には三つの路線の駅が海側から山側へ順に並ぶ。南から阪神芦屋駅、中ほどにJR芦屋駅、最も山側に阪急芦屋川駅があり、山手の住宅地に近いのは阪急芦屋川駅である。JR芦屋駅は大阪から約15分、三ノ宮からは10分足らず。

Q&A

Q中山家住宅主屋は見学できますか。
Aできません。私有物件で完全に非公開です。内部・敷地とも見学できず、特別公開もありません。芦屋市の一覧では所在地の欄も非公開として扱われています。所在の特定や現地への接近は控えてください。
Q中山家住宅主屋は誰が設計したのですか。
A文化庁は武田五一(1872年~1938年)の設計としています。京都帝国大学工学部への建築学科設置に尽力した建築家で、「関西建築界の父」と呼ばれます。華道師範であった施主の好みに応えた住宅である旨も記録されています。
Q中山家住宅主屋はどのような造りの建物ですか。
A木造2階建、建築面積約139平方メートルで地下室が付きます。屋根はスペイン瓦葺、外壁はクリーム色のモルタル粗面仕上げ。内部には暖炉付の居間、座敷飾りのある和室、茶室などを備えます。
Q中山家住宅主屋はいつ登録有形文化財になったのですか。
A登録年月日は平成19年5月15日、登録番号は28-0264で第54回の登録です。同じ日に同家の表門及び塀も別件として登録されています。
Q中山家住宅主屋の周辺で公開されている建物はありますか。
A山手町のヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)が公開されています。フランク・ロイド・ライトの設計で大正13年竣工、昭和49年に重要文化財となりました。三条町には国史跡の会下山遺跡もあります。芦屋市が近代建築の散策マップを公開しています。

基本データ

名称中山家住宅主屋(なかやまけじゅうたくしゅおく)
所在地兵庫県芦屋市三条町(芦屋市の公表一覧では所在地非公開)
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 28-0264(第54回登録)
指定年登録:平成19年(2007年)5月15日(告示年月日は文化庁データベースに記載なし)
員数1棟(表門及び塀は別件で登録)
寸法建築面積約139平方メートル、地下室付。木造2階建、スペイン瓦葺
所有者個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。一般の見学はできない

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 中山家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00006014
文化遺産オンライン — 中山家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/197009
芦屋市 — 市内の指定・登録文化財
https://www.city.ashiya.lg.jp/gakushuu/siteitourokubunkazai.html
芦屋市 — 市内の文化財に関する冊子・リーフレット
https://www.city.ashiya.lg.jp/gakushuu/bunkazai_pamphlet.html
芦屋市 — 文化財(ヨドコウ迎賓館に関する情報を含む)
https://www.city.ashiya.lg.jp/gakushuu/zai.html
福山市 — 福山市出身の建築家・武田五一(市刊行物 PDF)
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/uploaded/attachment/62776.pdf

最終更新日: 2026.08.27