西尾家住宅茶室 文政三年の小間
丹波篠山、大山上の西尾家屋敷。主屋座敷の西側に、銅板と瓦を組み合わせた屋根の小さな一棟が建つ。文政三年(1820年)の茶室である。座敷裏の縁からは渡り縁が延び、日常の座敷から茶の席へと歩を運ぶ道筋がしつらえられている。
西尾家は酒造を家業とした。清酒「鳳鳴」を醸す鳳鳴酒造の創業は寛政九年(1797年)にさかのぼり、家は代々、庄屋や篠山藩の御用達も務めている。屋敷内の茶室は表向きの施設ではなく、豊かな商家の私的な暮らしに属する空間だった。客を招き、一碗の抹茶をもてなす座である。
酒造りの場から見学施設へ
この地での酒造りは昭和五十年(1975年)に味間蔵へ移った。平成十三年(2001年)、屋敷は「ほろ酔い城下蔵」として見学施設に改められ、洗米場や釜場、麹室が公開されている。茶室は蔵や離れ、主屋とともに一群の登録有形文化財を構成する建物のひとつである。
登録の理由と間取り
茶室が登録有形文化財に加わったのは平成十六年(2004年)七月。造形の規範となる建築として評価された。国宝や重要文化財が法的な指定を受けて強く保護されるのに対し、登録有形文化財は平成八年(1996年)に始まった、より緩やかな保存の枠組みにあたる。
三畳水屋と六畳茶室
内部は三畳の水屋と六畳の茶室から成る。水屋は道具をすすぎ、整える支度の場である。西面の北寄りに床を設け、南寄りには風呂先窓を低く開く。釜と風炉の据わる手元へ光を導く位置取りだ。室内には鴨居を渡し、六畳を四畳半として使えるようにした。四畳半は茶の湯で長く基準とされてきた広さにあたる。主屋座敷との間には便所と風呂を配し、茶事が長引く折の実用にも応えている。
見どころ
まず屋根を見たい。小さな一棟に銅板葺と桟瓦が同居し、線を通したい箇所に銅板、面を覆う部分に瓦が使い分けられている。
次に渡り縁へ立ち戻れば、茶室が独立した庭の亭ではなく、主屋に結び付けられていることに気づく。ここでの茶室は屋敷の暮らしの延長にある。
六畳と四畳半を切り替える造りは、二度見する価値がある。狭い側にすれば炉のまわりに間合いが締まり、広く開けば同じ部屋がより多くの客を迎える。鴨居一本と建具で、一室が二つの性格を持つ。茶室は鳳鳴酒造の敷地にあるため、訪ねる際は隣接する酒蔵見学と自然に一続きになる。同じ番地、同じ家に属する建物を併せて見れば、酒造という日々の生業と、静けさのために保たれた座とを、一つの商家がどう両立させたかがよく分かる。
Q&A
- 茶室はいつ建てられましたか。
- 文政三年(1820年)です。平成十六年(2004年)七月に登録有形文化財となりました。
- 見学できますか。
- 茶室は鳳鳴酒造の敷地内にあり、平成十三年(2001年)に「ほろ酔い城下蔵」として見学施設が開かれています。茶室内部の公開状況は時期により異なるため、訪問前に運営者へ確認するとよいでしょう。
- なぜ部屋の広さを変えられるのですか。
- 鴨居を渡すことで、六畳を四畳半に仕切って使えます。四畳半は正式な茶事で基準とされる広さで、一室が小さな席にも大きめの席にも対応します。
- 風呂先窓とは何ですか。
- 釜や風炉を据える手元のわきに低く開けた窓で、点前の場へやわらかな光を入れるためのものです。
- 「登録」と「指定」はどう違いますか。
- 登録有形文化財は平成八年(1996年)に設けられた緩やかな保護の区分で、重要文化財や国宝はより上位の法的指定です。本茶室は指定ではなく登録にあたります。
基本情報
| 名称 | 西尾家住宅茶室(にしおけじゅうたくちゃしつ) |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県丹波篠山市大山上699 |
| 種別 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2004年(平成16年)7月23日/告示 8月17日 |
| 登録番号 | 28-0177 |
| 時代・年代 | 江戸時代・文政3年(1820年) |
| 構造・形式 | 木造平屋建、銅板及び瓦葺、建築面積31平方メートル |
| 員数 | 1棟 |
| 登録基準 | 造形の規範となっているもの |
| 所有 | 個人(西尾家/鳳鳴酒造) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 西尾家住宅茶室
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004275
- 文化遺産オンライン — 西尾家住宅酒蔵
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189010
- 丹波篠山市観光サイト ぐるり!丹波篠山 — ほろ酔い城下蔵
- https://tourism.sasayama.jp/course/course-145/
最終更新日: 2026.07.09