南昌荘庭園 ― 盛岡に息づく明治の隠れ名園

岩手県盛岡市の閑静な住宅街の一角に、明治時代の優雅な日本庭園文化を今に伝える名園「南昌荘庭園(なんしょうそうていえん)」がございます。明治十八年(一八八五)、自らの才覚で財を築いた実業家の私邸として築かれたこの邸宅と庭園は、所有者を幾度も変え、また取り壊しの危機にも晒されながら、百三十年以上にわたって大切に守り継がれてまいりました。現在は国の登録記念物に登録されるとともに、盛岡市の保護庭園・景観重要建造物にも指定されており、岩手県を代表する歴史的名園のひとつに数えられています。

門をくぐれば、苔むした石組み、樹齢を重ねた松、二つの清らかな池、そして庭園を一枚の絵のように切り取る中二階の座敷を備えた和風邸宅が広がります。北日本の魅力を静かに体感したい旅人にとって、南昌荘は時間をかけて訪れる価値のある特別な場所と申せます。

南昌荘の歴史

南昌荘の歩みは、明治十八年(一八八五)、盛岡出身の実業家・瀬川安五郎(一八三五〜一九一一)が自邸として邸宅を建てたことに始まります。盛岡藩の両替商の家に生まれた瀬川は、明治維新後に生糸商として身を立て、明治九年からは秋田県の荒川鉱山の経営に乗り出します。同鉱山は最盛期には全国有数の銅産出量を誇り、瀬川は「みちのくの鉱山王」と称されるほどの存在となりました。庭園は明治二十年までに、地元盛岡の庭師・阿部仁太郎と川目末松によって築かれたと伝えられております。

瀬川以後、邸宅は盛岡を代表する人物たちの手を渡り歩いてまいりました。明治四十年(一九〇七)には第五代盛岡市長・大矢馬太郎が取得し、後の「平民宰相」原敬夫妻が一カ月にわたり滞在したと伝わります。また、伊藤博文が韓国皇太子・李垠殿下とともに盛岡を訪れた折には、ここで園遊会が開かれました。明治四十三年(一九一〇)には盛岡銀行の実質的経営者・金田一勝定が買い取り、現在に残る増築が行われました。続いて呉服卸商の赤澤多兵衛の所有となり、この頃に教育者であり書家でもあった新渡戸仙岳によって「南昌荘」という雅な名が付けられました。

昭和六十年代に入ると、南昌荘はマンション業者による買収・取り壊しの危機に直面します。これを受け、昭和六十二年(一九八七)に盛岡市民生活協同組合(現・いわて生活協同組合)が組合員の共有財産として購入を決断いたしました。その後、長い保全活動を経て、平成十二年(二〇〇〇)四月二十九日より一般公開が開始され、今日に至っております。

国登録記念物に登録された理由

南昌荘庭園は、平成二十七年(二〇一五)一月二十六日、文化庁により国の登録記念物(名勝地関係)に登録されました。その理由は、庭園の精緻な意匠と歴史的価値の双方を物語るものでございます。

庭園は、北上川左岸の河岸段丘上にあって、主屋から南東方向にゆるやかに下る自然地形を巧みに取り入れています。特筆すべきは、主屋内の中二階に庭園全体を見渡せる「南昌の間」を配置し、池泉を巡って歩く周遊と、座して観賞する着座の双方を等しく重視した設計となっている点です。西池側の園路上には茶室「幽泉(ゆうせん)」が組み込まれ、主屋前の平場には作庭時の様子を描いた『盛岡市実地明細図』(明治二十七年発行)にも描かれている高砂松(たかさごまつ)が植えられております。

明治末期と昭和初期に主屋の増改築や庭園への手直しが行われたものの、作庭当初の空間構成は『盛岡市実地明細図』に描かれた姿のまま良好に保たれています。文化庁は本庭園を、池泉周遊と着座観賞という異なる二つの観賞方法に基づく作庭時の空間構成を残す貴重な事例と評価し、また近代以降から現代に至るまで盛岡地方の造園文化の発展に寄与してきた意義深い庭園と位置付けています。

見どころ

南昌の間

南昌荘訪問の白眉ともいえるのが、主屋の中二階に位置する「南昌の間」でございます。畳に低く腰を下ろせば、障子と硝子戸を通して庭園全体が一枚の絵のように広がります。春の若葉、夏の濃緑、秋の紅葉、冬の雪景色 ―― 季節ごとに異なる表情を、ゆっくりと座して眺めることができます。日本の伝統的美意識である「静観」の真髄を体験できる空間として、訪れる方々を惹きつけてやみません。

東西の池泉と園路

庭園には東西二つの池が配されており、両者は小さなアーチ状の石橋を渡した水路でつながっています。池の周囲には園路が巡らされており、歩を進めるごとに石組み、水辺の植物、松などが織り成す景色が変化してまいります。主屋から見下ろす視点が意図的に高く設計されているため、まるで山水画の世界に入り込んだような感覚を覚えます。

茶室「幽泉」

西池のほとりにひっそりと佇む茶室「幽泉」は、明治の富裕層が慈しんだ文化の息吹を今に伝えます。園路を巡る途中で出会うこの小さな建物は、庭園散策をひと味違う体験へと変えてくれます。

「ゆかみどり」と「ゆかもみじ」

南昌荘の名物として知られるのが、磨き上げられた板間に夏の新緑が映り込む「ゆかみどり」、そして晩秋に紅葉が鏡のごとく板間に映る「ゆかもみじ」でございます。特定の部屋から眺めると、まるで床そのものが庭園の一部になったかのような美しい光景が広がります。一杯のお茶を片手に、ゆっくりと味わいたい光景です。

紅葉ライトアップ

毎年十一月、紅葉の見頃に合わせて夜間特別開園が行われます。イロハモミジやヤマモミジが照明に浮かび上がり、邸内の磨かれた板間にもその色彩が映し出されるさまは、何度訪れても新鮮な感動を与えてくれます。

ご利用案内

南昌荘は休館日を除いて通年開館しており、季節によって開館時間が異なります。邸内では抹茶やコーヒーをいただくこともでき、畳の間に腰を下ろしてゆっくりと一服する時間も格別です。庭園散策のあとに、ぜひお立ち寄りください。

  • 夏期(四月一日〜十一月三十日):午前十時〜午後五時
  • 冬期(十二月一日〜三月三十一日):午前十時〜午後四時
  • 休館日:毎週月曜日・火曜日、年末年始(十二月二十六日〜一月十日頃)。月曜日が祝日の場合は開館いたします。
  • 入園料:大人四百円、小・中学生二百円。十名以上の団体割引あり。お支払いは現金のみとなります。

JR盛岡駅からは、東口バスターミナル十二番乗り場より「水道橋行き」のバスに乗車し、「下の橋町」で下車後、徒歩五分でございます。徒歩の場合は駅から約二十分。お車の方は東北自動車道・盛岡インターチェンジから約十五分。建物前に十台分の駐車場がございますが、満車の際は近隣の有料駐車場のご利用をお勧めいたします。

周辺の観光スポット

南昌荘は盛岡中心部の歴史的な見どころから徒歩圏にあり、城下町の風情を感じる散策とあわせてお楽しみいただけます。

盛岡城跡公園(岩手公園)

南昌荘から徒歩約十五分。慶長二年(一五九七)に築城が始まった南部氏の居城跡で、国指定史跡、日本百名城のひとつに数えられます。盛岡産の花崗岩を用いた壮大な石垣と、桜・藤・紅葉といった四季折々の景観が魅力で、石川啄木や宮沢賢治ら盛岡ゆかりの文人の歌碑も園内に点在しています。

岩手銀行赤レンガ館

東京駅を設計した辰野金吾の手になる、明治四十四年(一九一一)竣工の赤煉瓦の銀行建築。中の橋のたもとに堂々と建ち、当時の銀行営業室の優雅な空間が一般公開されています。

紺屋町界隈

中津川を渡って城跡公園の対岸に広がる紺屋町は、江戸から明治にかけての商家が軒を連ねるレトロな町並みでございます。大正期の木造洋風建築「紺屋町番屋」、南部鉄器の老舗、南部煎餅店などが立ち並び、城下町の風情をしみじみと味わえる一角です。

中津川と上の橋

市の中心を流れる清流・中津川には、江戸時代の擬宝珠を残す上の橋や中の橋が架かっています。秋には鮭が遡上することでも知られ、市街地の只中とは思えぬ清らかな水景に出会うことができます。

Q&A

Q南昌荘庭園を訪れる、おすすめの季節はいつでしょうか?
Aどの季節にもそれぞれの趣がございますが、特におすすめは紅葉が見頃を迎える十一月上旬から中旬です。イロハモミジやヤマモミジが鮮やかに色づき、磨かれた板間に紅葉が映り込む「ゆかもみじ」もご覧いただけます。新緑の五月から六月、雪景色に包まれる真冬も、何度もお越しになる方々に愛されている時季でございます。
Q建物の中にも入ることができますか?
Aはい、入園料で庭園の散策とともに、主屋の畳の間にもお上がりいただけます。名所として名高い中二階の「南昌の間」もご見学いただけます。入口で靴をお脱ぎになり、お手元にお持ちのうえで館内をお回りください。
Q館内でお茶やコーヒーをいただくことはできますか?
Aはい、別料金にて抹茶やコーヒーをご注文いただけます。畳に座してお茶を味わいながら庭園を眺めるひとときは、南昌荘ならではの贅沢な過ごし方として大変ご好評をいただいております。
Q写真撮影は可能でしょうか?
A個人での記念撮影は、庭園・建物のいずれも基本的に可能でございます。着物姿での記念撮影や前撮り、七五三、成人式の撮影地としても親しまれております。商業撮影や大人数での撮影をご希望の場合は、事前に管理事務所までご相談ください。
Q見学にはどのくらいの時間が必要でしょうか?
A庭園と建物をゆっくり巡っていただくには、おおよそ四十五分から一時間ほどをお見込みください。お茶を召し上がったり、企画展や催しをご覧になる方は、九十分以上を確保されると、より充実したお時間をお過ごしいただけます。

基本情報

名称 南昌荘庭園(なんしょうそうていえん)
文化財指定 国登録記念物(名勝地関係)/平成二十七年一月二十六日登録。庭園は盛岡市保護庭園、邸宅は盛岡市景観重要建造物に指定。
所在地 岩手県盛岡市清水町十三番四十六号
建築・作庭 邸宅:明治十八年(一八八五)/庭園:明治二十年(一八八七)までに完成
当初の所有者 瀬川安五郎(一八三五〜一九一一、実業家・荒川鉱山経営者)
庭園様式 池泉回遊式庭園。河岸段丘の自然地形を活かし、主屋からの着座観賞も重視した設計。
現在の所有者 いわて生活協同組合
開館時間 四月一日〜十一月三十日:十時〜十七時/十二月一日〜三月三十一日:十時〜十六時
休館日 月曜日・火曜日、十二月二十六日〜一月十日頃の年末年始。月曜祝日は開館。
入園料 大人四百円、小・中学生二百円(現金のみ)
アクセス JR盛岡駅東口バスターミナル十二番乗り場「水道橋行き」乗車、「下の橋町」下車徒歩五分。徒歩の場合は駅より約二十分。お車では東北自動車道・盛岡ICから約十五分。駐車場十台。
電話番号 〇一九―六〇四―六六三三

参考文献

南昌荘庭園 ― 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/215247
南昌荘 ― いわて生活協同組合 公式サイト
https://www.iwate.coop/kankyou/nanshousou/
南昌荘 ご利用のご案内 ― いわて生協
https://www.iwate.coop/kankyou/nanshousou/info.html
南昌荘(ウィキペディア日本語版)
https://ja.wikipedia.org/wiki/南昌荘
南昌荘庭園 ― おにわさん(庭園情報メディア)
https://oniwa.garden/nanshoso-garden-南昌荘庭園/
盛岡市保護庭園 南昌荘 ― モリハチ旅
https://www.morioka-hachimantai.jp/spot/1463/
南昌荘 ― いわての旅
https://iwatetabi.jp/spots/5328/

最終更新日: 2026.04.29