室根神社祭のマツリバ行事——岩手の山中に1300年伝わる神迎えのドラマ

岩手県一関市、室根山の山中に古くから鎮まる室根神社では、旧暦閏年の翌年にあたる年にだけ、特別大祭が執り行われます。およそ二〜四年に一度しか開かれないこの祭りの最大のクライマックスが、国指定重要無形民俗文化財「室根神社祭のマツリバ行事」です。養老2年(718)に紀州熊野の神を勧請して以来1300年以上にわたって受け継がれ、奥州(東北)の三大荒祭りの一つにも数えられるこの祭礼は、世襲制の神役(じんやく)によって担われる古式ゆかしい姿を、現代に色濃く伝えています。

祭りの起源——海を越えてきた紀州熊野の神

室根神社の歴史は、奈良時代初期にさかのぼります。当時、朝廷は東北地方の蝦夷(えみし)平定を進めており、多賀城に派遣されていた将軍・大野東人(おおのあずまひと)が、平定祈願のため紀伊国牟婁(むろ)の熊野神を勧請したいと朝廷に奏上したのが始まりと伝えられています。

海を渡ってきた熊野の神は、まず唐桑半島の細浦(現在の宮城県気仙沼市鮪立)に着岸し、当時「鬼首山」と呼ばれていた室根山に鎮座したいとの神意を示されたといいます。これを受けて大野東人らは、矢越(やごし)の郷民とともに白馬十七騎の行列を仕立てて神を迎えに向かい、途中、ある翁から粥を振る舞われ、折壁(おりかべ)に仮宮を建てて神をお迎えしました。この一連の神迎えの故事を、現代に再現するのが特別大祭のマツリバ行事なのです。1300年余り前の出来事が、生きた行列として今も山あいの町を歩む——そのこと自体が、この祭礼の比類なき価値の核心です。

なぜ重要無形民俗文化財に指定されたのか

室根神社祭は、まず昭和56年(1981)に岩手県の無形民俗文化財に指定され、続いて昭和60年(1985)1月12日、文化庁により国の重要無形民俗文化財に指定されました。指定理由は、ほかに例を見ないいくつかの特色に基づいています。

第一の特色は、勧請当時の神役を、その子孫たちが代々受け継ぐ「神役制(じんやくせい)」が現在まで厳格に保たれていることです。御塩を奉る役は気仙沼唐桑の漁民の末裔から、奥宮の鍵を預かる役は室根山にあった四十八院のうち奥の院の鍵取締神職の家系から、神輿を担ぐ陸尺頭(ろくしゃくがしら)は神迎えの行列に最初に供奉した家の子孫から——というように、それぞれの役を担う家筋が、一関市(室根町、大東町、千厩町、川崎町)から大船渡市、さらには宮城県気仙沼市にまで広がっています。これほど広範囲な地域に1300年以上にわたって役の伝承が続く例は、日本の祭礼史においても極めて稀有です。

第二の特色は、祭りの形態そのものに古層が幾重にも残されていることです。本宮・新宮の二基の神輿が仮宮への先着を競う「神輿先着争い」には、かつての作占(さくうら)——その年の収穫を占う農耕儀礼——の名残が見られます。また、唐桑から海水を汲んで奉納する「御塩役」は、海辺の浜下り行事の伝統を伝えています。さらに、扇の舞・鈴の舞、荒馬先陣、袰(ほろ)先陣、ダシ(山車)の行列など、舞と行列の華やかさが幾世紀にもわたる風流化の重層を物語っており、民間信仰研究の上でも貴重な事例とされています。

三日間にわたる祭りの流れ

祭りは古来、旧暦9月17日・18日・19日の三日間に行われてきました。長きにわたる世襲制の維持が困難になりつつあるため、平成19年(2007)大祭からは、陰暦になるべく近い10月最終週の金・土・日曜に変更されています。次回の特別大祭は、令和8年(2026)10月の予定です。

初日——南流神社参詣と御塩汲み

初日は、和銅2年(709)の創建と伝えられる南流神社への参詣から始まります。室根神社勧請のとき、勅使がここに参拝した古例にちなみ、神役たちは祭りの各日にこの社へ参拝することになっています。一方、海辺の唐桑湾では「御塩汲み」が行われ、神霊が最初に着岸した場所から竹筒に塩水が汲み取られます。この海水は内陸の祭場へと運ばれ、後の儀式で神前に捧げられます。

二日目——仮宮の造営

二日目には、マツリバと呼ばれる広い祭場に、木造の仮宮(お旅所)が完成します。立柱は2丈8尺5寸(約8.6m)、そのうち3尺(約90cm)を地中に掘り込み、地上に立ち上がる高さは2丈5尺5寸(約7.7m)にも及びます。新宮の方は本宮より2尺ほど低く建てられ、これは古く日本武尊(やまとたけるのみこと)の行在所を模したと伝えられています。寸法に厳格な決まりがあり、少しでも合わなければ造り直しが命じられたといいます。仮宮の造営が認められると、陸尺頭に管理が引き渡され、ここから祭りの主導権は神官の手を離れて、神役の手に移ります。仮宮の外側には馬場(ババ)が設けられ、後の騎馬行列に備えて清められます。

三日目——御魂移しと神輿先着争い

クライマックスとなる三日目は、深夜の御魂移しの式から始まります。本宮・新宮の御堂のあかりを一切消し、暗闇の中で御神霊を神輿に移します。式が終わると神輿は陸尺頭に渡され、神官は祭りの主導から退きます。続く発輿式を経て、夜明けとともに二基の神輿が室根山を駆け降ります。途中の「田植えの壇」では農王社に新穀を献納し、大先司、御神馬、荒馬先陣、袰先陣、御袋神社背負騎馬などが列を成して山麓まで神輿を迎え、長刀役が不浄を祓いながら先導します。そして地域の町並みを通り抜け、両宮の神輿はマツリバへと突進する——その壮絶な「神輿先着争い」こそ、祭礼最大の見せ場です。

見どころと注目のポイント

初めて訪れる方にとっては祭りの全容を一度に把握するのは難しいかもしれませんが、特に見逃せない場面がいくつかあります。最大の山場である神輿先着争いは、両神輿のうちどちらが先に仮宮に到着するかを巡る激しい競り合いで、その結果は古来、その年の吉凶を占う意味を帯びていたと伝えられています。仮宮で奉納される舞姫による扇の舞・鈴の舞は、周囲の喧騒の中にあって静謐な神聖さを湛え、対照の美しさを感じさせます。荒馬先陣は、神勧請のときに矢越の郷民が白馬17騎を整えて供奉した故事に由来する勇壮な騎馬行列。袰先陣は、伊達政宗の時代の領主参拝が途絶えたことを惜しんだ地頭真山氏が、家臣を江戸に遣わして細川家の登城行列を学ばせ、地域で再現させたものが起こりとされ、現在は子供たちが騎馬で大名行列を率います。神輿の陸尺の背じるしにも注目してください——本宮は蛇の目の紋、新宮は菱の紋と、千年以上にわたって守られてきた二系統の家筋が、紋章となって今も並び立っています。

アクセスと観覧情報

室根神社およびマツリバ祭場は、岩手県一関市の南東部、室根町に位置しています。祭りは旧暦閏年の翌年にしか開催されませんので、訪問の計画には注意が必要です。次回の開催は令和8年(2026)10月の予定で、その後は再び数年間の間隔が空きます。

東京方面からは、東北新幹線で一関駅まで約2時間20分、そこからJR大船渡線で千厩(せんまや)駅まで進み、バスまたはタクシーで室根町折壁地区へ向かうのが便利です。お車でお越しの場合は、東北自動車道一関ICから祭場まで約1時間。祭り当日は臨時駐車場やシャトルバスが運行されることもあり、最新情報は室根神社特別大祭の公式サイトをご確認ください。

周辺の見どころ

祭りのない年でも、室根周辺は静かな山あいの風景や歴史、そして近接する三陸海岸の海の幸を楽しめる魅力的な地域です。標高895mの室根山には山頂までドライブ可能なスカイラインが整備されており、展望台からは太平洋と北上山地を一望できます。岩手県民の森や室根山周辺の温泉宿も、ハイキングや滞在の拠点として人気です。少し足を延ばせば、奇勝として名高い猊鼻渓(げいびけい)と厳美渓(げんびけい)があり、舟下りや渓谷美を楽しめます。県境を越えた気仙沼市は、まさに熊野の神が最初に着岸したと伝えられる港町であり、三陸海岸の豊かな海の幸と、震災から復興する沿岸地域の今を体験できる場所です。

Q&A

Q室根神社特別大祭はいつ開催されますか?
A祭りは旧暦の閏年の翌年にのみ開催される習わしで、およそ二〜四年に一度の周期となります。平成19年(2007)以降は、陰暦に近い10月最終週の金・土・日曜に行われています。次回は令和8年(2026)10月の予定です。
Qなぜ「奥州三大荒祭り」と呼ばれているのですか?
A本宮・新宮の二基の神輿がマツリバの仮宮を目指して激しく先着を争う様子の壮絶さに由来します。この勇猛果敢な競い合いと、広範囲の地域から千人規模の氏子が参加する祭礼の規模感が、東北を代表する「荒祭り」として古くから知られてきました。
Q海外からの観光客でも見学できますか?注意点はありますか?
A祭りは一般に公開されており、国内外の方々を歓迎しています。神聖な儀礼の場ですので、係員の指示に従うこと、ロープで仕切られた神事の区域に立ち入らないこと、走行中の神輿には近寄らないことなどをお守りください。観覧エリアでの撮影は概ね可能ですが、舞の奉納や深夜の御魂移しの際にはフラッシュ撮影をお控えください。
Q他の大規模な祭りと比べて、何が特別なのですか?
A多くの祭りでは毎年志願者によって役が担われますが、室根神社祭では海辺から塩水を運ぶ役、奥宮の鍵を預かる役など、すべての主要な神役が、養老2年(718)の神勧請のときに奉仕した家々の子孫によってのみ担われます。1300年以上にわたって途切れることなく続く世襲の伝承は、世界的にも類例を見ない貴重なものです。
Q祭り以外の時期でも室根神社には見どころがありますか?
Aはい。神社の境内と霊山である室根山は通年訪れることができ、ハイキングや静かな参拝の場として親しまれています。室根山の山頂からは太平洋と北上山地を一望でき、近隣の温泉宿、そして猊鼻渓・厳美渓といった景勝地もあわせて、季節を問わず魅力的なエリアです。

基本情報

名称 室根神社祭のマツリバ行事(むろねじんじゃさいのまつりばぎょうじ)
所在地 室根神社:岩手県一関市室根町折壁付近/関連神事は一関市・大船渡市(岩手県)、気仙沼市(宮城県)にまたがる
指定区分 国指定重要無形民俗文化財(昭和60年〔1985〕1月12日指定)/昭和56年〔1981〕岩手県無形民俗文化財指定
由緒 養老2年(718)、多賀城の大野東人が朝廷の許しを得て紀伊国牟婁の熊野神を勧請したことに始まると伝えられる
御祭神 本宮:伊弉冉命(いざなみのみこと)/新宮:速玉男命(はやたまのおのみこと)・事解男命(ことさかのおのみこと)
開催周期 旧暦閏年の翌年に開催(およそ2〜4年に一度)
開催日程 3日間/平成19年(2007)以降は10月最終週の金・土・日曜に開催。次回は令和8年(2026)10月予定
保存団体 室根神社祭保存会
問い合わせ 一関市役所 室根支所 地域振興課/〒029-1201 岩手県一関市室根町折壁字八幡沖345番地/電話 0191-64-3801
アクセス 東北新幹線・一関駅からJR大船渡線で千厩駅へ、バスまたはタクシーで室根町折壁地区/お車:東北自動車道・一関ICから約1時間

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁):室根神社祭のマツリバ行事
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/199686
一関市ホームページ:室根神社特別大祭について
https://www.city.ichinoseki.iwate.jp/index.cfm/6,3141,107,html
一関市ホームページ:室根神社祭のマツリバ行事(室根地域)
https://www.city.ichinoseki.iwate.jp/index.cfm/6,57320,73,html
いわての文化情報大事典(岩手県):室根神社祭のマツリバ行事
http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist90
室根神社特別大祭 公式サイト
https://muronetaisai.com/
いちのせき観光NAVI:室根神社特別大祭「マツリバ行事」
https://www.ichitabi.jp/event/data.php?p=103

最終更新日: 2026.05.06