狭野神社ブッポウソウ繁殖地:霧島の麓に息づく聖なる森と幻の青い鳥

宮崎県西諸県郡高原町の南西部、霧島連峰の山裾にひっそりと佇む狭野神社(さのじんじゃ)。その深い杉木立は、1934年(昭和9年)に「ブッポウソウ繁殖地」として国の天然記念物に指定されました。かつてこの森には、鮮やかな瑠璃色の翼を持つブッポウソウが毎年夏になると渡来し、地元の人々はこの鳥を親しみを込めて「宮鳥(みやどり)」と呼びました。日本建国神話、樹齢四百年を超える古杉、そして今や姿を見ることが難しくなった夏鳥。狭野神社の境内は、これら三つの物語が重なり合う、まことに奥深い文化的景観をなしています。

指定の主役、ブッポウソウとはどのような鳥か

ブッポウソウ(Eurystomus orientalis)は、日本に渡来する夏鳥のなかでもひときわ美しい姿で知られる鳥です。全長は約30センチメートル。胴体は光沢のある青緑色の羽毛に覆われ、光の加減によって緑にも青にも見えるその色合いと、鮮やかな朱色のくちばしと脚が見事な対比をなします。翼を広げて飛翔すると、風切羽に二つの白斑が現れ、この特徴的な紋様が一目で本種であることを示します。

毎年4月下旬から5月にかけて東南アジアから日本に渡来し、社寺林などの古木の樹洞、キツツキ類が穿った穴を他の動物が広げたものなどに営巣します。夏のあいだに雛を育て上げた後、9月初旬には再びジャワやスマトラなどの越冬地へと旅立ちます。

狭野神社の鬱蒼とした杉木立は、こうした樹洞営巣性の鳥にとって理想的な環境を提供してきました。当時の記録によれば、繁殖期には境内に独特の鳴き声が響き渡り、全国に四箇所ある国指定のブッポウソウ繁殖地のなかでも、狭野神社は最も多くの個体が渡来する場所として知られていたといいます。

なぜ国の天然記念物に指定されたのか

狭野神社のブッポウソウ繁殖地は、1934年(昭和9年)5月1日に国の天然記念物として指定を受けました。文化庁の指定説明文では、ブッポウソウは東アジアおよび南洋に広く分布するものの日本国内では稀少な鳥であり、毎年4月下旬頃に渡来して老樹の洞穴に営巣繁殖する地として狭野神社の杜が古来著名であったことが、指定理由として明記されています。

この指定は、全国に四箇所しかない「ブッポウソウ渡来繁殖地」の天然記念物指定の一つでした。他は岐阜県美濃市の洲原神社、長野県木曽町の御嶽(三岳)、山梨県南巨摩郡身延町の身延町ブッポウソウ繁殖地です。これら四地は、いずれも宗教的な聖地の古木林がブッポウソウの営巣地として選ばれたという共通点を持ち、信仰の場としての森と、絶滅が危惧される鳥の保全とが分かちがたく結びついた、ユニークな文化的・自然史的意義を担う場所群を形成しています。

有名な「声と姿」の取り違え

このブッポウソウという鳥には、日本の自然史上もっともよく知られたエピソードの一つがあります。古来、日本の山中で夜に響く清らかな三音節の鳴き声「ブッ・ポウ・ソウ」は、この瑠璃色の美しい鳥の声であると信じられてきました。仏・法・僧の三宝を象徴する音にちなみ、霊鳥として千年以上にわたって和歌や物語に詠まれてきたのです。

しかし真実は意外なものでした。狭野神社が天然記念物に指定された翌年、1935年(昭和10年)6月7日、NHK名古屋中央放送局が愛知県の鳳来寺山からブッポウソウの鳴き声を全国放送しました。これを聴いた東京の人物が「自分の飼っている鳥と同じ声だ」と申し出、その鳥がフクロウ目のコノハズクだったことから、夜の鳴き声の主は実はコノハズクであることが判明したのです。本物のブッポウソウの声は実際には「ゲッゲッゲッ」という濁った鳴き声でした。以来、コノハズクを「声のブッポウソウ」、本来のブッポウソウを「姿のブッポウソウ」と呼び分けるようになりました。狭野神社が天然記念物として保護してきたのは、まさに後者、昼間に空を舞う鮮やかな青い鳥の方なのです。

森を抱く狭野神社

この天然記念物は、それを抱く神社と切り離して語ることはできません。狭野神社の創建は社伝によれば人皇第五代・孝昭天皇の御代に遡り、神武天皇御降誕の地に祀られたのが始まりとされます。社名「狭野」は神武天皇の御幼名「狭野尊(さののみこと)」に由来し、周辺には皇子原、皇子川原、祓川など、神武天皇の幼少期にまつわる地名が数多く残されています。

霧島連峰の麓に位置するため、当社は度重なる火山噴火の災禍にも見舞われてきました。文暦元年(1234年)の大噴火で社殿等が焼失して以降、幾度かの遷座を経て、慶長15年(1610年)に島津家久の命により現在地に社殿が再建されました。霧島六所権現の一社として古くより尊崇を集め、現在も九州を代表する神社の一つとして篤い信仰を集めています。

境内の見どころ

狭野の杉並木:日本一の長さを誇る直線参道

当社への参拝は、日本一長い直線参道といわれる約1キロメートルの並木道から始まります。この杉並木は慶長4年(1599年)、薩摩藩主島津義弘が朝鮮出兵の戦勝記念に植えさせたと伝えられ、樹齢約400年、樹高63メートル、幹周9メートルにも達する巨木が並びます。この並木道自体も、ブッポウソウ繁殖地より早い大正13年(1924年)に国の天然記念物に指定されており、薄暗い緑のトンネルを歩く時間は、参拝者にとって心身を清めるかけがえのない体験となっています。

境内の静謐な空気

長い参道を抜けて社殿に至ると、そびえる杉と古色を帯びた建物のコントラストが、まことに深い静寂を生み出します。空気はひと際冷んやりと感じられます。御祭神である神武天皇は事始めの神として崇められ、安産、長寿、交通安全、子供の守り神として、各地から多くの参拝者を集めています。

狭野神楽

毎年12月第1土曜日の夜から翌日曜日の日の出にかけて奉納される狭野神楽は、500年以上の歴史を持つ神事で、平成22年(2010年)に「高原の神舞(かんめ)」の名で国の重要無形民俗文化財に指定されています。徹夜で続けられる三十三番の神楽は、九州の神楽を代表する貴重な民俗芸能の一つです。

苗代田祭(ベブがハホ)

毎年2月18日に行われる苗代田祭は、田植えの所作を象徴的に演じる古い神事で、ユーモラスな所作と観衆を巻き込む演出により観衆から自然と笑いがおこることでも知られます。宮崎県の重要無形民俗文化財に指定されています。

今、訪れるにあたって知っておきたいこと

残念ながら、狭野神社を含む全国四箇所の指定地のいずれにおいても、現在ブッポウソウの飛来繁殖はほとんど確認されておりません。20世紀後半以降、社寺林の縮小、道路交通の増加、そして営巣に必要な大樹の樹洞の減少などにより、本種は全国的に著しく数を減らしました。環境省レッドリストでは絶滅危惧IB類に分類されています。

とはいえ、この指定がもつ意味は今もまったく失われていません。それは、美しい渡り鳥と聖なる森が幾世代にもわたって支え合ってきた歴史の記憶を後世に伝えるものであり、「一種の鳥の保護は、それを育む文化的景観の保護と分かちがたい」という日本の自然保護思想の原点を示すものです。自然と信仰、そして保全の歴史が交わる場所として、訪れる人々に静かな感動を与え続けています。

周辺観光情報

狭野神社の周辺には、南九州の旅をいっそう豊かにする見どころが数多く存在します。神社の西方約1キロには末社の皇子原神社が鎮座し、神武天皇御降誕の地と伝えられ、産湯石と呼ばれる神石が奉斎されています。霧島東神社、霧島神宮など霧島六社権現の社々を一日で巡る神社巡拝は、霧島火山地帯の精神文化を深く体感できる旅程として人気です。

アウトドア派には、天孫降臨の伝承の地・高千穂峰への登山や、皇子原温泉での湯浴みもおすすめです。また、神話の名水として知られる祓川湧水群も近郊にあり、九州自然歩道もこの地域を通っています。

Q&A

Q訪問すれば実際にブッポウソウを見ることができますか?
A残念ながら、現在では飛来がほとんど確認されておらず、観察は極めて困難な状況です。これは狭野神社に限らず、全国四箇所の指定地に共通する状況です。歴史的・文化的景観として鑑賞される場所と捉えていただくのがよいでしょう。実際にブッポウソウの姿を見たい方は、巣箱設置による保護活動が成果を上げている広島県や岡山県の繁殖地を訪ねるのが一般的です。
Q参拝に最適な時期はいつですか?
A境内は通年参拝可能です。歴史的にブッポウソウが渡来していた4月〜6月頃は、杉木立の新緑が美しく、特に趣ある時期となります。12月第1週末には徹夜の狭野神楽、2月18日にはユニークな苗代田祭が奉納され、これらの神事に合わせた参拝もおすすめです。
Qなぜこの鳥は「ブッポウソウ」と呼ばれるのですか?
A古くから山中で「ブッ・ポウ・ソウ」と聞こえる鳴き声が、仏・法・僧の三宝を象徴するものと信じられ、その声の主であると考えられた鳥に名付けられたものです。しかし1935年のNHKラジオ放送をきっかけに、夜の鳴き声の正体は実はコノハズクであることが判明しました。現在では本種を「姿のブッポウソウ」、コノハズクを「声のブッポウソウ」と呼び分けています。
Qアクセス方法を教えてください。
A所在地は宮崎県西諸県郡高原町です。JR吉都線「高原駅」からタクシーで約5分、宮崎自動車道「高原IC」から車で約10分。境内には約500台分の無料駐車場が完備されています。
Q長い参道を歩くのは大変ですか?
A表参道(二の鳥居から)の全長は約1キロメートルで、ほぼ平坦な道のりです。お時間や体力に余裕のある方はぜひ歩いていただきたいですが、足腰に不安のある方は南参道や西参道から拝殿近くまで車で乗り入れることもできますので、ご安心ください。

基本情報

名称 狭野神社ブッポウソウ繁殖地(さのじんじゃぶっぽうそうはんしょくち)
指定区分 国指定天然記念物
指定年月日 1934年(昭和9年)5月1日
所在地 〒889-4414 宮崎県西諸県郡高原町蒲牟田117
対象種 ブッポウソウ(Eurystomus orientalis)/地元では「宮鳥」とも呼称
指定地の性格 狭野神社境内の杉木立(社叢林)
関連文化財 狭野の杉並木(国指定天然記念物・1924年指定)/狭野神楽(国指定重要無形民俗文化財)
アクセス JR高原駅よりタクシーで約5分/宮崎自動車道高原ICより車で約10分
駐車場 約500台(無料)
拝観料 無料・通年参拝可

参考文献

文化遺産オンライン|狭野神社ブッポウソウ繁殖地
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/192192
宮崎県観光協会公式サイト「みやざき旅ネット」|狭野神社
https://www.kanko-miyazaki.jp/spot/1119
高原町観光協会|狭野神社
http://www.takaharu-tourism.jp/look/sanojinja/
宮巡(宮崎県の神社紹介サイト)|狭野神社
https://www.m-shinsei.jp/m_shrine/狭野神社/
Wikipedia|狭野神社
https://ja.wikipedia.org/wiki/狭野神社
Wikipedia|ブッポウソウ
https://ja.wikipedia.org/wiki/ブッポウソウ
長野県|ブッポウソウ保護回復事業計画(PDF)
https://www.pref.nagano.lg.jp/shizenhogo/kurashi/shizen/hogo/kisyoyasei/jorei/documents/buppoussou.pdf
JAPAN 47 GO|狭野神社のブッポウソウ
https://www.japan47go.travel/ja/detail/bcea2b88-f8d6-452d-a921-05ded0aadb9c

最終更新日: 2026.05.07