紙本淡彩十宜図とは

一図の大きさはおよそ18センチ四方。掌にのるほどの画面が10枚、一帖の画帖に仕立てられている。「紙本淡彩十宜図」は、俳人としても名高い与謝蕪村(1716〜1784)が明和8年(1771)、56歳のときに描いた連作で、山荘をめぐる自然の移ろい、すなわち春・夏・秋・冬の四季と、暁・晩・晴・風・陰・雨という時刻や天候の「宜しさ」を一図ずつに写したものである。

この画帖は単独の作品ではない。池大雅(1723〜1776)が同じ年に描いた「紙本淡彩十便図」と対をなし、あわせて「十便十宜図」あるいは「十便十宜帖」と呼ばれてきた。両帖は昭和26年(1951)6月9日、そろって国宝に指定され、現在はいずれも公益財団法人川端康成記念会(神奈川県)が所蔵する。ノーベル文学賞作家・川端康成の旧蔵品である。

画題の源は中国にある。明末清初の文人・李漁(号は笠翁、1611〜1680)は、山麓に構えた別荘「伊園」での暮らしを「不便であろう」と問われ、田舎住まいの便利な点と自然の良さを詩に詠んで答えた。この「十便十二宜詩」の詩意を汲み、便利さ10項を大雅が、自然の宜しさ10項を蕪村が、それぞれ絵画化したのが本作である。

指定の経緯と価値

文化庁の国指定文化財等データベースには「紙本淡彩十宜図〈与謝蕪村筆〉」1帖として登載され、昭和10年(1935)4月30日に重要文化財(当時の旧国宝)、昭和26年に文化財保護法下の国宝となった。指定番号は00011の枝番02。データベースのト書には、一図に「明和八年八月」の年記がある旨が記され、刊行物ではこの年記をもつ図は宜風図とされる。制作年を画帖自身が語る、基準作としての確かさがここにある。

注文主は尾張国鳴海(現在の愛知県名古屋市緑区周辺)の酒造家・下郷学海(1742〜1790)と伝わる。京都で活動していた当代随一の文人画家二人に同じ詩を渡し、半分ずつ描かせるという趣向は、結果として日本文人画史上に類のない競作を生んだ。制作時、大雅は49歳、蕪村は56歳。ともに画業の円熟期にあたる。

二人の解釈の違いが、この対作の核心といってよい。大雅の十便図は窓から釣り糸を垂れ、畑を耕すといった人の営みを画面の主役に据える。一方の蕪村は人物を小さく置き、刻々と変わる光と大気そのものを主題にした。佐々木丞平氏をはじめ研究者は、変化する自然を大観的に、かつ忠実にとらえた点に蕪村の十宜図の真価を見ている。人事の大雅、自然の蕪村。20面の小画面が、一つの詩をめぐる二つの世界観を並べてみせる。

見どころ

10図の画題は、宜春・宜夏・宜秋・宜冬の四季と、宜暁・宜晩・宜晴・宜風・宜陰・宜雨の六つの気象・時刻からなる。描かれる山荘はほぼ同じ場所でありながら、頁を繰るごとに空気が変わる。雨の図では線を引かずに淡い墨のぼかしで雨脚を感じさせ、晩の図では灯りのともる窓ひとつが夕暮れの気分を支える。

30センチの距離で見たい絵である。屏風や襖絵のような大画面とは違い、色紙大の画面に置かれた筆数は少ない。数筆で茅屋根が立ち上がり、竹林がそよぎ、欄干にもたれて空をながめる人物の姿勢までが伝わる。俳句で季節の一瞬を切り取った蕪村の感覚が、絵筆の上でも働いていることを実感できるはずだ。

両帖が同時に展示される機会に恵まれたら、大雅と蕪村の筆を見比べてほしい。丸みを帯びてのびやかな大雅の線に対し、蕪村の筆は乾いて、しっとりとした大気の表現に向かう。大正期にこの対作を実見した志賀直哉は、自著『座右宝』に大雅の十便図のみを採録し、蕪村の図には「素直に受入れられぬものがある」と序文で述べた。柳宗悦も大雅の絵に深く感心した記録を残している。どちらに軍配を上げるかは、いまも見る者ごとに分かれる。

なお、画帖という形式上、展示できるのは一度に1見開きのみ。展覧会の会期中に頁替えが行われるのが通例で、10図すべてを見るには複数回、ときには数年がかりの通いが必要になる。国宝の中でも、鑑賞の完結に最も時間のかかる作品のひとつである。

川端康成と本作、鑑賞の機会

戦後まもなく、川端康成(1899〜1972)は住宅購入のために出版社から借りた資金を、市場に現れた十便十宜図の購入にあてた。夫人の秀子によれば、川端はかねて「この作品が手に入ったら死んでもいい」とまで語っていたという。以後、両帖は川端家の手で守られ、現在は公益財団法人川端康成記念会の所蔵となっている。同会は浦上玉堂筆の国宝「凍雲篩雪図」もあわせて伝える。

常設展示の施設はない。記念会の拠点は川端が長く暮らした鎌倉にあるが、旧居は公開されておらず、作品は数年に一度、各地の美術館・博物館の特別展に出品される形で公開される。近年も東京・名古屋・姫路などで展示の機会があった。鑑賞を計画するなら、展覧会情報の確認が出発点になる。

あわせて鎌倉の町を歩くのもよい。川端は長谷の旧居で『山の音』などを執筆した。高徳院の大仏、長谷寺、由比ヶ浜の海岸線、そして鎌倉文学館と、作家の足跡と古都の風景を一日でたどることができる。都心から横須賀線で約1時間という近さも魅力である。

Q&A

Q十宜図にはどのような場面が描かれていますか。
A山荘を舞台に、春・夏・秋・冬の四季と、暁・晩・晴・風・陰・雨の気象や時刻、計10の「宜しさ」が一図ずつ描かれています。各図は紙本淡彩で、およそ18センチ四方の小画面です。
Q池大雅の十便図との関係は。
A明和8年(1771)に対として制作された姉妹帖です。李漁の詩に基づき、田園生活の便利さ10項を大雅が、自然の良さ10項を蕪村が担当しました。両帖あわせて「十便十宜図」と呼ばれ、ともに国宝に指定されています。
Qいつでも見られますか。
A常設展示はありません。所蔵する川端康成記念会から美術館・博物館の特別展に貸し出される形で、数年に一度公開されます。展覧会情報を事前に確認してください。
Q展示で一部の図しか見られないのはなぜですか。
A10図が一帖に綴じられた画帖のため、展示ケースで開けるのは一度に1見開きだけです。会期中に頁替えが行われるので、全図を見るには複数回の来場が必要になります。
Qなぜ川端康成記念会が所蔵しているのですか。
A戦後、美術収集家でもあった川端康成が、住宅資金を転用してまで両帖を購入したためです。川端の没後も遺族と記念会が保存・継承し、現在は公益財団法人川端康成記念会の所蔵となっています。

基本情報

名称紙本淡彩十宜図〈与謝蕪村筆〉(しほんたんさいじゅうぎず)
指定区分国宝(絵画)。昭和10年(1935)4月30日重要文化財指定、昭和26年(1951)6月9日国宝指定(指定番号00011-02)
員数1帖(10図)
作者与謝蕪村(1716〜1784)
時代・年代江戸時代・明和8年(1771)。一図に明和八年八月の年記
品質・形状紙本淡彩、画帖装。各図約18センチ四方
所有者公益財団法人川端康成記念会(神奈川県)
公開状況常設展示なし。特別展への出品時のみ公開(頁替えあり)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)紙本淡彩十宜図〈与謝蕪村筆〉
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/00011000
文化遺産オンライン 紙本淡彩十宜図〈与謝蕪村筆〉
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/135804
十便十宜(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%BE%BF%E5%8D%81%E5%AE%9C
コトバンク 十便十宜図
https://kotobank.jp/word/%E5%8D%81%E4%BE%BF%E5%8D%81%E5%AE%9C%E5%9B%B3-1173676

最終更新日: 2026.06.10