金両藤井家住宅正門(旧八幡寺山門)― 醸造の町に息づく江戸時代の寺院建築
香川県小豆島の南東部、醤油の芳ばしい香りが漂う「醤の郷(ひしおのさと)」。この歴史ある醸造の町に、ひときわ風格ある門が佇んでいます。金両藤井家住宅の正門は、かつて八幡寺という寺院の山門として建てられた江戸時代の建造物です。廃寺となった後、大正時代に小豆島最古の醤油蔵元・金両の藤井家が自邸に移築し、醸造家の暮らしを見守る門として新たな役割を担ってきました。国の登録有形文化財として、仏教建築と醸造文化の二つの歴史を今に伝えています。
二つの人生を持つ門 ― 寺院から醸造家の邸宅へ
この門が最初に建てられたのは、江戸時代中期から後期にかけて(1751年~1829年頃)のことです。八幡寺の山門として、参詣者を迎え入れる役割を果たしていました。しかし、明治時代の神仏分離政策などの影響もあり、八幡寺は廃寺となります。
1918年(大正7年)頃、廃寺から取り残されていたこの山門を、金両の藤井家が自らの住宅敷地に移築しました。当時、藤井家は明治13年(1880年)の創業以来、醤油醸造業を営む小豆島の有力な醸造家として成長を遂げていた時期にあたります。寺院の山門という格式ある建造物を自邸の正門として迎え入れたことは、藤井家の社会的地位と文化財への敬意を物語っています。
建築の特徴 ― 薬医門の風格
正門の中心をなす大門は、「薬医門(やくいもん)」と呼ばれる格式の高い門の形式で建てられています。薬医門とは、二本の本柱のやや後方に控柱を立て、切妻屋根を載せた門のことで、武家屋敷や寺院の正門に多く用いられました。屋根には本瓦葺が施され、一間一戸(いっけんいっこ)の規模を持ちます。
門全体の間口は約9メートルに及び、三つの出入口から構成されています。中央の大門は住宅の玄関へと通じ、脇門は勘定場(帳場)に対応し、大門の西側に設けられた木戸門は日常の出入りに使われました。この三門構成は、醸造家の暮らしと商いの両面を機能的に支える工夫が凝らされたものです。門は土蔵の西南隅部につながり、敷地全体と一体となった構成を見せています。
建築面積は約12平方メートル、木造平屋建・瓦葺の構造です。規模こそ大きくはありませんが、江戸時代の寺院建築としての品格と技術の高さが細部に宿っています。
登録有形文化財としての価値
2003年(平成15年)1月31日、この門は国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。その文化財としての価値は、以下の点にあります。
- 江戸時代に建てられた寺院の薬医門が、廃寺後に醸造家の邸宅に移築され、現在まで良好な状態で保存されている稀少な事例であること。
- 小豆島における明治・大正期の産業と暮らしの変化、すなわち製塩業から醤油醸造業への転換の中で、宗教建築が世俗的に再利用された文化的変容の証であること。
- 同じ敷地内に登録された主屋(大正時代築)、土蔵、塀とともに、醸造場主の住宅としてのまとまりある景観を形成していること。
金両醤油 ― 小豆島最古の醤油蔵元
門をくぐった先に広がるのは、140年以上の歴史を刻む金両醤油の醸造場です。藤井家の祖先は江戸時代中期に医者として小豆島に移り住んだと伝えられ、その後、塩づくりや回船問屋を営みました。明治13年(1880年)、11代目当主・藤井吉蔵が醤油醸造を始めたのが金両の創業です。
現在は5代目の藤井寿美子氏が社長を務め、初の女性当主として伝統を受け継いでいます。金両醤油は、明治時代から使い続ける杉桶に100年以上棲みついた天然酵母の力を借り、国産大豆・小麦・瀬戸内の塩のみを原料に、2年から3年の歳月をかけてじっくりと醸造しています。ステンレスタンクを一切使わない昔ながらの製法は、小豆島の醤油蔵の中でも際立った存在です。
近年はオリーブオイルの製造にも力を入れており、自社農園で栽培・手摘み・搾油まで一貫して行う高品質なオリーブオイルは、国際品評会で金賞を受賞するなど世界的に評価されています。
見どころ ― 門と醸造の町を歩く
正門の見どころは、まず大門の本瓦葺の屋根と風格ある木造の柱です。長い年月を経た木材の質感が、江戸時代の寺院建築としての歴史を静かに物語ります。大門・脇門・木戸門の三門構成にも注目してください。格式ある正面、実務的な脇、日常的な木戸と、それぞれの役割が明確に分かれた構成は、醸造家の暮らしぶりを伝える興味深い建築的特徴です。
門の奥に広がる金両の敷地内では、大正時代に建てられた主屋の入母屋造の屋根や、醤油蔵の黒い板壁など、登録有形文化財に登録された建造物群を間近に見ることができます。蔵の中では、巨大な杉桶が整然と並ぶ様子や、梁や柱にびっしりと付いた蔵付き酵母を目の当たりにでき、伝統的な醤油醸造の生きた姿に触れることができます。
醤の郷の散策路を歩けば、金両だけでなく、ヤマサン醤油、ヤマヒサ、正金醤油など、明治・大正時代から続く醤油蔵が軒を連ねる黒い板壁の町並みが広がります。この地区一帯は経済産業省の近代化産業遺産にも認定されており、日本有数の醤油蔵建築の集積地として知られています。
周辺情報
金両藤井家住宅正門が位置する醤の郷には、馬木散策路と苗羽・醤油蔵通り散策路の二つの散策コースがあります。馬木散策路は赤穂から移住した塩づくりの人々が形成した集落を巡る約20分のコースで、瀬戸内国際芸術祭のアート作品「オリーブのリーゼント」も設置されています。苗羽・醤油蔵通りには、国内最大級の醤油蔵群が並び、マルキン醤油記念館では醤油の歴史や製造工程を学ぶことができます。
島内には他にも見どころが豊富です。道の駅 小豆島オリーブ公園(約4km)では地中海風の景観とオリーブ関連の体験が楽しめます。二十四の瞳映画村(約5km)では、壺井栄の名作の世界に浸ることができます。日本三大渓谷美の一つ・寒霞渓では、ロープウェイからの絶景パノラマを堪能できます。
訪問の手引き
小豆島へは、高松港からフェリーで約1時間のアクセスです。姫路港や岡山県の港からもフェリーが運航しています。島内では路線バスのほか、レンタカーやレンタサイクルが便利です。金両藤井家住宅へは、馬木バス停から徒歩約3~5分です。
門は外観をいつでも見学できます。金両醤油の蔵見学や試食体験を希望される場合は、事前予約をおすすめします。蔵見学では10種類以上の醤油やオリーブオイルのテイスティングが楽しめ、お土産とドリンク付きで1人1,000円程度です。瀬戸内海の穏やかな気候に恵まれ、春や秋の散策が特におすすめです。
Q&A
- 金両藤井家住宅正門とはどのような建造物ですか?
- 江戸時代中期~後期(1751年~1829年頃)に八幡寺の山門として建てられた薬医門です。廃寺後の1918年頃、小豆島の醤油蔵元・金両の藤井家が自邸に移築しました。2003年に国の登録有形文化財に登録されています。
- 見学は可能ですか?予約は必要ですか?
- 門の外観はいつでも見学できます。金両醤油の蔵見学や試食体験は事前予約が推奨されます。電話番号は0879-82-3333です。体験は1人約1,000円で、お土産・ドリンク付きです。
- 小豆島へのアクセス方法を教えてください。
- 高松港からフェリーで約1時間です。姫路港や岡山県の港からもフェリーが出ています。島内では路線バス(馬木バス停下車、徒歩約3~5分)やレンタカーが便利です。
- 近くに他の文化財はありますか?
- 醤の郷地区には約90棟の登録有形文化財建造物があります。金両の主屋・土蔵のほか、マルキン醤油記念館、ヤマサン醤油、ヤマヒサ、正金醤油など多数の歴史的建造物が集まっています。
- 外国語対応はありますか?
- 醤の郷では限られた英語表記があります。金両での蔵見学は主に日本語ですが、テイスティング体験は言語を問わず楽しめます。醤の郷散策MAPを入手して散策されることをおすすめします。
基本情報
| 名称 | 金両藤井家住宅正門(旧八幡寺山門) |
|---|---|
| ふりがな | きんりょうふじいけじゅうたくせいもん(きゅうはちまんじさんもん) |
| 文化財区分 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2003年(平成15年)1月31日 |
| 建造時期 | 江戸時代(1751年~1829年頃)/1918年頃移築 |
| 建築様式 | 薬医門、本瓦葺、一間一戸 |
| 構造 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積約12㎡ |
| 所在地 | 香川県小豆郡小豆島町苗羽字内浜甲842-1 |
| 所有者 | 金両株式会社 |
| アクセス | 馬木バス停から徒歩約3~5分/高松港からフェリーで約1時間 |
| お問い合わせ | 金両株式会社 TEL: 0879-82-3333 |
参考文献
- 金両藤井家住宅正門(旧八幡寺山門) — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/183053
- 金両藤井家住宅主屋 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/140411
- 会社案内 — 金両醤油
- https://kinryo-shoyu.co.jp/company/
- 小豆島 金両 金両株式会社 — Japan Brand Collection
- https://jbc-web.info/小豆島-金両-金両株式会社-2/
- 小豆島の匠たち|金両醤油 — おりんぴあどりーむせと
- https://ryobi-shodoshima.jp/olympia-dream-seto/takumi-1/
- 醤の郷(ひしおのさと)を歩く — うどん県旅ネット(香川県観光協会)
- https://www.my-kagawa.jp/shodoshima/feature/shodoshima/beauty3
- 小豆島町 指定・登録文化財一覧(参考資料)
- https://www.town.shodoshima.lg.jp/material/files/group/26/08_sankou.pdf
- 小豆島醤油の歩み — 小豆島醤油協同組合
- https://shima-shoyu.com/history/
最終更新日: 2026.03.24