日本海の風に立つ竹の壁
能登半島の北西端、輪島市の中心から西へ約12キロメートル先の海岸に、二つの小さな集落がある。大沢町と上大沢町。家々の海側を、高さ4~5メートルの細い竹を縦に密集させた「間垣(まがき)」と呼ばれる垣根が囲い込んでいる。同じ手法が今もこの規模で残っているのは日本でこの二集落だけで、平成27年(2015年)10月、両集落を含む1,490.8ヘクタールが重要文化的景観に選定された。
急峻な山と日本海に挟まれた狭い低地に、海に向かって民家が並ぶ。背後の傾斜地には棚田や段畑が刻まれ、目の前の入江には漁船が休む。冬になると日本海から塩を含んだ強い季節風が真横から吹きつけ、地形に守られていない場所では作物も家屋も激しく傷む。この風と共存するための工夫として、長い年月のなかで間垣の景観が育まれてきた。
間垣の構造とニガタケ
間垣に使われる竹はニガタケ(苦竹)と呼ばれる細い種で、集落の背後の里山や河川敷で採取される。長さ約3メートル前後の竹を縦に並べて差し込み、ほぼ隙間なく密集させて固定する。一見すると平らな板壁のように見えるが、近づくと竹同士のわずかな隙間が確認できる。この微細な空隙が、強風の勢いを殺しながら、垣の内側に適度な気流を残す仕組みになっている。
裏側に回ると、間垣は方杖や針金で補強されている。日本海の冬の風は5メートルの竹垣だけで受け止めきれるものではなく、各戸の工夫が積み重ねられてきた。夏には垣自体が大きな日除けとなり、家の南面や路地に深い影をつくる。同じ垣が、季節ごとに違う役割を果たす。
竹は5、6年で折れたり腐ったりするため、毎年11月上旬に補修が行われる。冬本番の暴風がやってくる前に、傷んだ部分を新しい竹で交換する季節作業だ。集落で一斉に取り組む共同作業でもあり、間垣の景観は人の手が絶えず入ることで保たれている。
中世の臨海荘園「志津良荘」
大沢の地名は、永和5年(1379年)正月の地頭文書に「しつらのしやう大さわむら」として現れるのが初見とされる。この海岸一帯は平安時代以降、舟運を中心に発展した臨海荘園「志津良荘(しつらのしょう)」に属していたと考えられている。集落のある入江は、外洋の波が直接届きにくく、小舟の係留に適した数少ない場所のひとつだった。
上大沢は地元では今も「かめぞ(獺淵)」という古い名で呼ばれることがある。中世以来、二つの集落は半農半漁の暮らしを続けてきた。背後の傾斜地で米と野菜を作り、目の前の海で魚や海藻を採る。海岸沿いの限られた資源を、里山・里海の両側から最大限に使い切る生業の形である。
切妻屋根の集落景観
間垣の隙間から集落に入ると、垣の外側と同じくらい統一感のある家並みが続く。屋根は切妻造、黒い釉薬瓦で葺かれ、低く水平に揃っている。外壁は石川県の県木でもあるアテ(ヒノキアスナロ)の下見板張りで、横方向に薄板を重ねた構造をとる。能登半島では押縁(縦の押さえ材)のない下見板張りが典型で、この地域もそれを踏襲している。
こうした外観の揃いは、行政が後付けで決めた景観規制の結果ではなく、塩害と強風に対する数百年単位の経験が辿り着いた答えである。釉薬瓦は塩に強く、アテは雨に強い。屋根が低いほど風を受ける面積が減る。集落の家と間垣は、同じ気候への応答として一体に存在している。
訪れるときに知っておきたいこと
大沢と上大沢は隣接する二集落だが、性格はやや異なる。大沢は河口付近の比較的開けた低地に面的に広がり、西保公民館などの公共施設もこちらに集まる。上大沢は2キロほど西、断崖に挟まれた小さな入江沿いに一列に家が並ぶ細長い集落で、約100年前から世帯数はおよそ20軒のまま変わっていないという。能登半島内陸部の集落が大きく人口を減らすなか、この安定は珍しい。
飲食店や売店は集落内にはなく、お手洗いは大沢の西保公民館と上大沢の寄り道パーキングで利用できる。令和6年(2024年)1月の能登半島地震は、この西保地区にも大きな被害をもたらした。復旧は段階的に進んでいるが、道路状況や集落の受け入れ態勢は時期によって変化する。訪問前には輪島市や石川県の最新情報を確認し、生活の場である集落への敬意を持って静かに歩いてほしい。
Q&A
- 「間垣」とはどのような構造のものですか。
- 高さ4~5メートルの細いニガタケ(苦竹)を縦に密集させて立て並べた垣根です。海側からの強い季節風を防ぐと同時に、夏は日陰をつくる役割を持ちます。竹と竹の間にわずかな隙間を残すことで風を完全には止めず、内側に適度な気流を確保する設計になっています。
- いつ訪れるのがおすすめですか。
- 毎年11月上旬の補修直後は、新しい竹の淡い金色が黒い瓦屋根と対比して特に美しく見られます。冬の訪問では、強風や雪のなかで実際に間垣がどう機能しているかを実感できます。棚田や周辺の自然と合わせて楽しむなら、新緑の春や稲穂の秋もよい時期です。
- どうやって行きますか。
- 輪島市中心部の道の駅輪島「ふらっと訪夢」から石川県道38号輪島浦上線を西へ進み、車で大沢まで約30分、上大沢まで約40分です。同じ道の駅から愛のりバス「西保コース」も運行されていますが本数は限られるため、レンタカーの利用が現実的です。
- 集落の中に入って見学できますか。
- 間垣は各戸の敷地を囲うものなので、垣の内側は私有地です。集落の公道を歩いて、海側と山側から間垣を眺めることはできます。住民の生活の場ですので、家屋の内側を覗いたり、断りなく住民を撮影したりするのは控えてください。
- 2024年の能登半島地震の影響はありますか。
- 令和6年1月1日のマグニチュード7.6の地震では、輪島市西保地区を含む能登半島北西部一帯が大きな被害を受けました。復旧は段階的に進んでいますが、道路や交通の状況は時期によって変わります。訪問前に輪島市や石川県の公式情報で最新の状況をご確認ください。
基本情報
| 名称 | 大沢・上大沢の間垣集落景観(おおざわ・かみおおざわのまがきしゅうらくけいかん) |
|---|---|
| 区分 | 重要文化的景観(平成27年〔2015年〕10月7日選定) |
| 面積 | 1,490.8ヘクタール(大沢町・上大沢町の全域) |
| 所在地 | 石川県輪島市大沢町・上大沢町 |
| アクセス | のと里山海道「のと里山空港IC」から車で約40分/道の駅輪島から県道38号で大沢まで約30分、上大沢まで約40分 |
| 見学 | 公道からの見学は自由(無料)。集落内に飲食店・売店はなし。お手洗いは西保公民館(大沢)と寄り道パーキング(上大沢)。 |
| 季節の見どころ | 11月上旬の間垣補修後から冬にかけて。春・夏は棚田や周辺の海岸景観も合わせて楽しめる。 |
参考文献
- 大沢・上大沢の間垣集落景観(石川県)
- https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/bunkatekikeikan/magaki.html
- 大沢・上大沢の間垣集落景観(文化遺産オンライン)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/282083
- 輪島市教育委員会 重要文化的景観「大沢・上大沢の間垣集落景観」
- https://www.city.wajima.ishikawa.jp/docs/2016042800025/
- 間垣の里大沢・上大沢(ほっと石川旅ねっと)
- https://www.hot-ishikawa.jp/spot/detail_18439.html
最終更新日: 2026.05.27