信行寺書院(和倉御便殿供奉殿)とは

信行寺書院(和倉御便殿供奉殿)は、明治42年(1909年)の皇太子の和倉温泉への行啓に際して建てられた御便殿のうち、供奉殿の部分を石川県七尾市和倉町の信行寺に移築した建物で、平成29年(2017年)10月27日に国の登録有形文化財(建造物)となった(文化庁)。読みは「しんぎょうじしょいん(わくらごべんでんぐぶでん)」。

文化庁の記録では、木造平屋建、瓦葺、建築面積106平方メートルで、昭和35年(1960年)と昭和48年(1973年)に移築されている。登録番号は17-272、所有者は宗教法人信行寺である。

皇太子行啓の御便殿

御便殿は、皇族が地方を訪れる際に休憩などのために建てられた建物である。観光庁の多言語解説によれば、皇太子嘉仁(のちの大正天皇)は明治42年(1909年)9月27日に和倉温泉の御便殿に立ち寄り、休憩・昼食・入浴をとった。こうした建物の多くは一度きりの訪問のために建てられ、のちに解体されたという。

文化庁によれば、御便殿は本殿と供奉殿からなり、両者は廊下でつながっていた。御座所を含む本殿部分は近くの青林寺に移築されて青林寺客殿となり、同じ日に登録有形文化財となっている(文化庁)。

登録有形文化財としての価値

信行寺書院は「再現することが容易でないもの」として登録された。文化庁の解説は、便殿建築の希少な遺例としている。

北海道新聞が伝える報道発表によれば、御便殿は現存する国内唯一の貴重な事例とされる。

見どころ

文化庁によれば、本殿とつながっていた廊下の南側に、西から12畳半の座敷、15畳、8畳の部屋を並べ、南側にも部分的に縁を設ける。皇太子に随行した人々のための供奉殿の間取りを伝えている。

修復と見学について

北海道新聞が伝える報道発表によれば、令和6年(2024年)の能登半島地震で被災した文化遺産の修復支援として、アクサ・ヒューマン・プログレス財団とワールド・モニュメント財団が、七尾市や和倉温泉観光協会と連携して、青林寺客殿と信行寺書院の修復を進めている。完了は2027年春の予定である。

信行寺書院の公開についての案内は見当たらない。所在地は七尾市和倉町ソ16他。

Q&A

Q信行寺書院はいつ建てられましたか?
A明治42年(1909年)の皇太子行啓に際して建てられ、昭和35年(1960年)と昭和48年(1973年)に移築されました(文化庁)。
Q御便殿とは何ですか?
A皇族が地方を訪れる際に休憩などに使うため建てられた建物です。和倉の御便殿は本殿と供奉殿からなっていました(文化庁・観光庁)。
Q信行寺書院の間取りは?
A廊下の南側に、西から12畳半の座敷、15畳、8畳を並べています(文化庁)。
Q信行寺書院は見学できますか?
A公開の案内は見当たりません。能登半島地震の被災からの修復が2027年春の完了予定で進められています(北海道新聞)。
Q信行寺書院が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成29年(2017年)10月27日です。同じ日に本殿部分の青林寺客殿も登録されました。

基本情報

名称信行寺書院(和倉御便殿供奉殿)(しんぎょうじしょいん(わくらごべんでんぐぶでん))
所在地石川県七尾市和倉町ソ16他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成29年(2017年)10月27日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積106平方メートル
所有者宗教法人信行寺
公開状況公開の案内なし(修復中、2027年春完了予定)

参考文献

信行寺書院(和倉御便殿供奉殿)(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011938
青林寺客殿(和倉御便殿本殿)(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011937
「和倉御便殿」修復プロジェクトに協力(北海道新聞)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1363463/
青林寺御便殿(観光庁 地域観光資源の多言語解説文データベース)
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001653743.pdf

最終更新日: 2026.10.14