1308年の年号を刻む石塔

安養院の本堂裏に立つこの石造宝篋印塔の西面には、「徳治三秊戊申七月日」と読める刻銘がある。徳治3年は1308年、鎌倉時代も後半に入った夏にあたる。造立の年がはっきりと石に残っているため、安養院宝篋印塔は造立年のわかる宝篋印塔として鎌倉で現存最古とされる。昭和29年(1954年)3月20日に国の重要文化財に指定された。

石材は安山岩、高さはおよそ3.35メートルある。鎌倉駅の南東、大町の浄土宗寺院・安養院の境内にあり、本堂の裏手へ回ると、見上げるほどの大きさで建っている。

宝篋印塔は、もとは宝篋印陀羅尼経を納めるための塔として造られた形式で、のちに墓塔や供養塔として広く用いられるようになった。基礎の上に方形の塔身を置き、屋根にあたる笠には段型を重ね、四隅に隅飾突起が立ち上がり、頂部に相輪を載せる。五輪塔に比べて部材が多く、装飾性が高いのが特徴である。

銘文が伝える願主と石工

刻まれているのは造立年だけではない。基礎には、この塔を造った人々の名が残る。西面基礎の中央の束には大檀那として沙弥観杲の名、向かって右の束には大工として沙弥心阿の名が刻まれている。いずれも在俗のまま仏門に入った沙弥であり、願主の観杲は鎌倉武士の在俗出家者と考えられている。観杲を中心とした結縁衆が、この石塔を造立したとみられる。

石工の心阿は、その足跡をたどることができる。正安2年(1300年)の追刻が残る箱根の宝篋印塔にも同じ名が見え、奈良・西大寺の律僧らが東国に広めた石造技術の系譜、いわゆる西大寺流につながる石工と位置づけられている。安養院の塔は、その系譜の所在を示す作例のひとつである。

指定について、ひとつ補足しておきたい。重要文化財としての指定範囲は「相輪を除く」とされている。頂部の相輪は後補で、指定の対象には含まれない。歴史的な価値を担っているのは、相輪より下の部分である。

見どころ

塔に近づいて細部を見ていくと、彫りの確かさに気づく。笠は段型を重ねており、下二段・上五段で、最上段は側面を二区に分けた露盤とする。笠の四隅に立つ隅飾は、輪郭を付けた二弧の形で、わずかに外へ傾く。この外傾は時代を読む手がかりのひとつで、鎌倉期の作に多く、時代が下ると次第に直立に近づいていく。

下部に目を移すと、基礎は立派な複弁の反花座の上に据えられ、側面には格狭間が入る。誇張のない、堂々とした均整がある。形式を知り尽くした石工の仕事である。

大きな塔の傍らには、小ぶりの宝篋印塔がもう一基並ぶ。こちらは源頼朝の妻であり安養院の開基とされる北条政子の墓と伝わるもので、政子の法名「安養院殿」が読み取れる。寺号の安養院もこの法名に由来する。政子の没年は1225年で、小さい塔が造られた室町時代より早い。したがってこの塔は同時代の墓というより、後世に建てられた供養塔とみるのが自然である。一方、重要文化財である大きな塔は、安養院に先立ってこの地にあった善導寺の開山・尊観上人の墓と伝えられている。

寺とツツジ

安養院はこぢんまりとした寺で、その規模が魅力でもある。本尊は阿弥陀如来。田代観音と呼ばれる千手観音を安置し、坂東三十三観音霊場の第3番札所となっている。本堂前には樹齢700年を超えるといわれる槇の巨木があり、鎌倉市の天然記念物に指定されている。

多くの参拝者にとって最大の目当てはツツジだろう。境内にはオオムラサキツツジの大株が植えられ、古く広がった株は「おばけツツジ」とも呼ばれる。見頃は例年4月下旬から5月上旬、ゴールデンウィークのころで、この時期は小さな境内に人が絶えない。その時季を外せば、緑の落ち着いた境内になる。

山門から先の撮影は2022年4月まで禁止されていたが、現在は三脚・一脚の使用禁止などのルールのもとで認められている。塔は本堂裏の墓所にあるので、本堂の脇を少し進めばたどり着く。

アクセスと周辺

安養院は鎌倉駅東口から徒歩でおよそ10〜15分、大町にある。大仏や長谷へ向かう観光の流れから少し外れた、寺の多い静かな一角である。名越方面行きの路線バスの停留所も近い。歩いて回れる範囲に妙法寺の苔庭や、日蓮ゆかりの安国論寺などがあり、合わせて巡るのに向いている。

拝観時間は朝から夕方前までと短く、山門で少額の拝観志納を求められる。時間や金額は時期によって変わってきた経緯があり、年末年始は休止となる。ツツジの時季に合わせて訪ねる場合はとくに、最新の情報を確認してから出かけたい。

Q&A

Q宝篋印塔とはどのような塔ですか。
A石造の塔の一形式です。もとは宝篋印陀羅尼経を納めるために造られ、のちに墓塔・供養塔として広く用いられました。方形の基礎・塔身、段型を重ねた笠、四隅の隅飾突起、頂部の相輪からなり、五輪塔より装飾性が高いのが特徴です。
Qなぜ重要文化財に指定されているのですか。
A徳治3年(1308年)の造立年が刻銘で確認でき、造立年のわかる宝篋印塔として鎌倉で現存最古とされるためです。基礎に願主と石工の名が残り、石工が西大寺流の系譜につながる点も、石造技術の広がりを示す資料として高く評価されています。
Q間近で見たり、写真を撮ったりできますか。
Aできます。塔は本堂裏の墓所にあり、拝観時間内であれば近くまで行けます。境内の撮影は2022年4月から、三脚・一脚の使用禁止などのルールのもとで認められています。
Qツツジの見頃はいつですか。
Aオオムラサキツツジの見頃は例年4月下旬から5月上旬、ゴールデンウィークのころです。この時期がもっとも混み合います。落ち着いて塔を見たい場合は、それ以外の季節がおすすめです。
Q大きいほうの塔が北条政子の墓ですか。
Aいいえ。重要文化財である大きな塔は、先にこの地にあった善導寺の開山・尊観上人の墓と伝わります。隣に並ぶ小さな塔のほうが北条政子の墓と伝えられ、政子の法名「安養院殿」が刻まれています。

基本情報

名称安養院宝篋印塔
所在地神奈川県鎌倉市大町
指定区分国指定重要文化財(昭和29年〈1954年〉3月20日指定、相輪を除く)
年代徳治3年(1308年)、鎌倉時代後期。刻銘による
材質・高さ安山岩、高さ約3.35メートル
員数1基
所有者安養院
アクセス鎌倉駅東口から徒歩約10〜15分
拝観日中のみ。少額の拝観志納あり。年末年始は休止。訪問前に最新情報の確認を。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース(安養院宝篋印塔)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/621
安養院 (鎌倉市)(ウィキペディア日本語版)
https://ja.wikipedia.org/wiki/安養院_(鎌倉市)
鎌倉タイム 鎌倉市の国宝・指定文化財
https://kamakura-guide.jp/kokuhou-juubun
安養院(三浦半島観光情報)
https://miurahantou.jp/anyoin/

最終更新日: 2026.06.03