刃長わずか22.9センチの国宝
茎に「吉光」の二字銘を刻む小ぶりな剣が、石川県白山市の白山比咩神社に伝わる。昭和27年(1952)3月29日に国宝指定を受けた本剣は、所蔵神社の名から「白山吉光」の通称で広く知られ、日本刀剣史上、剣の遺例のなかで最も名高い一口とされる。
剣とは、反りを持つ通常の日本刀と異なり、左右対称・両刃のまっすぐな刀身を指す。大陸由来の古い形式で、鎌倉時代にはすでに実戦の場を離れ、不動明王の持物や密教法具など、主に仏教儀礼の世界で求められた。作刀の機会そのものが少なく、優品はきわめて限られる。
粟田口藤四郎吉光という刀工
作者の吉光は、鎌倉時代中期に京都粟田口で活動した刀工である。則国あるいは国吉の子と伝えられるが、系譜の詳細は確定していない。現存作は短刀が大半を占め、その精緻な地鉄により古来名手の誉れが高い。江戸時代に幕府が編纂した『享保名物帳』では、正宗・郷義弘とともに「名物三作」に数えられた。
吉光の剣は現存数が少ない。剣の名作を多く残したのは師筋にあたる国吉であり、吉光においてこの形式は例外的といってよい。文化庁の指定データベースは本剣について、地刃の出来が短刀に比して一段と沸強く冴える同作中の優品と記している。
刀身は両面に鎬筋を立てた両鎬・両刃造。先はあまり張らず、平肉が豊かにつき、小板目のよくつんだ鍛えに厚い地沸が冴える。刃文は直刃に小足がよく入り、刃縁には二重刃のこころが見える。展示室のガラス越しでも、照明の角度を変えながら眺めれば、梨子地のような地鉄のきめ細かさが確かめられるはずである。
将軍家から加賀へ、そして白山の神前へ
寛永10年(1633)12月、水戸藩主徳川頼房の娘で3代将軍家光の養女となった大姫(阿智子、のちの清泰院)が、加賀藩主前田光高に輿入れした。本剣はその際の持参品である。徳川家の手に入った経緯は判明しておらず、もとは将軍家または水戸徳川家の所蔵であったと推測されている。
清泰院は明暦3年(1657)に没した。その子で長く加賀藩政を担った前田綱紀は、母の冥福を祈って本剣を白山比咩神社に奉納する。奉納の時期は明暦3年あるいはその翌年と資料により幅があるが、いずれにせよ母の死の直後であった。徳川と前田、二つの大名家の縁を結んだ婚礼の品が、最後は霊峰白山の神に捧げられたことになる。
本剣は明治42年(1909)に当時の国宝(現行制度の重要文化財に相当)の指定を受けており、戦後の文化財保護法のもとで改めて国宝となった。
鑑賞の手引き
本剣は保存上の理由から金沢市の石川県立美術館に寄託されており、白山比咩神社の境内で見ることはできない。公開は同館のコレクション展でおおむね年1回程度。秋の「石川の文化財」展に出ることが多く、2024年には本阿弥光徳筆の重要美術品「刀絵図」と並べた特集展示も組まれた。展示予定は同館の公式サイトで告知されるので、旅程を組む前の確認をすすめたい。
所蔵元の白山比咩神社は、白山市三宮町、霊峰白山を仰ぐ鶴来の地に鎮座する。全国に2,000余りを数える白山神社の総本宮にして加賀国一宮。社伝では崇神天皇の御代の創祀と伝え、養老元年(717)に白山を開いた泰澄が翌718年、主峰御前峰に奥宮を建てたとされる。樹齢数百年の杉木立に覆われた表参道は、それ自体が参拝の核心といってよい。境内の宝物館(季節開館)では、重要文化財の黒漆螺鈿鞍や古文書類など、神社に伝わる他の文化財が公開されている。
周辺情報
神社の門前にあたる鶴来の町は、酒蔵や醤油蔵が残る旧市街で、白山七社の一つ金劔宮も徒歩圏にある。金沢市内では、剣を収める石川県立美術館が兼六園に隣接し、金沢城公園や金沢21世紀美術館もまとめて歩ける。アクセスは、北陸鉄道石川線の終点鶴来駅から神社まで徒歩約15分、バスなら「一の宮」下車すぐ。金沢中心部から車で約30分の距離である。
Q&A
- 白山比咩神社に行けば白山吉光を見られますか。
- 見られません。本剣は石川県立美術館(金沢市出羽町)に寄託されており、公開は同館の展覧会開催時に限られます。神社の宝物館では他の所蔵文化財が公開されています。
- 「剣」と「刀」はどう違うのですか。
- 剣は反りのない左右対称・両刃の形式で、主に仏教儀礼に用いられました。刀は反りを持つ片刃の武器です。鎌倉時代には剣はすでに古様の儀礼的形式となっており、優れた遺例が少ない理由もそこにあります。
- 公開時期はどうやって調べればよいですか。
- 石川県立美術館の公式サイトの展覧会情報で告知されます。例年は秋のコレクション展に出ることが多いものの、年により変動するため、訪問前の確認が確実です。
- なぜ加賀の前田家が白山の神社に奉納したのですか。
- 白山比咩神社は加賀国一宮であり、歴代藩主の崇敬が厚い神社でした。前田綱紀は亡き母清泰院の冥福を祈る目的で、母が嫁入りの際に携えたこの剣を神前に捧げたと伝えられています。
基本情報
| 名称 | 剣〈銘吉光〉(通称:白山吉光) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(工芸品) 昭和27年(1952)3月29日指定 |
| 員数 | 1口 |
| 時代 | 鎌倉時代(13世紀) |
| 寸法 | 刃長22.9センチ、元幅2.2センチ |
| 作者 | 粟田口藤四郎吉光(京都) |
| 所有者 | 白山比咩神社(石川県白山市三宮町ニ105-1) |
| 保管・公開 | 石川県立美術館(金沢市出羽町2-1)に寄託、展覧会開催時のみ公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)剣〈銘吉光〉
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/335
- 石川県 石川の文化財(工芸品・国指定)剣 銘吉光
- https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/kougeihin/1.html
- 石川県立美術館 国宝《剣 銘 吉光》と刀絵図
- https://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/exhibition/exhibition-16306/
- 白山比咩神社 公式サイト
- https://www.shirayama.or.jp/
- WANDER 国宝 剣 銘 吉光(白山吉光)
- https://wanderkokuho.com/201-00335/
最終更新日: 2026.06.10