奈良時代の礎石に立つ鎌倉の本堂

讃岐国分寺の本堂は、千年以上前に別の建物のために据えられた礎石の上に立っている。鎌倉時代後期、おそらく1275年から1332年のあいだに建てられたこの堂は、奈良時代の講堂跡に残されていた礎石を再利用し、その上に柱を据えた。聖武天皇の勅願によって各国に置かれた国分寺、その讃岐の講堂の基礎を、鎌倉の大工がそのまま使ったのである。建物は桁行五間、梁間五間の単層で、入母屋造の屋根を本瓦で葺く。四国に現存する木造仏堂のなかでも、屈指の規模をもつ。

寺は香川県高松市の国分寺町国分にあり、白牛山千手院国分寺と号する。真言宗御室派に属し、四国八十八ヶ所霊場の第八十番札所にあたる。起源は天平十三年(741年)、諸国に国分寺を置くよう命じた詔にさかのぼる。讃岐国分寺もそのひとつとして造られ、現在の本堂はその中世における後継にあたる。

本堂が貴重とされる理由

本堂が重要文化財に指定されたのは明治三十七年(1904年)八月二十九日のことで、日本最初の文化財保護法のもとで早い時期になされた建造物指定のひとつである。価値の一端は、まず残ったという事実そのものにある。十六世紀後半の天正年間、長宗我部氏の軍勢がこの地に攻め入った際の兵火で、寺の堂塔は大半が失われた。本堂はそれを免れ、現在の境内で焼失をまぬがれた数少ない建物として残っている。

鎌倉時代の記録には、当寺が奈良の西大寺の末寺であったとする記述がみえる。本堂の規模や細部の意匠は、その系譜のなかに無理なく収まる。古代の講堂跡をほぼそのまま敷地として用いている点も見逃せない。奈良時代の国分寺の場所に、参拝者が実際に足を踏み入れられる中世の堂が建っているわけで、古代の国分寺制度と直接につながる建物は多くない。

外観は、ゆっくり眺めるだけの内容をもつ。正面と背面には桟唐戸が開き、両端の間には連子窓がはまり、残りは板壁で閉じる。堂内に入ると、南側の二間分が外陣となり、引違いの格子戸と上部の菱欄間で内陣と仕切られる。内陣はさらに中央を方三間に区切り、左右に細い脇陣を設ける。そのほぼ中央に須弥壇が据えられている。

訪れたときに見ておきたいもの

須弥壇の上には大きな漆塗りの厨子が置かれ、その中に本尊の千手観音立像がまつられている。脇手を除く本体を﨔(けやき)の一木から彫り出し、十一面四十二臂、像高はおよそ5.2メートルにおよぶ。一木造の像としては四国でも有数の大きさである。制作は平安時代の末期とされ、本堂と同じ明治三十七年の同じ日に、それ自体が重要文化財に指定された。

計画のうえで一点ことわっておきたい。この像は秘仏で、開帳されるのはおよそ六十年に一度にとどまる。次回の開帳は2040年が予定されているため、いま訪れても、目にできるのは須弥壇上の閉じた厨子であって、像そのものではない。

より古い時代の寺は、屋外の石として姿をあらわす。旧境内の全域が特別史跡に指定されており、これは四国で寺院跡に与えられた唯一の指定である。創建当初の金堂の礎石が境内に点在し、その規模は奈良の唐招提寺金堂と比べられるほどである。山門のそばには七重塔の礎石が残る。復元の推定によれば、もし現存していれば、京都・東寺の五重塔をしのぐ高さになったという。

周辺とアクセス

鐘楼には銅鐘が掛かる。銘はないが、その古い形式から鋳造は奈良時代とみられ、そうであれば四国で最も古い梵鐘ということになる。周辺は松や盆栽の産地として知られ、寺へ続く松並木の参道もその土地の生業から育ってきたものである。少し歩くと讃岐国分寺跡資料館があり、発掘で出土した瓦・土器・金属器のほか、失われた金堂の縮尺模型を展示している。

アクセスはわかりやすい。JR四国予讃線の国分駅から山門までおよそ300メートルで、鉄道で行きやすい札所のひとつである。車であれば、高松自動車道の高松西インターチェンジから六キロメートルほどの距離になる。

Q&A

Q本尊の千手観音像は見られますか。
A通常は拝観できません。本尊は秘仏で、開帳されるのはおよそ六十年に一度です。次回は2040年が予定されています。本堂内に入り、本尊を納めた厨子を見ることはできます。
Qこれは奈良時代の建物そのものですか。
Aいいえ。国分寺の創建は奈良時代ですが、現在の本堂は鎌倉時代後期、1275年から1332年のあいだに建てられたものです。創建当初の講堂の礎石を再利用して立っているため、古代と中世の寺が同じ場所で重なっています。
Q四国遍路のなかでの位置づけは。
A讃岐国分寺は八十八ヶ所の第八十番札所です。多くの参拝者が遍路の道のりの一部として、徒歩・バス・車などで訪れます。なお、第一番から始めなければならないという決まりはありません。
Q境内でほかに見るべきものは。
A特別史跡には、創建当初の金堂や七重塔の礎石、奈良時代の鋳造とみられる銅鐘が残ります。近くの資料館では出土品を展示しています。松並木の参道や池も見どころに含まれます。
Q何時ごろ閉まりますか。
A山門は午後五時ごろに閉まるのが通例です。納経を受ける方は、閉門前に余裕をもって到着することをおすすめします。

基本情報

名称国分寺本堂(讃岐国分寺本堂)
所在地香川県高松市国分寺町国分
指定区分重要文化財(建造物)
指定年月日明治三十七年(1904年)八月二十九日
時代鎌倉時代後期(1275〜1332年)
構造形式桁行五間、梁間五間、単層、入母屋造、本瓦葺
員数1棟
所有者国分寺
本尊千手観音立像(重要文化財)、秘仏
アクセスJR予讃線・国分駅から約300メートル
備考本堂は参拝可。本尊はおよそ60年に一度の開帳(次回2040年予定)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)国分寺本堂
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3298
高松市 国分寺本堂
https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kurashi/kosodate/bunka/bunkazai/shiteibunkazai/kenzo/kokubunji.html
高松市 特別史跡 讃岐国分寺跡
https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kurashi/kosodate/bunka/kokubunjiato/rekish_upR21210.html
四国八十八ヶ所霊場会 第80番 国分寺
https://88shikokuhenro.jp/80kokubunji/
讃岐國分寺 公式サイト 本堂
https://sanukikokubunji.jp/keidai/hon-do/

最終更新日: 2026.06.03