旧松本安弘邸 — 池のほとりに佇む昭和初期の洋風住宅

兵庫県宝塚市の閑静な住宅街・桜ガ丘に、ブドウ池のほとりにひっそりと佇む洋風建築があります。宝塚市立中央図書館桜ガ丘資料室として活用されている旧松本安弘邸(旧土井邸)主屋は、昭和12年(1937年)に竣工した木造2階建の洋風住宅です。カリフォルニア大学で建築を学んだ川崎忍の設計によるこの邸宅は、建築当初からほとんど手が加えられておらず、戦前の阪神間モダニズムの暮らしを今に伝える貴重な建築遺産として、国の登録有形文化財に登録されています。

歴史的背景

この邸宅は、神戸を拠点に貿易業を営んでいた土井内蔵(どいくら)氏の本宅として建てられました。設計を手がけたのは、土井氏の甥にあたる建築家・川崎忍です。川崎忍は14歳で父とともに渡米し、カリフォルニア大学で建築を学んだ人物で、アメリカで当時流行していたバンガロースタイルの影響を強く受けた設計を行いました。

邸宅は昭和12年(1937年)4月に完成しました。その後、土井内蔵氏の娘・瑠璃子(アイリン)さんとその夫・松本安弘氏に所有が移り、「松本邸」として親しまれるようになりました。平成13年(2001年)、松本安弘氏の遺言により宝塚市に寄贈され、現在は宝塚市立中央図書館の桜ガ丘資料室として、市史に関する歴史資料の保管・公開に活用されています。

文化財としての価値

旧松本安弘邸主屋は、平成17年(2005年)11月10日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました(登録番号28-0194)。登録基準は「造形の規範となっているもの」で、建築的な造形美が高く評価されています。

本建物が文化財として評価される理由は複数あります。第一に、大阪と神戸の間に広がる阪神間の近代住宅文化を代表する洋風住宅として、その歴史的・地域的な意義が認められています。第二に、竣工から約90年にわたり、大きな改修がほとんど行われておらず、建築当初の素材・間取り・装飾がきわめて良好な状態で保存されています。第三に、アメリカで正規の建築教育を受けた数少ない日本人建築家による設計であり、アメリカの住宅様式と日本の建築技術を高い水準で融合させた作品として建築史上の価値があります。平成21年(2009年)には「ひょうごの近代住宅100選」(神戸・阪神間の洋館)にも選定されました。

建築の見どころ

主屋は木造2階建、寄棟造のS字瓦葺きで、建築面積は約170平方メートルです。外壁の腰部分は下見板張りとなっており、洋風建築としての外観を際立たせています。

最も特徴的なのは、玄関に設けられた大きく張り出した庇です。一対の持送り(ブラケット)によって支えられたこの玄関庇は、川崎忍がカリフォルニアで目にしたバンガロースタイルの影響を色濃く反映しています。窓は1枚ガラスの上げ下げ窓(サッシュウィンドー)を採用しており、当時の日本の住宅としては先進的な仕様でした。また、西面に設けられたベイウィンドー(出窓)が、室内に豊かな自然光をもたらしています。

内部には飾り暖炉のある応接室、食堂への受け渡し口を備えた洋風キッチン、アメリカ式のゆったりとした階段ホールなどが当時のまま残されています。構造面では、耐震性に配慮した筋違(すじかい)や太い柱、トラス構造の小屋組みが採用されており、昭和初期の住宅としては非常に先進的な技術が導入されていました。これらの構造的工夫は、平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災にも耐え、建物の長寿命に大きく貢献しています。

設計者・川崎忍について

川崎忍(1890年〜1972年)は広島県出身の建築家です。14歳で父とともに渡米し、カリフォルニア大学で建築学を修めました。帰国後はJ.H.モーガン建築事務所などで実務経験を積み、昭和3年(1928年)に川崎建築設計事務所を開設しました。

主な作品には、弘前女学校、立教女学院ギムナジウム・寄宿舎などがあります。現存する建造物としては、旧松本邸のほか、東京都中央区にある日本基督教団本郷中央協会があり、こちらも国の登録有形文化財に登録されています。川崎の設計作品には、アメリカの住宅様式を日本の風土や気候、地震条件に適応させた独自の工夫が随所に見られます。

見学案内

旧松本安弘邸は通常、宝塚市立中央図書館の桜ガ丘資料室として非公開で運用されていますが、毎年春と秋の2回、計約11日間にわたって一般公開が行われます。公開期間中は、建物の外観だけでなく内部も見学することができ、当時の家具や調度品、建築の細部にわたる意匠を間近に楽しむことができます。

公開日程の詳細は、宝塚市立中央図書館(電話:0797-84-6121)にお問い合わせください。また、宝塚市公式サイト内の「たからづかデジタルミュージアム」では、旧松本邸の360度パノラマ画像による外観と内部のバーチャルツアーが公開されており、現地を訪れることが難しい方にもおすすめです。

最寄り駅は阪急宝塚線またはJR宝塚線の宝塚駅で、駅から徒歩約27分です。ブドウ池のほとりに位置する静かな住宅街を歩いてのアプローチは、緑豊かで心地よい散策となるでしょう。

周辺情報

宝塚市は「歌劇と温泉のまち」として知られ、旧松本邸の周辺にも多彩な観光スポットがあります。宝塚大劇場は旧松本邸から約1.5キロメートルの距離にあり、華やかな宝塚歌劇を鑑賞することができます。漫画の神様・手塚治虫が少年時代を過ごした宝塚市には手塚治虫記念館があり、代表作の原画や映像を楽しめます。宝塚駅から劇場へと続く「花のみち」は、桜の季節には特に美しい散歩道です。

寺社巡りがお好きな方には、火の神・荒神を祀る清荒神清澄寺がおすすめです。約1.2キロメートルの参道には昔ながらの商店が軒を連ね、食べ歩きも楽しめます。西国三十三所第24番札所の中山寺は、安産祈願で広く知られる名刹です。また、宝塚温泉では、観光の疲れを癒すひとときを過ごすことができます。

Q&A

Q旧松本邸はいつ見学できますか?
A毎年春と秋の2回、計約11日間の一般公開が行われています。公開日程の詳細は、宝塚市立中央図書館(電話:0797-84-6121)にお問い合わせください。
Q入場料はかかりますか?
A一般公開時の見学は基本的に無料です。最新情報は図書館にご確認ください。
Q宝塚駅からのアクセス方法を教えてください。
A阪急宝塚駅またはJR宝塚駅から北東方向へ徒歩約27分です。直通バスはないため、徒歩でのアクセスが基本となります。桜ガ丘の住宅街を抜ける緑豊かなルートです。
Q現地に行けない場合、オンラインで見学できますか?
Aはい。宝塚市公式サイト内の「たからづかデジタルミュージアム」で、旧松本邸の外観と内部を360度パノラマ画像でご覧いただけます。
Q旧松本邸を設計したのは誰ですか?
A広島県出身の建築家・川崎忍(1890年〜1972年)です。14歳で渡米し、カリフォルニア大学で建築を学びました。帰国後、J.H.モーガン建築事務所を経て独立し、多くの洋風建築を手がけました。

基本情報

名称 宝塚市立中央図書館桜ガ丘資料室(旧松本安弘邸)主屋
文化財種別 国登録有形文化財(建造物)/登録番号 28-0194
登録年月日 平成17年(2005年)11月10日
設計 川崎忍(かわさき しのぶ)
竣工 昭和12年(1937年)
構造 木造2階建、瓦葺、建築面積約170㎡
所在地 兵庫県宝塚市桜ガ丘3-45
所有 宝塚市
アクセス 阪急宝塚線・JR宝塚線「宝塚駅」より徒歩約27分
お問い合わせ 宝塚市立中央図書館:0797-84-6121

参考文献

文化遺産オンライン — 宝塚市立中央図書館桜ガ丘資料室(旧松本安弘邸)主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189730
国指定文化財等データベース — 宝塚市立中央図書館桜ガ丘資料室(旧松本安弘邸)主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005000
宝塚市公式ホームページ — たからづかデジタルミュージアム
https://www.city.takarazuka.hyogo.jp/kyoiku/rekishi/1044727.html
みんなのたからづかマチ文庫 — 宝塚市立中央図書館市史資料室『旧松本邸』
https://machibunko.com/library/059_matsumototei/
カフェおきもと — 沖本家住宅について(川崎忍の経歴)
https://www.cafeokimoto.com/general-6

最終更新日: 2026.04.22