古神宝類:神に捧げられた弓矢と太刀

全長およそ二メートル、檀(まゆみ)の丸木を朱漆で塗り上げた一張の弓がある。実戦のために弦を張られることはなく、神前に据えられるためだけに作られた品である。鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)に伝来するこの弓は、朱漆弓・黒漆矢・平胡籙・太刀をひとまとめにした「古神宝類」として、国宝に指定されている。

神宝とは、鏡・武具・衣装・調度などを神の所有物として奉る、神道の習わしに根ざした品をいう。大社では一定の年限ごとに神宝を新調することがあり、その際に役目を終えた旧来の品が残されると、これを古神宝と呼んだ。武具をそろえた古神宝が今日まで伝わる例は少なく、技法や意匠を見る以前に、一群が散逸せず残っている事実そのものが貴重である。

祀られるのは八幡神、すなわち弓矢の神であり、源氏の氏神として武家の信仰を集めた神格である。武具の奉納はこの神格と深く結びついており、本品もその文脈のなかに置いて理解される。

国宝指定の理由

本古神宝類は昭和31年(1956年)6月28日に国宝へ指定された。その価値は、装飾の質の高さ、ほぼ完存している点、そして中世日本の金工・漆芸史における位置づけという、複数の要素が重なるところにある。

胡籙の表面と太刀の鞘には沃懸地(いかけじ)が用いられている。金粉や金箔を密に蒔いて、木地の上に塗り重ねた装飾というよりも、金属そのものの面と見えるほどに仕上げる技法である。その金地の上には螺鈿、すなわち夜光貝などを切ってはめ込む細工が施され、杏葉文(ぎょうようもん)や唐花窠文といった文様をかたちづくる。文化庁の解説は、本品を奈良・春日大社若宮の神宝類に次ぐ屈指の遺品と位置づけている。

年代の扱いには注意がいる。社伝は、当社に八幡神を勧請した源頼義が、山城の石清水八幡宮から神宝を申し下して奉納したものと記す(『新編相模国風土記稿』)。一方、様式の上では、二口の太刀と二腰の平胡籙は鎌倉時代の作とみなされ、弓と矢はそれよりも古く、平安時代まで遡る可能性も指摘されている。鎌倉国宝館は、江戸時代の古宝物図録に二口の太刀が最高位の武人の佩刀と記される点をふまえ、これを源頼朝の所用と伝える。いずれも伝承として押さえておくべき事柄であり、作者は記録されず、製作年代も確定していない。

見どころ

二口の太刀は、騎乗の武者が刃を下に向けて腰から吊るした「太刀」である。のちに帯に刃を上にして差す打刀とは佩用の形が異なる。鞘は胡籙と同じ金地に杏葉文の螺鈿を配し、柄には銀の粉を蒔いた鮫皮を着せる。光をあてると、一口の地鉄には小板目の鍛え目が細かく浮かぶ。二口は対をなすが完全な同形ではなく、うち一口は鐔を欠く。この小さな欠失が、八百年を経てきた品の来歴を記している。

胡籙は腰に携える平胡籙で、外面は金地と螺鈿で華やかに飾り、内側は黒漆塗とする。この内外の対比は意図されたものである。弓は長さ約195センチメートル、両端に金銅の筈を備え、弣(ゆづか)の下に籐を巻く。

矢にも目を留めたい。三十隻が残り、いずれも黒漆塗で、鏃は金銅でいくつかの形に鋳られている。飛びながら音を発する鏑(かぶら)、二股に分かれた雁又、細く尖った尖鏃などである。打ち筈の一部には瑠璃や白玉が嵌められる。矢羽根は後補で、修理の手はその点を隠していない。さらにこの矢には別の顔がある。正月に神社で授与される破魔矢の起源とされ、現在も続く習俗へとつながっているのである。

拝観と周辺

これらの品は、いつでも間近に見られるわけではない。保存と防犯のため、鶴岡八幡宮の宝物殿に常時並ぶのは精巧な複製が中心である。実物は、境内に建つ鎌倉国宝館において、例大祭にあわせて秋に開かれる古神宝の特別展で公開される。実物を見たい場合は、九月中旬の例大祭の時期に合わせて訪れ、事前に同館の会期を確認するとよい。

八幡宮そのものも、ゆっくりと歩いて味わいたい場所である。町から続く段葛(だんかずら)の参道が朱の鳥居へと導き、広い石段が境内の上の社殿へと上がっていく。鎌倉には見どころが近くに集まっている。高徳院の銅造大仏、禅刹の建長寺、季節ごとに表情を変える寺院の庭などである。八幡宮と鎌倉国宝館、そして一、二か所の寺をめぐる行程を組めば、慌てずに一日を過ごせる。

Q&A

Q実物はいつでも見られますか。
A通常は複製が展示されています。実物は鎌倉国宝館で、九月中旬の例大祭の時期にあわせて秋に開かれる古神宝の特別展で公開されます。訪問前に会期をご確認ください。
Qこれらの武具は戦で使われたのですか。
Aいいえ。実戦の道具ではなく、神への奉納品として作られました。金と螺鈿による豪奢な装飾は、そもそも戦闘には向きません。
Q平胡籙とは何ですか。
A矢を収めて腰に携える、平たい形の胡籙(やなぐい)です。本品の二腰は金の沃懸地に螺鈿を施した華やかな作りです。
Qいつ頃の作ですか。
A全体としては鎌倉時代の作に分類されます。社伝は当社を創建した人物に結びつけ、弓と矢はさらに古い可能性も指摘されます。正確な年代と作者は記録されていません。
Q正月の破魔矢と関係があるというのは本当ですか。
A本品の矢は、正月に神社で授与される破魔矢の起源とされています。現在も続く習俗と結びついた品といえます。

基本データ

名称古神宝類(こしんぽうるい)
員数朱漆弓 一張/黒漆矢(うち篦一筋欠) 三十隻/沃懸地杏葉螺鈿平胡籙 二腰/沃懸地杏葉螺鈿太刀(うち一口鐔欠) 二口
区分国宝(工芸品)
時代鎌倉時代(弓・矢はより古い可能性あり)
指定年月日昭和31年(1956年)6月28日
所有者鶴岡八幡宮
所在地神奈川県鎌倉市雪ノ下
公開常時は複製を展示。実物は鎌倉国宝館にて、例大祭にあわせた秋の古神宝特別展で公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/478
鶴岡八幡宮 公式サイト(宝物)
https://www.hachimangu.or.jp/sightseeing/homotsu/
鎌倉国宝館(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/鎌倉国宝館
神社博物館事典WEB版(鶴岡八幡宮)
https://www2.kokugakuin.ac.jp/museum/jinja/14/14_tsurugaoka.html

最終更新日: 2026.06.12