福泉寺・木造釈迦如来立像 ― 茨城の山あいに伝わる鎌倉彫刻の名品
茨城県鉾田市大蔵、四方を森に囲まれた窪地に、ひっそりと佇む臨済宗妙心寺派の古刹があります。長い坂道を下って参道に至るその独特の地形から、地元では古くから「穴寺(あなでら)」とも呼ばれてきた大蔵山福泉寺。この小さな山寺の収蔵庫には、東日本屈指のエキゾチックな佇まいをもつ仏像が安置されています。鎌倉時代末期の作と伝えられる、等身大の木造釈迦如来立像。大正5年(1916年)に国の重要文化財に指定された、由緒ある一体です。
像高165.5センチメートル、檜の素地仕上げ。金箔も漆も施されないその姿には、日本の典型的な仏像とは明らかに異なる、どこか異国の風が漂います。縄を編んだような螺髪、両肩を覆う通肩の衣、半円を描きながら平行に流れる衣文。この姿は、千年前に中国から伝わった像容を忠実に写した「清凉寺式釈迦如来像」と呼ばれる系譜に連なるもので、遠くインド・ガンダーラの仏像にまでさかのぼる造形美の系譜を今に伝えています。福泉寺の本尊と向き合うことは、インド・中国・日本の三国を結ぶ祈りの伝統に、そっと触れることでもあるのです。
釈迦如来立像とは
本像は、釈迦如来 ― 仏教の開祖である歴史上の釈迦 ― を表した木造の立像で、檜材を用いた寄木造の技法で制作されています。伝承では「春日仏師」と呼ばれる仏師の作とされ、研究者の見解では鎌倉時代末期、おおよそ14世紀初頭の制作と推定されています。
像は他の日本の仏像とは異なる多くの特徴を備えています。両眼と眉間の白毫(びゃくごう)には水晶が嵌め込まれ、鎌倉時代らしい玉眼の技法が用いられています。頭髪は、日本の仏像に多い粒状の螺髪ではなく、縄を巻いたように渦を描く独特な形に刻まれています。衣は両肩を覆う「通肩(つうけん)」の形式で、像身には半円を描く平行の衣文が幾重にも重なり、流れるような美しいリズムを生み出しています。背後に立てられた金色の光背には、左右合わせて12体の小さな仏像が浮き彫りで配されており、像全体が小さな仏教世界を構成しているかのようです。
清凉寺式釈迦如来 ― 三国伝来の系譜
この像がなぜ日本の典型的な仏像と趣を異にするのか。その理由を理解するには、本像が属する「清凉寺式釈迦如来像」という系譜の歴史をたどる必要があります。
京都嵯峨に建つ清凉寺の本尊・木造釈迦如来立像(国宝)は、平安時代中期の永延元年(987年)、入宋僧の奝然(ちょうねん)が中国から請来したものです。その原像は、釈迦在世中にインドの優塡王(うでんのう)が、不在の釈迦を偲んで造らせたと伝えられる、史上初の仏像とされます。すなわち、インド・中国・日本の三国に伝来した「三国伝来の釈迦」「生身(しょうじん)の釈迦」として、古くから篤い信仰を集めてきた像なのです。
平安時代後期から、特に鎌倉時代に入ると、この清凉寺の釈迦像を忠実に模刻する造像が盛んになりました。現在、全国に約100体の清凉寺式釈迦像が伝存するとされ、福泉寺の本像もその代表的な一例です。縄目状の螺髪、通肩の衣、同心円状に流れる衣文、そして金箔を施さない素地仕上げといった特徴は、いずれも清凉寺の原像 ― さらにそのもとになったインド・ガンダーラ風の像容 ― を忠実に写し取ったものです。一方で、玉眼の使用や端整な彫り口には、鎌倉時代の仏師の確かな技量が感じられます。
重要文化財に指定された理由
本像は大正5年(1916年)8月17日に国の重要文化財に指定されました。茨城県内の国指定文化財としては比較的早い時期の指定であり、その評価の高さがうかがえます。
指定の背景には、いくつかの理由が考えられます。第一に、清凉寺式釈迦像は畿内を中心に分布しており、東日本における優れた作例は限られています。本像はその数少ない例として、地域的にも貴重な存在です。第二に、等身大の堂々たるスケールと洗練された彫技、原像の異国的な特徴を忠実に再現した造形は、地方の模倣作ではなく、本格的な仏師による意欲的な造像であることを物語っています。第三に、福泉寺は江戸時代初期に大火に見舞われ多くの寺宝を焼失しましたが、本尊である本像は焼失を免れ、12体の仏が浮彫りされた金色の光背とともに今日まで伝わっています。この稀有な伝来そのものが、像の歴史的・信仰的価値をいっそう深めているのです。
見どころ
毎年4月8日の開帳日に拝観する機会に恵まれた方には、ぜひ細部までじっくりと観ていただきたい見どころがいくつもあります。まず、縄を編んだように渦を巻く螺髪は、まるで木彫りであることを忘れさせるほど精緻に刻まれています。同心円状に流れる衣文は、波紋のような不思議なリズムを生み、静止した立像にどこか流動感を与えています。そして金箔も漆も施されない素地仕上げは、檜材の温かな木目をそのまま見せ、中国・インドから伝来した「檀像(だんぞう)」の伝統につながる古式ゆかしい雰囲気を漂わせています。
背後の光背もまた見逃せません。中央の釈迦如来を囲むように左右六体ずつ、計12体の小さな仏像が浮き彫りで配され、像全体がひとつの小さな仏教宇宙を成しています。本尊と光背が一体となって生み出す静謐な空間は、茨城の山寺に思いがけない深みをたたえています。
福泉寺を訪れたら、本堂の天井画もぜひご覧ください。江戸時代後期の画家・谷文晁が描いたと伝えられる迫力ある竜の絵が広がっています。日照りに苦しんだ農民たちが、雨乞いのためにこの竜の絵に水をかけたところ見事に雨が降ったという伝説も残されています。
福泉寺の他の文化財
福泉寺にはもう一つ注目すべき文化財があります。元の時代の中国の禅僧・因陀羅(いんだら)が描いた紙本墨画の維摩居士像です。この画には、南宋の臨済宗の高僧・無準師範による賛が添えられており、平成17年(2005年)に茨城県指定文化財となりました。元禄5年(1692年)には、水戸藩二代藩主・徳川光圀(水戸黄門の名で知られる人物)が福泉寺を訪れ、この画像の傷みを惜しんで自ら修復を命じたと伝えられます。光圀によるその経緯を記した書状も、寺に大切に伝えられています。
拝観・アクセス
福泉寺は、太平洋にほど近い茨城県東部の鉾田市大蔵にあります。長い坂道を下った先の窪地に堂宇が建つという独特の地形から、別名「穴寺」とも呼ばれ、その風景自体が訪れる人に深い印象を残します。
本尊の釈迦如来立像は普段は収蔵庫に安置されており、常時拝観することはできません。一般公開されるのは、毎年4月8日(釈迦の誕生を祝う花まつりの日)の一日のみです。本像を拝観したい方は、この日に合わせて訪問計画を立てるとよいでしょう。それ以外の時期でも、境内を散策し、谷文晁筆と伝わる本堂天井の竜の絵を仰ぎ見たり、深い森に囲まれた静かな雰囲気を味わうことはできます。4月8日以外で特別な拝観を希望される場合は、事前に寺へ問い合わせることをおすすめします。
鉾田周辺のみどころ
福泉寺は、茨城県東部を巡る旅の中で立ち寄るのにふさわしい場所です。鉾田市は太平洋と北浦に面し、松林の海岸線、メロンやサツマイモで知られる豊かな農村風景、そして点在する古社寺など、多彩な魅力を備えています。鉾田の海岸線は長い砂浜と大洗浜の断崖で知られ、車で少し東へ進めばダイナミックな海景に出会えます。南へ車を走らせれば、東日本屈指の古社・鹿島神宮を擁する鹿嶋市があります。福泉寺の参拝とこれらの名所を組み合わせれば、しばしば見過ごされがちな関東地方東部の文化と自然を、心ゆくまで味わうことができるでしょう。
Q&A
- 釈迦如来立像はいつ拝観できますか?
- 本像は普段は収蔵庫に安置されており非公開ですが、毎年4月8日(釈迦の誕生日とされる花まつりの日)に一般開帳されます。拝観を希望される方は、この日に合わせて訪問されることをおすすめします。
- なぜ日本の他の仏像とは雰囲気が違うのですか?
- 本像は「清凉寺式釈迦如来像」と呼ばれる系譜に属します。987年に奝然が中国・宋から京都・清凉寺に請来した釈迦如来像をモデルとした模刻像で、その原像はさらにインド・ガンダーラ風の特徴を伝えていました。縄目状の螺髪、両肩を覆う通肩の衣、同心円状に流れる衣文などが、その異国風の特徴です。
- なぜ金箔や漆を施さず素地のままなのですか?
- 檜材の素地を生かす仕上げは、中国・インドから伝来した「檀像(だんぞう)」の伝統に連なる意図的な造形上の選択です。木目の美しさや仏師の彫技がそのまま見えるという利点もあります。
- 背後の光背にある小さな像は何ですか?
- 本尊を囲むように立てられた金色の光背には、左右合わせて12体の小さな仏像が浮き彫りで配されています。中央の釈迦如来とともに、より広い仏教世界を表現するもので、像全体に荘厳な雰囲気を加えています。
- 福泉寺には他に見どころはありますか?
- 本堂の天井に、江戸時代後期の画家・谷文晁筆と伝わる迫力ある竜の絵があります。雨乞いの伝説も残されています。また、元の時代の中国の禅僧・因陀羅が描いた維摩居士像(県指定文化財)も伝わっており、元禄5年(1692年)に水戸藩主・徳川光圀の命で修復されたという由緒を持っています。
基本情報
| 名称 | 木造釈迦如来立像(もくぞう しゃかにょらい りゅうぞう) |
|---|---|
| 所有・所在 | 大蔵山福泉寺(臨済宗妙心寺派) |
| 住所 | 〒311-2117 茨城県鉾田市大蔵113番地 |
| 指定区分 | 国指定重要文化財(彫刻) |
| 指定年月日 | 大正5年(1916年)8月17日 |
| 制作年代 | 鎌倉時代末期(14世紀初頭頃)と推定 |
| 伝承上の作者 | 春日仏師の作と伝わる |
| 材質・技法 | 檜材寄木造、素地仕上げ(金箔・漆を施さず)、玉眼および水晶嵌入の白毫 |
| 像高 | 165.5センチメートル(等身大) |
| 様式 | 清凉寺式釈迦如来像(京都・清凉寺本尊を模刻した系譜) |
| 一般開帳 | 毎年4月8日(花まつり) |
参考文献
- 木造 釈迦如来立像 ― 茨城県教育委員会「いばらきの文化財」
- https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/kuni-50/
- 福泉寺 釈迦如来立像(木造) ― 鉾田市観光協会
- https://k-hokota.com/history/tera02.html
- 福泉寺(鉾田市) ― ウィキペディア
- https://ja.wikipedia.org/wiki/福泉寺_(鉾田市)
- 釈迦如来立像(清凉寺式) ― e国宝(独立行政法人国立文化財機構)
- https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&webView=&content_base_id=100065
- 清凉寺式釈迦 ― コトバンク(改訂新版 世界大百科事典)
- https://kotobank.jp/word/清凉寺式釈迦-846462
- 福泉寺(穴寺) ― るるぶ&more.
- https://rurubu.jp/andmore/spot/80006365
最終更新日: 2026.05.06