毎年五月、海鳥が帰ってくる無人島

岩手県宮古市の沖合およそ600メートル。日出島漁港の正面に、小さな島がぽつりと浮かんでいる。周囲約1.8キロメートル、最高部約50メートル、面積は12,395平方メートル。岩肌に縞模様を見せる白亜紀の砂岩・礫岩の崖が、四方をぐるりと取り囲んでいる。船の舳先のように南北に尖った形から「軍艦島」とも呼ばれ、明治2年(1869年)の宮古湾海戦では、旧幕府軍の艦艇がこの島影を敵艦と見誤って砲撃したという話が地元に残る。

この島が、絶滅危惧種クロコシジロウミツバメの繁殖地である。西太平洋でこの鳥が大規模に営巣している唯一の場所として、昭和10年(1935年)12月24日、島全体が国の天然記念物に指定された。翌年6月8日には宮古市が管理団体に定められ、戦後の再整備を経て、現在に至っている。

昭和57年(1982年)には国指定鳥獣保護区にも指定され、8ヘクタールの全域が特別保護地区となった。原則として上陸は禁止。鳥類研究者ですら、限られた期間に許可を得て調査のために短時間上陸するに過ぎない。

クロコシジロウミツバメという鳥

体長およそ19〜21センチメートル。全身は煤けた暗褐色で、尾の付け根に白い帯が一筋走る。学名はHydrobates castro。かつてはウミツバメ属(Oceanodroma)に分類されていたが、近年の遺伝子解析の結果、現在ではオーストンウミツバメ属(Hydrobates)に属するとされている。

ふだんは外洋を渡り、海面すれすれを飛びながら小魚や甲殻類、軟体動物を採餌する。陸に上がるのは繁殖期だけ、しかも夜間に限られる。日出島では、毎年5月頃に島に飛来し、アカマツや広葉樹の根元、あるいはオオバジャノヒゲやヤダケが密生する林床に深さ1メートル近い巣穴を掘る。7月頃に1卵を産み、雌雄が交代で30〜42日間ほど抱卵する。雛は孵化してから60〜100日ほどで巣立ち、10月頃には島を離れ、再び大海原へと散っていく。

この種の繁殖地として世界的に知られているのは、大西洋ではマデイラ諸島、アゾレス諸島、カナリア諸島、カーボベルデ。太平洋ではガラパゴス諸島、ハワイ諸島。いずれも亜熱帯〜熱帯の島嶼であり、その間に広がる広大な海洋には繁殖地がない。日出島は、その分布上の例外として、ぽつんと北東の海に位置している。あまりに分布が飛び離れているため、現在では本種が複数の近縁種を含む集合体である可能性も指摘されているが、日出島集団の系統的な位置づけはまだ確定していない。

戦前の指定が今も意味を持つ理由

昭和10年の指定文には「くろこしじろうみつばめ蕃殖地トシテ稀有ノモノナリ」と記されている。短い一文ながら、当時すでに本州唯一の繁殖地としての価値が認識されていたことがわかる。指定基準は「特有の産ではないが、日本著名の動物としてその保存を必要とするもの及びその棲息地」とされ、種そのものではなく、生息地としての島が保護対象とされた点が特徴的である。

本種は環境省レッドリストで絶滅危惧IA類(CR)に区分されており、平成31年(2019年)には「種の保存法」に基づく国内希少野生動植物種にも指定された。捕獲、譲渡し、その他の取り扱いに厳しい制限がかかる、最も保護の重い区分である。日本国内で繁殖が確認されているのは岩手県沿岸の3島のみ。日出島はそのなかでも個体数規模が最大の繁殖地として位置づけられる。

1980年代後半からは、公益財団法人山階鳥類研究所の研究者による継続調査が始まり、巣穴の分布調査や標識調査を通じて、繁殖個体数の変動を細やかに追跡してきた。環境省東北地方環境事務所もこれに加わり、現在は両者の協働で保全活動が組み立てられている。

小さな繁殖地にかかる圧力

1980年代後半以降、日出島ではオオミズナギドリの営巣数が急増した。体格でクロコシジロウミツバメをはるかに上回り、自ら巣穴を掘る性質を持つ大型の海鳥である。林床のオオバジャノヒゲが踏みつけられて消え、表土が流出し、樹木の根が剥き出しになる。クロコシジロウミツバメの巣穴がオオミズナギドリの造巣活動によって直接破壊される事例も確認された。

平成23年(2011年)の東日本大震災では、津波がそのまま日出島に押し寄せた。島の形状が大きく変わるほどではなかったものの、繁殖地の表土が広範囲に持ち去られ、林床のかなりの部分が露出した。皮肉なことに翌年からオオミズナギドリの巣穴数は減少に転じ、ヨウシュヤマゴボウやオオイタドリといった林床植生が一時的に回復し始めた。長期的な推移はなお見極めの段階にある。

こうした状況に対し、山階鳥類研究所は1990年代から、オオミズナギドリは通過できないがクロコシジロウミツバメは出入りできるサイズの金属格子を地面に設置し、その下に巣箱を埋設するという独自の保全手法を試みてきた。環境省東北地方環境事務所も平成29年(2017年)からこれに準じた巣箱設置を始め、令和に入ってからは、80基ある巣箱のうち5基でクロコシジロウミツバメの抱卵が、25基でコシジロウミツバメの抱卵や育雛が確認されたという。数こそ多くないが、減少には歯止めがかかりつつある。

日出島を見るには

島への上陸はできない。しかし洋上からの観察は可能である。宮古港から運航する観光遊覧船「宮古うみねこ丸」は、浄土ヶ浜方面から崎山海岸に沿って北上するコースの途中で日出島の沖合を通過する。崎山地区の漁業者が操船する小型のチャーター船や、宮古マリーナから出るシーカヤックのツアーを利用すれば、より島に近づいて観察することもできる。

船上からは、白亜紀の地層が刻む縞模様の崖と、頂部を覆う広葉樹林の濃い緑が、太平洋の青に対して鮮明に立ち上がる。双眼鏡があれば、日没近くにねぐらに戻ってくるオオミズナギドリのシルエットも見えるかもしれない。ただしクロコシジロウミツバメ自体は完全に夜行性で、しかも姿が小さく暗色のため、洋上から肉眼で識別することはほぼ不可能と考えてよい。

陸から島を眺めるなら、日出島漁港の岸壁が良い。集落の名「日出島」は、この島の背後から朝日が昇るように見えることに由来すると伝わる。早朝、霧が晴れていく時間帯に島影を眺めると、その名の由来がそのまま腑に落ちる。

あわせて訪れたい周辺の見どころ

日出島は三陸復興国立公園の一部であり、また平成25年(2013年)9月に認定された三陸ジオパークの構成サイトでもある。島の地層は「宮古層」と呼ばれる白亜紀の堆積岩層で、亜熱帯性の化石を豊富に産する地層として古生物学の世界では古くから知られてきた。明治32年(1899年)、ある教員がこの島で有孔虫類、サンゴ類、アンモナイトといった亜熱帯性の化石を発見したことを契機に研究が進み、本島で初めて記載された化石種は60種類、そのうち14種は学名に「miyakoensis」を冠している。

宮古市街から南へ向かえば、浄土ヶ浜の白い流紋岩の景観が広がる。三陸ジオパークの代表的なサイトの一つで、散策路や遊覧船の発着もここから出る。日出島の北側、崎山海岸には潮吹穴とろうそく岩があり、こちらも遊覧船の航路上から見学できる。陸路で歩くなら、太平洋沿いに南北に伸びる長距離自然歩道「みちのく潮風トレイル」が崎山地区を縦断しており、複数の展望地点へのアクセスとして使える。

Q&A

Q日出島に上陸して観察することはできますか。
Aできません。島全域が国指定鳥獣保護区の特別保護地区に指定されており、上陸は法令で禁止されています。観察は宮古港発の遊覧船「宮古うみねこ丸」や、崎山地区から出るチャーター漁船、シーカヤックのツアーなど、洋上からに限られます。
Q日中の船上からクロコシジロウミツバメを見ることはできますか。
A日中の確認は事実上不可能です。本種は完全に夜行性で、日没後に島に戻り、未明に再び外洋へ飛び立ちます。日中の遊覧船からは、白亜紀の崖と林床を覆う広葉樹林、そしてオオミズナギドリやオオセグロカモメ、ミサゴといった他の海鳥の姿が見られます。
Q観光に適した季節はいつ頃ですか。
A5月から10月までが繁殖期で、宮古湾の海況も比較的安定する時期です。6月と9月は気候も穏やかで遊覧船観光に向いています。冬季は波が高く、洋上からの観察は難しい日が続きます。
Q「クロコシジロ」と「コシジロ」のウミツバメは何が違うのですか。
A名前と外見が紛らわしいですが、別種です。クロコシジロウミツバメ(Hydrobates castro)の方が全体的に黒みが強く、白い羽毛の羽軸(じくの部分)が白いのに対し、コシジロウミツバメ(Hydrobates leucorhous)は羽軸が茶色がかります。日出島では両種が一緒に営巣しており、研究現場でも識別に注意が払われています。
Q他に同じような国指定の海鳥繁殖地はありますか。
A岩手県沿岸には、釜石市の三貫島が「オオミズナギドリ及ヒメクロウミツバメ繁殖地」として、日出島と並んで国の天然記念物に指定されています。山田町のタブの大島、宮城県女川町の足島など、三陸沿岸には他にも海鳥のコロニーがあります。ただし、クロコシジロウミツバメの繁殖地として指定されているのは、現状で日出島のみです。

基本情報

名称日出島クロコシジロウミツバメ繁殖地(ひでしまくろこしじろうみつばめはんしょくち)
指定区分国指定天然記念物
指定年月日昭和10年(1935年)12月24日
指定基準特有の産ではないが、日本著名の動物としてその保存を必要とするもの及びその棲息地
管理団体宮古市(昭和11年6月8日指定)
所在地岩手県宮古市崎鍬ヶ崎
島の規模周囲約1.8キロメートル、面積12,395平方メートル、最高部約50メートル
地質宮古層(白亜紀前期、約1億年前)の砂岩・礫岩
対象種クロコシジロウミツバメ(Hydrobates castro)。環境省レッドリスト絶滅危惧IA類(CR)。平成31年(2019年)に国内希少野生動植物種に指定。
アクセス上陸禁止。洋上からの観察は、宮古港発の遊覧船「宮古うみねこ丸」、崎山地区からのチャーター漁船、シーカヤックなどを利用。
関連指定国指定鳥獣保護区(日出島・面積8ha・全域特別保護地区、昭和57年11月1日指定)。三陸復興国立公園内。日本ジオパーク(三陸ジオパーク、平成25年9月認定)構成サイト。

参考文献

日出島クロコシジロウミツバメ繁殖地(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/136
日出島クロコシジロウミツバメ繁殖地(文化遺産オンライン)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/137807
日出島(宮古市公式サイト)
https://www.city.miyako.iwate.jp/gyosei/soshiki/kanko/4/8/2/1/1560.html
日出島クロコシジロウミツバメ繁殖地(いわての文化情報大事典)
http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist140
JP042 日出島(日本野鳥の会・Important Bird Areas)
https://mobile.wbsj.org/activity/conservation/habitat-conservation/iba/iba-touhoku/iba-42_hideshima/
日出島のクロコシジロウミツバメ調査(環境省東北地方環境事務所)
https://tohoku.env.go.jp/blog/2025/08/page_00032.html
クロコシジロウミツバメ(世界アルバトロスデー&シーバードウィーク)
https://albatrossday.org/seabirds/CR/Band-rumped_Storm-petrel.html

最終更新日: 2026.05.18