市来の七夕踊とは:記録作成の対象に選ばれた大里の風流踊

市来の七夕踊(いちきのたなばたおどり)は、鹿児島県いちき串木野市大里に伝わる七夕の日の風流の踊で、昭和45年(1970年)6月8日に国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択された。

文化庁の記録では、種別は民俗芸能(風流)で、保護団体は七夕踊庭割衆である。

記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財は、国が記録を作成して残すべきものとして選択する制度で、指定とは仕組みが異なる。市来の七夕踊は、その後、別に重要無形民俗文化財にも指定されている。

市来の七夕踊の構成

文化庁の選択時の解説によると、七夕の日に大里で行われる踊で、まず前踊として作り物の鹿、虎、牛、鶴などの大張子や、琉球王、大名、薙刀踊などの一行が列をなし、次に太鼓や鉦を持った本踊の太鼓踊、後踊の薙刀踊が続く。

行列には大里の多くの人が加わり、選択時には300人から400人が行列した。本踊は古風な歌詞に乗って青年と子どもの総勢30余名が演じ、青年の踊り子はヤッサ(役者)とも呼ばれ、一番ドン、二番ドン、イデコヒキ、ヒラデコなどの役に、子どもはカネウチ、イデコなどの役に分かれる。

市来の七夕踊の見どころ

文化庁は、由来として、島津義弘の朝鮮の役の凱旋を祝う芸能だったという説を挙げ、踊りの一行の扮装には丸に十の字の島津氏の紋が付けられると記している。別に、大里の開田者、床濤到住の霊を慰めるために行うという伝承もある。

作り物が動物の精霊を示すものと考えられることなどから、文化庁は、七夕の日の踊ではあるが、亡き霊を供養する盆行事の前祭りの性格もうかがわれるとしている。

市来の七夕踊の見学方法

重要無形民俗文化財としての市来の七夕踊は、別のページで紹介している。開催日や見学の方法は、いちき串木野市や保存会の案内で確かめたい。

Q&A

Q市来の七夕踊はいつ選択されましたか?
A昭和45年(1970年)6月8日に、記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択されました。
Q市来の七夕踊は重要無形民俗文化財でもありますか?
Aはい。その後、別に重要無形民俗文化財に指定されています。
Q選択時の保護団体は?
A文化庁の記録では、七夕踊庭割衆です。
Q市来の七夕踊の由来は?
A文化庁は、島津義弘の朝鮮の役の凱旋の祝賀芸能だったという説と、開田者床濤到住の霊を慰めるという伝承を挙げています。
Q市来の七夕踊にはどんな作り物が出ますか?
A鹿、虎、牛、鶴などの大張子です。

基本情報

名称市来の七夕踊(いちきのたなばたおどり)
所在地鹿児島県いちき串木野市大里
指定区分記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(民俗芸能)
指定年昭和45年(1970年)6月8日選択
員数文化庁データベースに記載なし
寸法文化庁データベースに記載なし
所有者保護団体:七夕踊庭割衆
公開状況七夕の時期に大里で行われる

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「市来の七夕踊」(記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/312/596
文化庁 国指定文化財等データベース「市来の七夕踊」(重要無形民俗文化財)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/153

最終更新日: 2026.09.28