五島美術館本館 ― 平安の雅を鉄筋コンクリートに写した、吉田五十八の代表作
東京・世田谷区上野毛の閑静な住宅街にひっそりと佇む五島美術館本館は、二十世紀の日本建築を語るうえで欠かすことのできない一棟です。設計者は近代数寄屋建築の巨匠・吉田五十八。鉄筋コンクリート造でありながら、平安朝貴族の住まいに用いられた寝殿造の意匠を細部にまで取り入れた本館は、昭和35年(1960)の竣工以来、和様建築と現代技術の幸福な出会いを今に伝えてきました。平成29年(2017)には国の登録有形文化財(建造物)に登録され、近代建築史における重要な位置づけが改めて確認されています。国宝『源氏物語絵巻』をはじめとする豊かな美術コレクションとあわせて、海外からの旅人にも特別なひとときを贈ってくれる場所です。
美術館誕生の物語
五島美術館は、東京急行電鉄株式会社の元会長・五島慶太翁(1882〜1959)が半生をかけて蒐集した日本・東洋の古美術品を礎として開館しました。慶太翁は鉄道事業を率いるかたわら、奈良時代の古写経をはじめ、書跡、絵画、陶磁器、茶道具など幅広い分野の名品を熱心に収集した人物として知られています。自ら「古経楼」と号したその雅号からも、古典への深い敬愛がうかがえます。
本館の建設は、慶太翁の喜寿(七十七歳)を記念する事業として企画されました。慶太翁は美術館の開館を悲願としながらも、開館前年の昭和34年(1959)に世を去り、完成した姿を目にすることは叶いませんでした。翌昭和35年4月、慶太翁の遺志を受け継ぐ形で五島美術館は開館し、以来、日本と東アジアの古美術を世に伝える文化施設として歩み続けています。
設計者・吉田五十八と「和の近代化」
本館を手がけた吉田五十八(1894〜1974)は、伝統的な数寄屋建築を独自の感性で近代化したことで広く知られる建築家です。東京美術学校(現・東京芸術大学美術学部)を卒業後、ヨーロッパ遊学を経て日本固有の美への探究を深め、戦後を代表する和風建築の旗手として数多くの名作を遺しました。日本芸術院会員、文化勲章受章者であり、第四期歌舞伎座、奈良の大和文華館、成田山新勝寺本堂、中宮寺本堂、外務省飯倉公館などの設計でも知られます。
五島美術館本館は、現存する吉田作品のなかでも大和文華館と並ぶ大規模建築であり、彼の建築思想が最も大きなスケールで結実した一棟といえます。テーマとして掲げられたのは、平安朝の貴族住宅様式である「寝殿造」を、鉄筋コンクリート造に翻訳すること。古典への懐古ではなく、伝統美を現代技術で再生させようとする創造的な挑戦が、館全体に貫かれています。
建築の見どころ
正面に立つと、まず目を引くのが幅広い縁と深い軒の作り出す、低く伸びやかな水平線です。これは平安貴族の邸宅に見られた屋根の意匠を現代的に翻案したもので、緑豊かな敷地と建物がしっとりと溶け合う風景を生み出しています。建物の外観をどんな色に塗装するかについて吉田が60日もの試行錯誤を重ねたという逸話も残されており、細部にまで宿る職人的なこだわりを物語っています。
館内外には大径の丸柱が用いられ、寝殿造を意識した広やかな平面構成が展開されています。建具には、平安時代に開閉式の格子戸として用いられた蔀戸(しとみど)の意匠が取り入れられ、御簾(みす)を思わせる繊細な装飾も見られます。鉄筋コンクリートという近代素材を用いながら、その表現はあくまで王朝風の柔らかさを湛えており、海外の方にも一目で「日本らしさ」を感じていただける建築といえるでしょう。
竣工翌年の昭和36年(1961)には第二回建築業協会賞を受賞。さらに開館50周年を機に行われた平成22〜24年(2010〜2012)の大規模改修では、吉田の設計した外観を可能な限り尊重しつつ耐震補強と設備更新が施され、2013年度のグッドデザイン賞も受賞しました。
登録有形文化財に登録された理由
文化庁は本館を、戦後の日本建築史において吉田五十八の代表作と位置づけられる近代建造物として高く評価しています。寝殿造に学んだ平面、大径の丸柱、蔀戸や御簾を想起させる建具意匠、幅広の縁と深い軒による水平線の強調など、平安朝の意匠を鉄筋コンクリートに見事に翻案した点が、唯一無二の達成として注目されました。庭園内の茶室「古経楼」「冨士見亭」とともに、平成29年10月27日に国の登録有形文化財(建造物)として登録されています。
所蔵コレクション ― 五件の国宝を含む名品の宝庫
五島美術館の収蔵品は約5,000点に及び、そのうち国宝5件、重要文化財約50件を含むという充実ぶりです。とりわけ名高いのが、国宝『源氏物語絵巻』と国宝『紫式部日記絵巻』。いずれも平安時代に成立した日本絵巻芸術の頂点を示す作品で、王朝文学を愛する世界中の人々を惹きつけてきました。
これらの絵巻は、保全の観点からごく限られた期間にのみ公開されます。例年、『源氏物語絵巻』は春に約1週間、『紫式部日記絵巻』は秋に同程度の期間が公開のタイミングとされており、ご来館を計画される際には公式サイトの年間スケジュールをぜひご確認ください。それ以外の時期にも、年6〜7回の館蔵品展や特別展が催され、古写経・墨蹟・古筆・絵画・陶磁・茶道具など、五島翁が遺した東アジア美の世界に存分に親しむことができます。
武蔵野の自然を残す広大な庭園
本館の奥には、約5,000坪に及ぶ広大な日本庭園が広がります。武蔵野台地の縁にあたる「国分寺崖線」の地形を巧みに活かした回遊式の庭で、最高部と最低部の高低差はおよそ35メートル。木々の間を縫うように散策路が続き、東京にいることを忘れさせるような自然の懐が来館者を包み込みます。
この敷地はもともと五島慶太翁の邸宅地であり、それ以前は台湾総督や逓信大臣を歴任した田健治郎の旧宅「万象閣」として知られていました。庭園内には、慶太翁が伊豆や長野での鉄道事業の縁で引き取ったとされる「大日如来」「六地蔵」など多くの石仏が静かに佇んでいます。明治時代に建てられた茶室「古経楼」と、慶太翁が古材を生かして造らせた立礼席「冨士見亭」もこの庭園に建ち、いずれも本館とともに登録有形文化財に登録されています。両茶室は通常非公開ですが、年に数回設けられる特別公開日には内部を拝見することができます。
春は枝垂桜やツツジ、初夏は若葉、秋は紅葉と、四季ごとに表情を変えるこの庭園は、美術鑑賞とあわせて訪れたい都心のオアシスです。
ご来館にあたって
美術館の最寄り駅は、東急大井町線(各駅停車)「上野毛(かみのげ)駅」。駅から徒歩約5分、住宅街を抜けていくとやがて落ち着いた和風の門構えが見えてきます。東急田園都市線・大井町線の「二子玉川駅」からも徒歩約15分で訪れることができます。
開館時間は午前10時から午後5時まで(入館受付は午後4時30分まで)。休館日は毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)、展示替期間、夏期整備期間、年末年始などです。建物内での撮影はご遠慮いただくこととなっていますが、庭園内では他のお客様のご迷惑にならない範囲で撮影が可能です。貸出用車椅子の用意があり、本館内には多目的トイレも備えられています。
周辺のおすすめスポット
美術館を訪れた際には、周辺の散策もぜひお楽しみください。南へ少し歩けば、ショッピングモールや川辺の遊歩道が広がる二子玉川エリアに出ることができ、洗練されたカフェやレストランで一息つくのに最適です。少し足を延ばせば、東京二十三区内で唯一の自然渓谷「等々力渓谷」もあり、緑深い谷底の道は都会とは思えない静けさをたたえています。建築や庭園に関心のある方は、奈良の大和文華館や成田山新勝寺本堂など、日本各地に残る吉田五十八の作品をめぐる旅もおすすめです。
Q&A
- 五島美術館本館はどのような文化財ですか?
- 国の登録有形文化財(建造物)です。平成29年(2017)10月27日に、庭園内の茶室「古経楼」「冨士見亭」とともに登録されました。
- 本館の設計者は誰ですか?
- 日本芸術院会員で文化勲章受章者の建築家、吉田五十八(1894〜1974)です。第四期歌舞伎座や大和文華館、成田山新勝寺本堂などを手がけたことで知られています。
- 国宝『源氏物語絵巻』はいつでも見られますか?
- 作品保全のため、『源氏物語絵巻』は例年春に1週間程度、『紫式部日記絵巻』は秋に同程度の期間のみ展示されます。ご来館前に公式サイトの年間スケジュールをご確認ください。
- 展覧会を見ない場合でも庭園には入れますか?
- はい。庭園のみのご入園も可能で、入館料より低額の料金が設定されています。開園時間は美術館の開館時間に準じますが、悪天候時は入園を見合わせる場合があります。
- 都心からのアクセスを教えてください。
- 渋谷から東急田園都市線で二子玉川駅まで進み、東急大井町線に乗り換えてひと駅、上野毛駅で下車。改札から徒歩約5分です。
基本情報
| 名称 | 五島美術館本館(ごとうびじゅつかんほんかん) |
|---|---|
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成29年(2017)10月27日 |
| 竣工 | 昭和35年(1960) |
| 設計 | 吉田五十八(1894〜1974) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造平屋一部2階一部地下1階建 |
| 建築面積 | 1,143㎡ |
| 所在地 | 東京都世田谷区上野毛三丁目112-3他(来館受付:上野毛3-9-25) |
| 所有者 | 公益財団法人五島美術館 |
| アクセス | 東急大井町線「上野毛駅」より徒歩約5分 |
| 開館時間 | 10:00〜17:00(入館受付は16:30まで) |
| 休館日 | 毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)、展示替期間、夏期整備期間、年末年始など |
参考文献
- 五島美術館本館 ― 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/400535
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011889
- 建物・庭園 ― 公益財団法人 五島美術館 公式サイト
- https://www.gotoh-museum.or.jp/architecture/
- 公益財団法人 五島美術館 公式サイト
- https://www.gotoh-museum.or.jp/
- 五島美術館(Wikipedia 日本語版)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/五島美術館
- 上野毛・五島美術館 ― 東急公式サイト
- https://www.tokyu.co.jp/area/kaminoge/article/arti-01K41KSRCVSMC9MRVTHRX7B2DA/
最終更新日: 2026.05.03