大杉のざんざこ踊 ― 赤熊の鬼が舞う、但馬の山里370年

兵庫県北部、但馬の山あいに、三階建ての養蚕農家が軒を連ねる静かな集落があります。養父市大屋町大杉。蝉の声と夏の陽が谷を満たす八月十六日、その集落の細い道を、長く染められた赤い髪を垂らした踊り手たちの列が進んでいきます。太鼓が鳴り響き、横笛の音が夏空に高く抜けていきます。やがて二宮神社の境内に集まった踊り手たちの顔は、炎のような赤い髪のもとに完全に隠れます。「大杉のざんざこ踊」――地元の人々が古くから「鬼踊り」と呼んできた、神さびた奉納芸能の始まりです。

昭和48年(1973)、国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選定された本踊りは、日本各地で伝承されてきた風流太鼓踊りのなかでも、古式を色濃く残す貴重な一例として知られています。今日も大杉の集落の各戸から踊り手が集い、先祖から受け継がれてきた拍子と装束を、一年に一度この日だけ甦らせています。

疫病鎮めの祈りから生まれた踊り

大杉に伝わる口碑では、ざんざこ踊りの起源は慶安2年(1649)にさかのぼるとされています。当時、但馬一帯を「カガミ」と呼ばれる流行病が襲い、多くの村人が倒れたといいます。これを憂えた大杉の庄屋は、病の鎮まりを祈って伊勢に参拝し、その帰途、奈良の春日大社で神楽の踊りを習い覚え、ふるさとに持ち帰ったと伝えられています。

旧暦七月十六日、氏神である二宮神社にこの踊りが奉納されると、村の病はやがて鎮まり、以後、毎年欠かすことなく奉納されるようになった――そう語り継がれています。史実のすべてを確かめることはできませんが、この物語は、踊りが村人にとって単なる芸能ではなく、疫病や厄災から生活を守るための切実な祈りそのものであったことを、私たちに伝えてくれます。

国の文化財としての価値

昭和48年11月5日、文化庁は大杉のざんざこ踊を「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選定しました。これは、地方色の顕著な民俗芸能を国として記録・保護すべき対象として認めたもので、文化庁の解説文も本踊りを「太鼓踊の一型式を示すもので、地方的特色の顕著なもの」と位置づけています。

評価の中心は、第一に、中世以来の風流太鼓踊りの典型的な構成――指揮役の新発意、中踊り、側踊り、歌い手、笛吹き――を、ほぼ崩さずに伝えている点にあります。第二に、装束や楽器、口拍子の文句が、江戸期からそれほど形を変えずに受け継がれている点です。そして第三に、顔を覆う「赤熊(しゃくま)」のかぶり物は、他の太鼓踊りにはあまり見られない独特の意匠であり、大杉の踊りにきわめて強い視覚的個性を与えています。

見どころ

顔を隠す「赤熊」

大杉のざんざこ踊を一度見た人が最も強く記憶に刻むもの――それが踊り手の頭に揺れる「赤熊」です。赤く染められた長い繊維の束を頭から垂らし、顔も肩もすっかり覆い隠してしまう独特のかぶり物で、踊り手が跳躍するたびに激しく翻ります。人の顔が消え、ただ赤い髪の渦だけが境内を駆けめぐる様は、あたかも人ならざる者が降りてきて舞っているかのよう。この圧倒的な姿ゆえに、大杉のざんざこ踊は古くから「鬼踊り」の名で親しまれてきました。

円陣が描く聖なる幾何学

踊りの中心に立つのは、四人の「中踊り」です。背には「シデ」と呼ばれる大団扇(約2メートル)を負い、二人は丸団扇に鶴文の腹当て、もう二人は軍配形の団扇に軍配文の腹当てを締めます。その周りを大きな輪となって取り囲むのが「側踊り」。腰に締太鼓をつけ、撥を振るって太鼓を打ちながら、ゆっくりと回り続けます。側踊りは集落の各戸から参加するのが伝統で、祭礼当日、二宮神社の境内は100人を超える人々で埋め尽くされます。

太鼓が語る口拍子

踊りの拍子は、代々受け継がれてきた口唱歌によって刻まれます。基本となるのは「ザンザカ、ザカザカ、ザンザカ、ザットー」。この文句にあわせて太鼓の面を打ち鳴らし、踊りそのものの呼び名にもなっています。続いて「カッカラ、カッカラ、カッカラカー」の拍子で太鼓の縁を叩くと、乾いた金属的な響きが加わり、音に奥行きが生まれます。五色の幣を手にする歌い手五人前後、そして横笛を吹く一~三人が、この打音に旋律を添えていきます。

麻袴と軍配扇の指揮者

踊りを統べるのは、ただ一人、顔を隠さずに立つ「新発意(しんぼうち)」です。陣笠、白衣、麻袴、草履といういでたちに、手には軍配扇。軍配をゆるやかに振り下ろすたびに踊りの呼吸が変わり、次の所作へと全体が導かれていきます。仏教的な「新発意」の名を冠したこの役は、ざんざこ踊りが神仏習合のなかで育まれてきたことを静かに物語っており、山里に残る中世の残響を感じさせる存在でもあります。

訪れる方へ

大杉のざんざこ踊は、毎年8月16日の午後1時30分頃から、養父市大屋町大杉の二宮神社境内で奉納されます。観覧は無料で、どなたでもご覧いただけます。奉納は約1時間。近隣の三柱神社では、続いて午後2時から若杉ざんざか踊り(兵庫県指定無形民俗文化財)が奉納されますので、一日のうちに二つの風流太鼓踊りを見比べる、またとない機会になります。

集落は大屋川上流の山あいにあり、北近畿豊岡自動車道「養父インターチェンジ」から車で約20分。鉄道でお越しの場合は、JR山陰本線「八鹿駅」から路線バスまたはタクシーをご利用ください。祭礼当日は集落の小道に多くの人が集まりますので、早めの到着と、歩きやすい靴でのご参拝をおすすめします。神事としての性格を大切にする地域ですので、踊り手の動線をふさがないよう、現地のご案内に従ってご覧ください。

周辺の見どころ

大杉の集落そのものが、日本を代表する文化的景観の一つです。平成29年(2017)には、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。「山村・養蚕集落」としての選定は全国で4地区目、西日本では初めて。江戸後期から昭和初期にかけて建てられた三階建ての養蚕住宅が約12棟、いまも現役の民家として残り、狭い石畳の道沿いに大壁造の壁と抜気(ぬけ)の越屋根が連なる景観は、他では見ることのできないものです。踊りの前後に、集落内を静かに歩いてみることを強くおすすめします。

養蚕農家を改修した「ふるさと交流の家 いろり」では、三階建ての古民家に宿泊して囲炉裏の夜を過ごす体験もできます。近くには古民家を活かしたギャラリーや木彫展示館が点在し、滞在の楽しみが広がります。少し足を延ばせば、兵庫県最高峰の氷ノ山(1,510m)、湯治場として名高い八鹿の温泉地、そして日本遺産「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道」の関連スポットも車圏内。大杉を拠点に、但馬山地の奥深い文化と自然をゆっくりと味わうことができます。

Q&A

Qいつ、どこで見られますか?
A毎年8月16日の午後1時30分頃から、兵庫県養父市大屋町大杉の二宮神社境内で奉納されます。奉納時間は約1時間です。
Qなぜ「鬼踊り」と呼ばれるのですか?
A踊り手が頭に「赤熊(しゃくま)」と呼ばれる赤く染めた長い繊維のかぶり物をつけ、顔を完全に覆うためです。人の顔が消えて赤い髪だけが舞う姿が、鬼のように見えることから、この名で親しまれてきました。
Qどのくらい古い踊りですか?
A地元の伝承では、慶安2年(1649)、当時村を襲った流行病を鎮めるため、大杉の庄屋が奈良の春日大社で習い覚えて持ち帰ったのが始まりと伝えられます。370年以上にわたり、毎年途切れることなく奉納されてきました。
Q入場料はかかりますか?
Aいいえ。二宮神社における神事奉納ですので、どなたでも無料でご覧いただけます。神聖な行事ですので、現地の案内に従い、踊り手の動線を妨げないようご配慮ください。
Q周辺にはどんな見どころがありますか?
A大杉地区そのものが国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、三階建ての養蚕住宅が建ち並ぶ集落景観が見どころです。氷ノ山、八鹿の温泉、日本遺産「銀の馬車道 鉱石の道」関連スポットも車圏内。同じ日の午後2時からは、近隣で若杉ざんざか踊り(県指定無形民俗文化財)も奉納されます。

基本情報

名称 大杉のざんざこ踊(おおすぎのざんざこおどり)
別名 鬼踊り(おにおどり)
指定区分 記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(国選定)
種別 民俗芸能/風流(風流太鼓踊り)
選定年月日 昭和48年(1973)11月5日
保護団体 大杉のざんざこ踊保存会
奉納日 毎年8月16日(午後1時30分頃~)
奉納場所 二宮神社(兵庫県養父市大屋町大杉)
アクセス 北近畿豊岡自動車道「養父IC」から車で約20分/最寄駅はJR山陰本線「八鹿駅」
観覧料 無料

参考文献

文化遺産オンライン「大杉のざんざこ踊」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/200106
国指定文化財等データベース(文化庁)「大杉のざんざこ踊」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/312/432
養父市「まちの文化財(107) 大杉ざんざこ踊り」
https://www.city.yabu.hyogo.jp/soshiki/kyoikuiinkai/shakaikyoiku/1/1/2152.html
やぶ市観光協会「大杉ざんざこ踊り」
https://www.yabu-kankou.jp/sightseeing/oosugizanzakoodori
但馬情報特急「古式勇壮な鬼踊り 《大杉ざんざこ踊り》」
https://www.tajima.or.jp/furusato/traditional_history_estate/124508/
但馬の百科事典「ざんざか・ざんざこ」
https://tanshin-kikin.jp/tajima/206
やぶ市観光協会「重要伝統的建造物群保存地区 大杉」
https://www.yabu-kankou.jp/sightseeing/judentiku-oosugi

最終更新日: 2026.04.22